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運命の爆裂洗濯機~パンジャンドラムと少女の迷い猫~

作者: ステスロス

 世界には神器と呼ばれる力を持つ者たちがいる。


 ある者はそれを武器として使い戦功を上げ、ある者はそれを道具として使い人々に繁栄をもたらし、そしてある者はその一芸をもって生計を立てていた。

 中でも三種の神器と呼ばれる『テレビ』『冷蔵庫』『洗濯機』の力を持つ者たちは多くの人々の生活を豊かにした。


 だが、彼らが重用されたのは人々がその幸せを当然のものと認識するまでの間でしかなかった。

 ――今から語られるのは、時代に取り残された過ぎたる力を持ちし者たちのその後のお話である。



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 シャワーの蛇口が壊れたかのような強い雨が降る中、それなりに賑わう酒場の裏口から大きな薄汚れた箱を背負った男が叩き出された。


「さっさとここから出ていってくれ! お前のような神器憑きを雇うんじゃなかった!」


 叩き出された男が酒場を振り返ると、何を言われているのかわからないとばかりに言い返す。


「ま、待ってくれおやっさん! いったい俺の何が悪かったと言うんだ?」

「ああん? なに言ってんだ。客をいきなり洗い出すアホがどこにいる!」


 激しくしなだれかかる雨は、男の背負う箱に円形に大きく開いた穴に吸い込まれて行き、チャプチャプと音を立てる。


「それは、あの客が雨でずぶ濡れでそのままではいけないと……」


 男の言い訳に酒場の主人が態度を変えそうに無いのは見るまでも無くわかるだろう。


「そ、そうだ! この酒場なら食器を素早く洗う人間が必要なはずだろ? 俺の力なら……」

「既にその『洗濯機』で食器を洗って粉砕した奴がなにを言っている? ホラよ、こいつは今日の分の給料だ。そいつを持って二度とウチには来ないでくれ……」


 酒場の扉が閉じられ、より勢いを増した雨が周囲の音を埋め尽くしていく。

 洗濯機を背負った男は迷惑そうに押しつけられた硬貨を懐にしまい、街のより寂れた方へと歩き出した。



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 塗りつぶすような雨の音の中、古い洗濯機を背負った男が貧民街の下宿先へと進んでいく。


 ここ10年で新たな神器を授かる者が多く現れ、今や10人に1人が神器を持つ時代。

 かつて三種の神器と呼ばれもてはやされた英雄ですら、活躍のできる少ない枠をより新しく高機能な神器を持つ者に奪われていった。


 神器に頼らない仕事をすればいい。

 そんな簡単な選択が男の頭をよぎる。

 だが、神器を活用する生き方を選んだ自身にとって、それは神に対する裏切りだと感じてしまい選ぶことができないでいた。


 いつも通りに路地裏を抜けようとした彼は、道の片隅にボロ布をローブのようにまとい、うずくまっている子供の存在に気づく。

 雨の中、人の気配が少ないとは言え、仮にも治安はよろしくない場所だ。

 足を止めた男は、背負った洗濯機を横に降ろし、子供へと語りかける。


「こんな夜更けに雨の中、そんな所にいたら風邪を引くぞ?」

「……」


 ボロ布が何かを確かめるように強くか弱き視線を男へと向ける。

 フードのように被っていた布が雨に捲られ素顔をさらした。


 黄昏色の髪にアンティーク人形かのように整った顔立ちをした碧の瞳の幼き少女。

 髪や服は汚れてはいるものの、たった今汚したばかりと言わんばかりの上質だ。そして純真たる意思を感じられる宝石のような蒼い瞳は、彼女がこのような場所にいるべき素性では無いことを物語っていた。


