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入口ののれんとガラス戸が示すように、おしゃれでもない、昔ながらの個人経営の居酒屋だ。店内の各所には、オススメメニューやビールの広告が掲示されている。ところどころに飾られているドラゴンズグッズからは、ユウセイがドラゴンズファンであることを伺い知れる。
「しおんちゃん、今度焼肉行かない?」
「焼肉?」
「うん。美味しい店見つけたんだ。リーズナブルだし」
唐突ではあるけれども、無難な話題だ。
「いいよぉ。どこ?」
「金山。駅近くだから、ちゃんと呑めるよ」
「いいね。行こ」
それなら、しおんの職場の近くだ。仕事帰りでも行ける。
「奢るからさ」
「いいよそんなの」
「まあまあ、いいじゃん、たまにはさ?」
たまにはどころか、彼女に会うのは8ヶ月ぶりだし、最後に一緒に食事をしたのは、しおんが20歳になるかならないかの頃だ。
それでも、一応付き合っているという形に見せかけないといけない。
「じゃ、たまにはいいかなぁ」
ちょっとぎこちない返答だったかも知れない。裕奈は何でもないように微笑んで、タバコをくわえる。
「賑わってるね。いつもこんな感じ?」
「うん、大体こんな感じ。ドラゴンズが勝った日はもっと入るけどね」
「そうなんだ」
「ドラゴンズが勝った日は生中100円だから。優勝した日には全品無料かもね!」
「それは与田さんに頑張ってもらわなきゃなぁ」
中日ドラゴンズのお膝元であるここ名古屋では、ドラゴンズの戦績でサービスをする飲食店は珍しくない。
「負けた日は、店内の空気が荒むんだけど」
「気を付けよぉ」
熱いファンが集まるなら、そんなこともあるだろう。
店内のテレビでは何でもないテレビ番組が流れているし、サンダー&ライトニングとは違って、客にバンドマンがいる様子もない。知らずに訪れた者は、この店主がメジャーデビュー寸前まで登ったヴォーカリストだとは思わないだろう。
「今日冷えたね」
「そうだねぇ。マフラー出しちゃった」
「もういるよね。こないだ東京行った時は、そんなでもなかったんだけど」
「東京?」
「ん? まあ、野暮用でね」
ここはあまりつっこまないほうが良さそうだ。裕奈の目が泳いでいる。