行間を読めば人生は楽しい
何年前か忘れたけど昔この場所で小説のようなものを書いていたおぼえがあります。
でもこんなに複雑だったかな?当時の日本語力でよく投稿までこぎつけたな?とも思います。
ーはじめにー
生きている限り、人は色んなものを読んでいる。
文字・空気・人の表情などなど。生まれたばかりの赤子がその能力があるのかその記憶を私は持ち合わせていないけれど、生きてる限り人はいずれにせよ読む行為は必要になるものだと思う。活字の場合もあればそうじゃない場合も勿論ある。
私の場合、そして多くの人の場合、生きてるうちで一番読んでるのは『行間』だと思う。
これには色んな意味があるので今は定義づけできない。誰にも言ったことは無いけれど持論である。自論と言ってもいい。少なくとも今持っている持論であることには変わりない。そしてもう一つ持ってる持論がある。いやまだ、仮定といっても良いかもしれない。でも聞いて欲しい。
世の中に蔓延る『こじらせている』という現象の多くはこの『行間の読み過ぎ』が原因だと思う。
どういうことかは読み進めてもらえば分かるかもしれない。
誰にも読んでもらえないかもしれないけど。
綴りたい気持ちのままに今は綴っていきたい。
感想文や日記を書くのが苦手な子ども達に説きたい。
世に言う『こじらせている』女の子たちのお話を通して語りたい。
生きることは『行間』を読むことで、
『行間』を読みすぎると『こじらせ』ることになり、
でも行間を読みすぎたほうが人生は圧倒的に楽しいだろうということを。
日々書きたい気持ちを与えてくれる人たちありがたい。