2-1
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2階がアパートになっていて、1階にテナントが3軒入る建物の右端に、はなまると書いたのれんが揺れている。
ガラス戸を引くと、中から賑やかな声が溢れてきた。カウンターと、テーブル席が2つ。奥には座敷があり、そこにも2つテーブルがある。満員ではないが、殆どの席は埋まっている。
「しおんちゃん!」
聞き覚えのある声がしたカウンターを見ると、ショートカットにくりっとした大きな目が印象的な裕奈が手を振り、空いている隣の椅子を叩く。
「はい、こっち」
「ひさ」
「早く!! 座って!!」
久しぶり、と言おうとしたしおんを遮って、裕奈は急かす。
椅子を引いてそこへ腰掛けると、目の前にはユウセイがいた。彫りが深くて一見強面だが、少年のように屈託のない笑顔を浮かべている。その表情は、サイレントラヴァーズが現役だった頃と変わらない。
彼は料理をする手を休めて、おしぼりを渡してくれた。
「いらっしゃい。裕奈の彼氏だって?」
「…?」
首を傾げながらおしぼりを受け取り、裕奈を見る。
「そう。カッコイイでしょ? あたしだってまだ捨てたもんじゃないんだから」
「お見それしやした。彼氏は何飲む?」
「…じゃ、生で」
状況は察した。裕奈が彼氏を呼ぶと言って、しおんを呼んだのだ。
裕奈がこんな嘘をついてしおんを呼び出すには、きっと理由があるに違いない。しおんが結婚していることは知っているのだから。
下手に否定せずに、合わせてやる方がいいだろう。
その昔、裕奈とユウセイがただならぬ関係だったことくらい、しおんも知っている。その裕奈がユウセイに対して「彼氏がいる」などとわざわざ告げるのだから、余程のことのはずだ。
ユウセイは結婚したと、随分前に風の噂に聞いている。だから、裕奈も見栄をはりたいのか、はたまた虚勢なのか。
しおんに実害があるわけではない。少しだけ彼女のこの嘘に付き合ってやってもいい。
「ねぇ、ご飯食べた? 食べてないなら何か食べなよ。美味しいからさ」
「じゃ、何か食べようかなぁ。何がオススメ?」
「えーっとね…ユウセイさん、今日のオススメ」
「ん? きのこバターとか。はいよ、生中」
ユウセイが出してくれたビールを受け取り、裕奈と軽く乾杯を交わす。