「……運命の輪。三英雄の一人、あなたが洗濯鬼(せんたくき)のジャンですか?」


 いつの間にか弱まっていた雨音は、彼女の透き通った声を妨げずにいる。


「こっちに来い、そのままではその上等な服にシミができてしまう」



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 三英雄。

 それはかつて、神器憑きと呼ばれた力を持つ者を国で管理し利用しようとした流れに立ち上がり、それを防いだ三人の中心人物を指す。


 天災の映像器(テレビ)クーン。

 氷結の冷蔵娘(れいぞうこ)リーザ。

 運命の洗濯鬼(せんたくき)ジャン。


 当時は三種の神器と呼ばれていた神器を有する三人。

 彼らだけで成し遂げられたものでは無いが、先頭に立って全ての神器持ちの為に戦った彼らを称えて主に神器を持つ者たちはそう呼んでいる。



「……ずいぶんとドライなんですね」

「俺の洗濯機には乾燥機能もついているからな」


 少女の年の頃は10ほどだろうか。

 汚れが落ちて湯気をまとい綺麗にされた彼女は高貴な風格を持っていたが、その口調は見た目に反し垢抜けたものであった。

 少女のまとう赤いドレスは彼女の黄昏色の髪と相まって美しい令嬢に見えないこともないだろう。


「はぁ……女の子を勝手に洗濯するなーとか、なんで洗濯機でコーヒー豆を挽いてドリップしてるのよーとか、そのコーヒーがこんなにも美味しいのが納得いかないとか言うべきなのでしょうか?」

「その方が雨の中、泣いている少女を放っておくよりは、良い顔を拝めるからな」


 男の言葉に少女は顔を赤らめあたふたし始める。


「あ……泣いてなんかいないです! 雨の見間違いです! それに子供扱いしないでください、ちゃんと神器だって持ってるんですよ?」


 神器とは10の年齢を迎えた時に授かる。

 そして神器を与えられた者は、その力に応じた職に就く権利を得る。

 だから、彼女が神器を持つというのなら子供扱いするなというのは頷ける話だろう。


「それで、英雄とは名ばかりのただのテロリストに何のご用だお嬢さん?」

「……わたしの猫を助けてください」


 少女の言葉が意外だったのか、男は考え込む。


「探して欲しいとかであれば俺に頼らなくても、身近な大人か警備隊の隊士にでも頼れば済むのじゃないのか?」

「ダメです! わたしは追われてる身なので、彼らでは頼りになりません……だから貴方を頼りに来ました」


 少女がそう言うとともに小さな巾着から丁寧に折りたたまれた紙が開かれて男に手渡された。

 紙には『せんたくけん』と下手だが力強い文字が記されている。

 それは男が過去に救った神器持ちへ、次も助けるといくつか渡した記憶のある手書きのチケットの内のひとつであった。


「このチケットで洗濯を請け負ってくれると聞きました。わたしの猫を洗濯してくれませんか?」


 少女の真剣みを帯びた蒼い瞳が男の視線を射貫く。


「断る理由は無くなった。その猫の名前は?」

「あの子の名前はシュレーディンガー。シュレと呼んでます。……わたしの名前は聞いてくれないのですか?」

「名乗ってくれるなら聞くが、無理に聞こうとは思わない」


 問われた少女は一呼吸考え、そして応えた。


「……ティナ。ティナと呼んでください。親しい人たちはそう呼んでくれます」

「そうか、改めて名乗る必要は無さそうだが、俺のことはジャンでいい」

「わかりました。ジャン、よろしくお願いしますね」



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 夜も深まる中、今は使われていないはずの古城の石畳を駆けるティナとジャン。

 彼らが進んだ道のりには、現れた者、脱水された者と武器を持ったごろつきたちが死屍累々と転がっていく。

 ジャンは洗濯を誤らず躊躇ちゅうちょ無く洗い倒していった。


 地下に差し掛かると少し離れた区画の方から猫の苦しむ声が聞こえる。

 角を曲がり少し大きな扉が見えるとジャンは扉の横に身を伏せ、合図を見たティナが扉を開いて中に足を踏み入れる。

 広間のような部屋の中には様々な神器のように見える機材が散見していた。


「おやおや、逃げだした獲物が帰ってきたようですな。この猫の処分を保留していた甲斐がありましたかな?」


 部屋には首から鉄の箱をぶら下げている大男の姿があり、その右手にはずぶ濡れの猫が握られもがいている。

 それ見たティナが声を上げた。


「シュレを返しなさい!」

「ほほほ、良いですとも。貴女が素直に戻ってきてくれるというならボスに言い訳はつきますしねぇ」

「それなら、早く離しなさい!」

「ほほほ、わかりましたよ。ですがこの猫はおイタをしてしまいましてね、びしょ濡れなんですよ……ですからこうして……」


 大男が抱える鉄の箱に猫が放り込まれて、重そうな中が透けて見える蓋が閉められた。


「濡れた猫で貴女様に汚れを付けるわけにはいきません。ですからこのワタクシの電子レンジにてこの猫を乾かしてあげますよ。……まあ、この蓋を再び開けた時にこの猫がどうなっているかは……開けてみるまではわかりませんがね?」

