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不可思議なレコード

作者: 雷鳴ヴァルハート

 彼の人生は変わった。

 彼はしがないサラリーマンだったのだ。彼は苦学のすえに一流大学へ入学し、4年を経て一流の商社へ入社したが、仕事はそこそこであまり振るわなかった。彼は特に商談が苦手で、どうしても相手が思い通りにいかないことが悩みだった。なんとか出世コースの部署に入り、その中でドベという有様だった。出来高で給料が決まるので薄給でもあった。それに加えて彼には想いを寄せる人がいた。Kだった。Kは彼がどう接してもつんとしていて、反対に若い同期で1番の営業成績を収めるGととても仲良さげだった。仕事に恋愛に、彼は何にもうまくいっていなかったのだ。 

 同期たちとの飲み会をこっそり抜け出し、彼はげっそりと肩を落とした。仕事で疲れているのに彼らの活力はどこから出てくるのだろうかと思いながら歓楽街を歩いていた。すると突然、ネオンの届かない路地裏の闇から老婆が出てきた。そして老婆はビニールの被ったような茶色い手を彼の腕にはりつけた。彼は不思議と怖くとも思わずに老婆の顔を見た。すると、老婆は一丁前に詐欺師のようにこれを買えばあなたの悩みが消えますよと両手で抱えられるくらいのダンボール箱を渡した。彼はそれを5000円で買い、歓楽街を後にした。

 マンションに帰ると、彼はその箱を開けた。中にはレコード版が数枚と作成機、再生機が入っていた。説明書を見ると、レコードを作成機に載せマイクに向かって曲の効果を吹き込むとその効果を持った曲のレコードが出来上がるというものだった。彼はやっぱりインチキなババアだ、と思い試しにやってみることにした。彼はマイクににすぐに眠りこけてしまうレコードと吹き込んだ。そうすると作成機はレコードを回しだし、とうとう止まった。身支度を整え、寝巻き姿になった彼はそのレコードをタイマーでセットし、布団に入ってしばらくすると曲が流れて始めた。

 朝だ。そんなまさかと彼は思った。最近寝付きの悪かった自分があんなにあっさりと眠ることができるなんて、何かの間違いに違いない。彼は半信半疑になりながら次の日も次の日も同じことを繰り返した。そして確信した。これは本物だと。

 彼は何もかもがうまくいくようになった。商談では強引にも自分のマンションで行うようになり、レコードを使って何度も大きな商談を成功させた。給料も上がり、将来の出世頭とも言われたGに追いつくところであった。もっとも、Gは無断欠勤をしているのだが。彼は大きな商談を控え、またレコードを使おうとしていた。新しく借りた広いマンションの寝室に先方を通し、あらかじめセットしてあった時間になるとレコードが鳴り出す、それが鳴った時にその時あった条件で彼と先方どちらも合意してしまうのだ。彼はちょうどその時刻に自分に有利な取引を提案した。いつもの通りに成功することになった。

 彼はとうとう1番の出世頭となった。仕事ではこの上ない。しかし、こと恋愛に至ってはうまくはいかなかった。彼がみたところKはGの姿を最近見ていないのにだ。しかし、未だに彼には靡かない。数ヶ月かけて彼はKに対して紳士的だった。そしてとうとうKが彼の家に来てくれることになったのだ。これも彼がKの愚痴や辛さに寄り添い、データを通じて楽しませたからに他ならない。Kは天涯孤独の身であるそうで、さぞ苦労して生きてきたようだった。しかも出身はあの国だという。外国から来た彼女の努力に胸を打つ。

 マンションに着くと2人は一緒に料理をしたり、すこし豪勢な食事を楽しみ、談笑した。程よくお酒が入ったところで彼はシャワーを浴びに行った。その後にKも同様にしたのだが、彼はその間にレコードをセットしておいた。彼は奥手なのだ。

 Kが出てくると彼は寝室のソファに座った。レコードが流れてしまった。たちまち2人は素直になった。お互いの言うことに素直になってしまう。彼は隣にくるようにKに催促した。そして彼はレコードの効果を知りながら、僕のことを愛してくれないかいと言った。彼女はこくりと頷いた。2人は身を寄せ合うと、ベットへと向かった。月と星がよく輝く夜だった。こんどは別のレコードが流れてしまった。お互いが正直になってしまう。腰掛けたベットの上で彼は勇気を出した。Kと唇を重ねたのだ。すると、Kは突然泣き出した。そんなに嫌だったのかと彼は傷つく。なかなか泣き止まないKにごめんねと言い続ける彼。彼がそんなに嫌かいと言う。そうすると、Kはちがうの、と言った。

 「私ね、あなたみたいに優しさしてくれる人初めて会った。私の身の上も理解してくれるし、何より寄り添ってくれたの。だから、あなたと一緒になりたいわ。」

 Kは涙を頬に伝わせて言った。美しいその顔に彼は魅了された。 

 「ああ、僕は必ず君を愛し続けると誓うよ。何があっても。」

 彼の覚悟は伝わったようで、Kはこう言うのだった。

 「嬉しいわ。私あなたみたいな人に会えてよかった。」

 「・・・・本当に、何があっても愛してくれるの。」

「あぁ、もちろん。」

  彼女は唾を飲み込んだ。 

 「実は私・・・殺し屋・・なの。」

 「なにを・・・。」

 彼はハッと気がついた。そして、Gをやったのかと言った。

「そうよ。私がGを・・。大事な商談のできるやつを殺せって。」

彼女はまた涙を流した。しかし、彼は彼女をやさしく抱きしめた。正直に。

 「僕はどんなことがあっても君を愛すると誓ったんだ。償った後で2人で暮らそう。」

2人は抱き合った。親鳥が卵を温めるように優しく。そして2人でひとしきり泣くと、また、唇を重ねた。

 しかし、彼女はこう言った。彼は大丈夫かいと言う。

 「今日はもうダメ。愛を重ねて、腰の上に乗ったら死んでしまうわ。今日は帰るから、送ってほしいわ。」

彼女がいい終える前に時計の針が12時を指した。

 また新しいレコードの音が鳴る。2人はおもむろに体を重ねた。

 

 薄暗がり寝室。静かで優しい曲。そして白いベッドの上。女が1人、跳ねていた。


読んでいただきありがとうございました。

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