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恋煩い  作者: 小鳥歌唄
2/5

恋心

 中学最後の夏休みが来た、十五歳の夏。その年は異常な程に暑かった。滴る汗が止めどなく流れ、太陽がジリジリと肌を焦がす。キンキンに冷えたラムネが、とてつもなく美味しかった事を覚えている。

 こうも暑いと、冷たい飲み物だけでは気が済まず、冷たい水を体中が欲してしまう。プールもいいが、やはり海がいい。なにせ若い女子達の、光沢に輝く肌が、着物を通して薄っすらと見える。その景色は真っ青に広がる海と空に溶け込み、最高だろう。いやらしい目で見るのでは無い。崇拝でもするかの様に、見守るのだ。

 そんな事を考えていたら、願いは叶うというものだ。友人の清次郎が、海へと誘って来たのだ。私は喜んで了承した。しかしながら、一つ問題があると言われた。

「大山さんも、一緒にとの事だけれども。それでも構わないなら。」

 大山、大山光子。彼女は三学年の時に同じクラスになった、巨漢の女子生徒だ。話した事は一度も無かったが、時折彼女からの視線を感じてはいた。正直な所、少々苦手ではあった。

 何故彼女も一緒なのかが分からなかったが、私は少し躊躇してしまう。快く良い返事が出せずにいると、大山光子が現れた。

 私は近所の駄菓子屋で、冷たいアイスクリームを食べながら、風鈴の音を聞いていたのだが、その時に舞い込んだ話だ。清次郎だけかと思いきや、光子も一緒に来ていたのだ。

 私は光子から視線を逸らすと、足元の蟻を無造作に踏みつぶした。光子は顔をにやつかせ、私の傍へと歩み寄る。巨漢から出る熱気で、私のすぐ目の前まで来たのだと、自ずと分かった。

「一緒に行ったらイイモノが見れるわ。胸の谷間とか…。」

 光子の言葉に、思わず私は顔を上げた。

 巨漢とは言え、女性だ。そしてその胸も又大きい。顔は何処にでもいる平凡な顔立ちだった光子だが、体だけは誰よりも逞しかった。その巨乳の谷間を見る事が出来るとなると、些か胸の鼓動が早くなる。見たい。見てみたい。思春期真っただ中の私は、光子の胸の谷間に釣られ、三人で海に行く事になったのだ。

 私は何て愚か者なのだろう。この時断っていれば、後にあのような恐ろしい事件に、巻き込まれずに済んだ。今更悔いても仕方あるまい。

 光子は何故か、制服を持って来る様に言って来た。一体何に使うのかは分からないが、言われた通り、いつも通学の時に着ている学生服を持参し、海へとやって来た。

 海はでは電車を乗り継いで、一時間半程度だ。然程遠くはない。電車の中は人が密集し、暑さが増していた。ホームへと降りるや否や、コンクリートから更に熱気が襲う。猛暑だ。

 海には大勢の人が詰めかけていた。これ程暑ければ、分からなくもない。若い乙女達の姿も見える。何て良い景色なのだろうか。

 光子は早速、持ってきた制服を渡す様に言う。制服を手渡すと、そそくさと更衣室へと入って行ってしまった。暫くすると、目を疑う姿で。光子は現れる。

 どう言う訳か、光子は私の制服を着て、姿を現したのだ。その姿と言うのが、何とも悍ましい、肉と言う肉があちらこちらからはみ出ている、正にボンレスハムその物だった。当然細い私の制服は、光子には小さ過ぎる。例え男女の体形の差があろうと、光子には小さい。シャツの前ボタンを無理やり閉め、今にもボタンははち切れんばかりだ。ズボンのボタンも閉める事等出来ず、下着が丸見えになってしまっている。これは色気を通り越して、醜い肉の塊でしかなかった。こんな物の谷間に私は釣られたのか。自分がことごとく愚かで阿呆だと、思い知らされた瞬間であった。

 あっけらかんとする私と友人の事等気にもせず、光子はその肉肉しい肉を魅せ付けて来る。正に地獄絵だ。

「凛太郎さんは、変わりに私の制服を着て。」

 光子は自分の制服を、私に押し付けると、さっさと着替えろと言わんばかりに、更衣室に視線をやった。

 私は渋々光子の制服に着替えるが、やはり大きく、ぶかぶかだった。何故私が女学生の制服を着なければならないのか、些か疑問ではあったが、然程嫌ではなかったのが、自分でも意外だった。スカートと言う物は、股間がスースーと風を通し、涼しい。