「シュレーーー!」


 大男が箱のボタンを押そうとして、ティナが悲鳴を上げるのに合わせるかのように巨大な白い箱……洗濯機が飛んでくる。


洗濯槽投擲(ドラムアタック)!」

「ぐわぁあーーーー」


 ティナの存在に注意を奪われ、忍び込んだジャンの存在に気づかなかった大男は一撃の下に沈んだ。


「……ジャンの神器って物理的に使う物なの?」

「神器を使うのに概念に捕われる必要なんて無い! の自由だ!」




 電子レンジのふたを開けると猫がティナにすり寄って甘く鳴き声をあげる。

 猫と戯れる少女に安堵を覚えたジャンは、速やかに脱出をしないとなと扉を振り返ると、パチパチパチと拍手の音が聞こえた。

 新たに現れたのは高級そうな白いスーツを着た青年だ。


「いやーお見事。実に原始的で野蛮なようだがなかなか愉快な神器憑きじゃあないか。ボクのフィアンセを連れてきてくれたことには感謝しよう」


 扉が閉まり錠を下ろされる。

 青年の姿を見るとティナはジャンの背後へと身を隠す。


「誰があんな奴なんかと……」

「ティナ、後は俺に任せて安全そうな場所へ隠れていろ」


 ティナは部屋の隅で、机の下に身を潜ませる。

 青年が歩いてくると、途中で気絶した大男を視認しそのまま足蹴にした。


「……ふむ、残念なことに彼にはインテリジェンスが足りないが、彼の電子レンジはなかなか優秀でね。……ボクならばこう使う」


 青年が内ポケットから何かを取り出してそれに向けて語りかける。


「ヘイ、スィーリ! 電子レンジのマイクロウェーブでそれを片付けてくれ!」


 転がっていた電子レンジが大男に向けて向きを変えると、稼働音とともにマイクロ波が照射されて行く。


「マズい、水洗い噴霧(ウォッシュミスト)!」


 ジャンの洗濯機から吹き出した霧が射線を塞ぎ、水蒸気の爆発が巻き起こる。


「おや? アレが死んだところで君に害は無いだろう?」

「そいつは神器の取扱説明書(マニュアル)も読まないただの馬鹿だ。だが、だからと言って死んで良いわけは無い」


 洗濯機を横手に持ち構えるジャンと、余裕の態度でそれを見下す青年が対峙する。


「キミの洗濯機は随分とレトロなマニュアル操作なようだけど、最新の神器がどういう物かは知っているかい? こういう奴なんだけどさ」


 青年が手のひらに収まった神器を見せつける。それは例えるなら薄いテレビのモニターがついた石板だろうか。


「……賢者の石板(スマートフォン)か、風の噂で耳にしたことはある」


 ジャンの聞いた噂では第二世代と言われる新型の神器と連携して使えて、いくつかの神器の力を備えるマルチ能力の神器という話だ。

 だがそれが青年の持つそれに当てはまるかと言われればまだ情報が少ない。


「へぇ、ただのロートルのおっさんかと思えば勉強はしているようだ。せっかくだからその野暮ったい神器もボクのコレクションにしてあげよう。ヘイ、スィーリ! お客人に熱いティーをお出ししてやれ!」


 部屋に転がる電気ケトルから湯気が上がり、ティーポットにお湯が注がれてカップにお茶が用意されると、思い出したかのように投擲機が皿をフリスビーのように回転かけながら投げつける。


