筋肉と俺
初投稿です
俺 が勇者と出会ったのは2年前のことだ。
現役冒険者として10年の経験と剣士としての腕を認められ勇者の剣術指南役として招致されたのだ。
期間は1年、危険も少なくその上報酬は破格だった。
筋肉のついていない折れそうな細腕に、日に焼けていない真っ白な肌。
ダイチの第一印象は、女みたいな奴、だった。
「まずは剣術よりも基礎体力をつけろ! 走り込みだ!」
「は、はい!」
返事も頼りないな、本当に勇者なのかと疑ったものだった。
最初は訓練場を1周するだけでへたり込む姿に不安を覚え、とにかく基礎体力向上のトレーニングメニューを組んだ。
さすがは勇者といったところでメキメキ体力をつけ、2ヶ月も経つころには兵士の誰より早くそして長く走れるようになった。
剣術訓練でも悔しいことに俺をはるかに上回る才能で、わずか3ヶ月でまぐれとはいえ1本取られてしまった。
「あ、当たった! カインに勝ったー!」
と喜ぶダイチを大人気なく叩きのめしてしまったのは反省している。
まぐれとはいえ1本とられプライドが傷ついた俺もひたすら鍛え続けた。
ダイチは訓練すればするだけ成長することに喜びを見出し、更にハードな訓練を行うようになっていった。
――それから2年後
ダイチは筋肉になった。
違う、筋肉の化け物になった。
普通の人間はある程度までしか筋肉が付かないものなのだが、どうやら勇者であるダイチは成長の限界が常人よりはるかに高いようで際限なく筋肉が肥大していった。
俺もダイチがどこまでいけるのか先が見たくなり、本来1年の期間を更に1年も超過してしまった。
ダイチの筋肉はすさまじいまでの硬度を誇り、もはや俺の剣では傷をつけることすら出来ない。
「もうお前には教えてやれることがなくなったな」
笑いながらそう伝えると、何故かダイチが泣きそうな顔をしていて驚いてしまった。
そして遂に魔王討伐の旅に出発する前日、訓練を終えたダイチが声を掛けてきた。
「ありがとうカイン。 僕がここまで成長できたのは君のおかげだよ」
「いや、俺はもう1年近くも前からお前に負けっぱなしだ」
「そんなことないよ。 筋肉がなければ剣の技量はまだ及ばないしね」
自信が無さそうな顔をしたダイチが、2年前の姿に重なって見えた。
「その筋肉もお前の力だ。 お前は強くなった! 魔王も倒せるさ!」
そう言って笑顔でダイチの鋼のような質感の肩を叩いてやると、
ダイチは泣き笑いのような顔をして
「僕は――怖いんだ。 魔王なんていう恐ろしい化け物と戦うなんて僕には無理だよ」
「お前……」
「ホントはすぐ魔王討伐の旅に出る予定だったんだ。 でも僕には無理で、断ることも出来なくて、だから特訓させてほしいってお願いしたんだ。 この筋肉だって恐怖をごまかすために必死に訓練してたら付いただけさ。 僕はここに来たときと同じ、弱虫のままなんだよ」
ダイチはそう自嘲しながら涙を流した。
俺は一つため息を吐いて、ダイチの目を見て言った。
「ふざけるな! お前は弱虫なんかじゃない!」
「え?」
「訓練場をたった1周走っただけでへばってたお前が! この俺に勝てるほどの筋肉を付けたんだぞ! なぁダイチ、俺は逃げで訓練してるだけの奴に負けるほど弱いのか?」
「そんなことない……カインは強いよ」
「なら信じろ! その筋肉はお前の心の強さだ! お前の筋肉は負けない!」
「それは……でも」
まだ自信がつかないのか、はっきりしない態度のダイチに
「それなら……俺が一緒に行っても無理か?」
そう問いかけた。
バッと顔を上げたダイチは口が開きっぱなしの間抜け顔で少し笑ってしまった。
「……無理じゃない」
「だろ」
「君と一緒なら魔王だろうが神だろうが倒せる!」
「神は言いすぎだろ……」
妙に興奮してしまったダイチを宥めながら、もっと強くならないとな、なんてぼんやり考えていた。
――それから2年
色々あった。
魔王城へ行ったら魔王はダイチが旅の途中で好きになった女の子だったり、魔王と和解したら神の使いが現れ世界のルールを守らないなら世界を壊すと脅されたり、魔王を守って使いを倒してしまい神と戦うことになったり、最後は世界中の人々がダイチと魔王に協力して神を封印したりした。
俺の力では旅の途中からついていくことが出来ずお荷物状態だったのだが、最後の最後でダイチを守ることができた。
封印の間際に動けないダイチと魔王を狙った神の呪いを俺が庇って受けたのだ。
「僕たちを庇って……なんで!?」
「間に合ってよかった……さすがにお前の筋肉でも神の呪いは防げそうにないし、たまには役に立たないとな」
「カイン! 必ず助けるからな!」
そう言って解呪の魔法を使うダイチ。
だが神の呪いがそう簡単に解けるはずも無く、筋肉縮小の呪いということがわかっただけだった。
死ぬまで筋肉が縮小し続け最終的には呼吸も出来なくなって死ぬ呪いだそうだ。
俺はひたすら筋トレを続け呪いに抗ったが3年で遂に動くことが出来なくなってしまった。
普通であれば1ヶ月で死ぬほどの早さで筋肉が縮小していたので驚異的な延命であったらしい。
病室のベッドで死を間近に感じていたある日、何故か体が動いた。
「な、なんでだ?」
俺が困惑していると、そこへ細身の若い男がやってきた。
「カイン、君の呪いは解けた! もう大丈夫だよ!」
「誰だ?」
「やっぱりわからないよね」
と笑っている。その笑い方には見覚えがあった。
「ダイチなのか?」
「そうだよ」
「どうしたんだその体は?」
「呪いに僕の筋肉を捧げたんだよ」
ダイチが言うには呪いは掛けた時の強さによって上限があり、別の人間の筋肉を捧げることで相殺が可能とのことだ。
ダイチの筋肉がすべて消滅するか、呪いの許容量を超えるか賭けに出たらしい。
俺は怒った。
「お前……死んでたかもしれないんだぞ!」
「君が3年間耐えているとき僕もひたすら鍛えたんだ。君が捧げる筋肉がなくなった時、僕の筋肉すべてを捧げる、これが一番2人とも助かる可能性が高いと思ったからね」
「そんなことしなくても俺1人なら……」
「僕は筋肉を信じたんだ!」
「!?」
「君が信じろって言ったんだろ?」
ダイチはそう言って笑っていた。
呆けた顔をしていた俺もなんだか笑いがこみ上げてきて、あの時と逆だな、と2人して笑った。
そのたった1年後、俺は倒れた。
やはり呪いは俺の体に深刻な負担をかけていたらしく、余命は1ヶ月だそうだ。
ダイチが命をかけて助けてくれたのに申し訳ないと伝えたら
「たったあれだけのことで1年も命が繋がるなら何度でもするさ」
と赤い鼻で返されて少し目から汗が出てしまった。
最後の1ヶ月ダイチに助けてもらいながら出来る限りの筋トレをした。
今度は筋肉でも命をつなぐことは出来そうになかった。
ただダイチと共に筋肉を信じた俺が少し誇らしいな、なんて最後に思いながら眠った。
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
急に文章を書いてみたくなり、小説作成画面をはじめて開きました。
執筆時間4時間ほど、勢いだけで書いてます。
書き始めた時は筋肉なんて文字は頭のどこにも無かったです。