 言うまでもなく、私の女学生姿(しかもサイズの合っていない)を見た清次郎は、腹を抱えて大笑いをした。光子はどこか、嬉しそうだった。

「これの何に意味があるんだ。」

 私は当然と言えば当然の疑問を呟いた。すると光子は、瞳を輝かせながら言う。

「これで私達、一つになったわ。」

 気持ちが悪い。正直そう思った。だが光子の熱弁は止まらない。

「私が凛太郎さんの制服を着て、凛太郎さんが私の制服を着る。これで二人は一心同体よ。同じ物を着る事によって、二つの魂は一つになるの。私の願いが、やっと叶ったわ。」

 見た目だけでなく、発言までもが悍ましかった。

「そんな事あるわけ無いだろう。ほら、もう制服を返してくれよ。」

 素っ気なく私が言うと、光子はケラケラと笑いながら、私の制服を着たまま、駅へと走り、電車へと飛び乗って行ってしまう。私も清次郎も、突然の事で呆然とし、波の音だけが響いた。

「おい、どうするんだ?あいつあのまま行ってしまったぞ‼お前もその姿のまま帰るのか?」

 清次郎に言われ、私はハッと我に返った。そうだ、このまま帰るわけにはいかない。両親にとんでもなく叱られてしまうだろう。

「そうだ‼着替え‼」

 私は着て来た着物を、鞄から取り出そうとした。するといつの間にやら、中に入っていた筈の私の着物までもが、消えていた。

「あいつめ‼」

 光子だ。光子が持って行ったのだ。

 どうすればいいのだろうか。このままでは家に帰れない。女学生の服を着て帰れば、間違いなく父親に殴られる。男らしくないと、女々しいと。私の父親は、昔ながらの日本男児だ。男は男らしく、女は女らしくと言う考え方しかしない人間だ。故に、私は父が怖い。

 途方に暮れていた時だった。突然後から声を掛けられる。

「諸君、何をしているのさ?と言うか、君のその姿は何なのだい?」

 凛とした口調で、透き通る様な聞き心地の良い声。その声に聞き覚えがあった。

 後ろを振り返ると、綺麗に整った顔立ちだが、ショートカットで髪は短く、男物の着物を着ている、女性の姿があった。よくよく見ると、見覚えのある顔だ。確か彼女は、一学年の時に同じクラスメイトだった、工藤桜子だ。

「工藤さんじゃないか。どうしたんだい?こんな所でそんな姿で。」

 私は驚きながらも尋ねた。すると桜子は、可笑しそうに笑いながら言う。

「そんな姿は君の方じゃないか。そんな大きな女学生の制服を、何故着ているのさ?」

 当然と言えば当然の質問に、私は恥かしくなり、顔が茹蛸の様に真っ赤になってしまう。見兼ねた清次郎が、事の経緯を代わりに説明してくれた。

「そうか、それは災難だったね。そうだ、私の着物と交換しよう。私にもその制服は大きいだろうが、詰めれば何とかなるだろうさ。」

「本当かい?本当にいいのかい?」

「あぁ、構わないさ。」

 桜子の申し出は、雲から金の糸が一本降りて来た様な、救いだった。私は申し出を有難く承知すると、早速二人は更衣室へと入り、着替えをする。と、何やら桜子も、私と同じ更衣室へと入って来た。

「?」

 不思議そうにしていると、桜子は私の目の前で、平然と着物を脱ぎ始める。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ‼何故私の前で脱ぐ?」

 慌てる私をよそに、桜子は当然の如く答えて来た。

「脱ぐには裸にならなくちゃならない。外で裸になる訳にはいかないだろう。大勢に見られるより、一人の方がましさ。」

 確かに、言われてみればそうだが、私には裸を見せても平気だと言う事だろうか?

 私は桜子に背を向け、成るべく裸を見まいと、必死に目をつぶりながら、制服を脱いだ。「ほら。」と、桜子は脱いだ着物を私に手渡すと、私は目をつぶったまま受け取り、そそくさと着替えて、更衣室から出てしまう。

 せっかく女性の裸を見るチャンスだったが、ああもあっさりと脱がれてしまうと、逆にこちらが恥ずかしい。心なしか、着物にはまだ桜子が着ていた温もりとやらが残っている。ほのかに良い香りもする。それだけで、鼓動は高鳴る。高鳴る?そうだ、この鼓動の高鳴りは、光子に谷間が見られると言われた時の高鳴りとは、全くの別物だ。心の中からドクドクと響き渡る様に鳴っている。これが本物の、鼓動の高鳴りではないだろうか。そうだ、私は桜子に、ときめきを感じているのだ。

 可笑しな物だ。桜子とは、同じクラスの時に多少は会話をしたが、そう気にも留めていなかった。だが今日の姿は余りにも凛々しく、大胆で、私の心は鷲掴みにされたのだ。これが恋と言う物なのかもしれない。

 私は桜子に礼を言うと、三人で電車に乗って帰宅する事になった。やはり桜子でも光子の制服は大きすぎたが、上手い具合に巻き付け、体に締め付けて着ている。



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