「……攻撃のつもりなのか? 事前動作がどう見ても遅すぎるだろ! 洗濯槽逆回転相殺(リバースゼロ)!」


 皿の回転と逆方向に回転した洗濯機の水流が、カップの乗った皿を優しく受け止める。

 そしてジャンは、受け止めたカップに注がれた紅茶に口を付けた。


「蒸らしが足らず適正温度ですらない。お前がまだその神器を扱い切れていないのがよくわかる」

「ふむ、今のはただのおもてなしだったのだがな……ヘイ、スィーリ! お客人の頭を冷やしてやれ!」


 天井に備え付けられた空調機エアコンの神器からジャンに向かって強冷風が叩きつけられる。


温水洗濯機能(ウォームモード)!」


 洗濯機から噴出した暖かい水流がジャンの周囲を守る。

 これであれば寒い日の洗濯でも快適にこなせるだろう。と思わせる鉄壁の守りだ。


「ハハッ、やるじゃないか。その年季の入った洗濯機の使いこなし……キミには潜在の才能があるようだ。そうだ、ボクの右腕になるというならこの場から見逃してやっても良いし、なんならフィアンセとの結婚式の招待状を送ってやっても良い。どうだい? 悪い話じゃ無いだろ?」


 青年の挑発に応えること無く、周りに散らばる神器らしきものを軽く確認したジャンは洗濯機を再び構える。


「才能だかなんだかグダグダと言ってるが、洗濯屋がを扱うのは当然だ!」

「それは残念だ。ならそろそろお遊びはお仕舞いにしよう。ヘイ、スィーリ! 自律掃除機(ルンバ)でお客人を掃除してやってくれ!」


 部屋に備え付けられていたラックから2機の円筒形の鋼の獣が解き放たれる。

 掃除屋の足下から回転ノコギリが展開され、ジャンの洗濯機を切り刻んでいき外装を剥がしていく。


「ぐっ……なんてパワーだ。攻撃生物洗剤EX(アタックバイオEX)! だいたいの神器は水に弱いはずだ!」


 とっさの機転でジャンが洗剤を自律掃除機(ルンバ)にぶっかけると鋼の獣はエラーを起こし機能を停止した。


「あーあ、壊れちゃったか。ならもういらないね。ヘイ、スィーリ! そのゴミを自爆させろ!」

「なんだとっ!?」


 命令を受理していともたやすく自爆した神器の爆風を、洗濯機で受け止めきれなかったジャンは部屋の隅へと吹き飛ばされた。

 そこで、机の下に身を潜めていたティナと視線が合う。


「みっともない所を見せてしまったな。過去の英雄の無様な実態に幻滅しただろ?」

「……そんなこと無いです。ジャンはちゃんとしていました。

 父に聞きました。ジャンはどのような危険な作戦であっても最前線でを難なくこなす男だと。

 母に聞きました。ジャンはどのような苦境であっても冷静に洗濯機を信じてができる男だと。

 父と母は自分たちの話はしてくれなかったけど、ジャンの話はたくさん聞かせてくれました。だからわたしが聞いて育った三英雄のお話は三英雄では無く英雄ジャンのお話だったのですよ。だからわたしは幻滅なんてしません!」

「そうか、ティナはあの二人の娘だったのか……それであのせんたくけんを」


 ティナの話で彼女がクーン(天災テレビ)リーザ(氷結冷蔵娘)の娘であることをジャンは確信した。

 そして、ならばこそ必ずこの状況を切り開いて、かつて共に戦った友の娘(ティナ)を助けなければならないと再び意志を固める。


「ジャンはちゃんと依頼を果たしました。シュレは無事ですから……だからもう大丈夫です」

「……いいや、まだだ。まだ俺は本当のせんたくをできちゃいない。だからそこで最後まで見届けてくれないか?」

「ダメです! ジャンがせんたくをするのであれば、わたしも決断します。わたしだって大人のレディなんですから」

「ははは、なるほど、大人か。そうだな、選べるのが大人に許された自由だ。あのとき俺は仲間と共に選ぶことができた。だからティナのせんたくも受け入れようじゃないか」


 覚悟を決めてボロボロになった洗濯機を再び構えるジャン。

 そしてティナは再び隠れる。決意を示すために。


「おや、神への祈りはもう済んだのかい? ああそうそう別にね、ボクとしてはどちらでもいいんだよね」

「……何のことだ?」

「ボクの賢者の石板(スマートフォン)の力は見ただろ? ネタばらししちゃうと、コレで扱っていた神器は元々ボクの物では無いんだ。この意味がわかるかい?」


 部屋には多数の神器が転がっている。


「……神器は授かった者のみが扱える物だ。たとえ誰かから奪った所ですぐに手元に戻せるはずだが……まさか!?」

「そう、これらの神器の持ち主のほとんどはもうこの世にはいない。ああ、もちろん協力的な者たちは生かしているけどね。人質を取るだけで素直に言うことを聞いてくれるのだから安いものだよね?

 だからボクとしてはどちらでもいいんだよ。そこの彼女がおとなしく伴侶として手に入るならそれでいいし、彼女が神器を残して死んでくれるならその後に飼い慣らす面倒も無くて楽なんだよねー」

「お前……」

「さぁ洗濯屋、命の選択をさせてあげるよ。キミが死ぬなら彼女は花嫁として丁重に首輪を付けて飼ってあげよう。キミが彼女をその手で殺してくれるならウチの組織の兵隊として厚遇してあげるよ。なんならオマケでキミ好みの女を見繕ってやってもいい。さあ、どちらを選ぶかい?」


 青年のその問いにジャンは静かな闘志を乗せた声で応える。


「お前にはまだ名乗っていなかったな。かつて運命の洗濯鬼(せんたくき)と呼ばれ恐れられた男の名を!」


 ジャンが洗濯機に横方向の高速回転を加えて転がすように投げつける。


「ヘイ、スィーリ! 電子レンジのマイクロウェーブであのガラクタを分解しろ!」


 部屋に転がる電子レンジからマイクロ波が洗濯機に向かって照射される。

 しかし、回転は止まること無く転がり進んでいく。


「馬鹿な……なぜ壊れない!」

「我が名はパンジャン! そして、これが俺の洗濯(パンジャン・ドラム)だ!」


 勢いを増して青年の眼前へと鬼気と迫る洗濯機。

 だが無情にも洗濯機の外装はいよいよ分解されて青年に届かずに崩れ落ちる。


「……ふははは、勝った! 所詮はロートルの――なっ!?」


 そして中に残ったの洗濯槽だけが不自然にも高く飛び跳ねた。


「さらに俺の洗濯機はアンソニータイマーの加護がついたバルク(不良メーカー)製品……つまり、保証期限終了ぴったりに壊れる! そいつは計算済みだ!」

「そして、これがわたしの決断です!」


 洗濯槽に隠れていたティナが青年の目の前に飛び出し、細長い端末(リモコン)賢者の石板(スマートフォン)に向ける。


「この距離はまずい、やめろぉぉぉおーー!」

「カーテナの名の下にコルタナが命ず。電子の御霊を持つ物よ、その機能を停止せよ(シャットダウン)!」


 ピッとたった一つの電子音が静寂を生み出す。

 青年は驚愕の表情のまま時が止まったかのように制止しているのを見届け、ティナは赤いドレスのスカートから埃を払い、再びリモコンを青年の石板(スマートフォン)へと向ける。


「神器の意思はその持ち主と繋がっています……だからこれで全てが解決です。カーテナの名の下にコルタナが再び命ず。賢者の石板(スマートフォン)よ、その御霊を初期化せよ(オールフォーマット)!」


 石板の前面の小型のテレビがバーを表示して、数字が0から上がっていき……100になると同時に光を失った。

 その主たる青年も意識を失い倒れる。



「あいつは……死んだのか?」

「いいえ、ただ記憶がまっさらになっただけなので平気ですよ。漂白のようなものですね」


 まるでここで何も無かったかのように猫を抱えて帰る準備を始めるティナとジャン。

 古城から抜けると街へ向けて二人でゆっくりと歩き始める。


「その神器、ずいぶんと恐ろしいものなんだな」

「そんなことありませんよ?

 あの賢者の石板(スマートフォン)が操っていたのは全て、電子の御霊が宿った第二世代の神器、そして賢者の石板(スマートフォン)は第三世代の神器といえます。このカーテナのリモコンは言わば第四世代の神器。第二世代以降の神器であれば止めることができますけど、ジャンさんやお父さんたちのような人の意志を糧に動く第一世代の神器には何の影響もありませんもの」

「そういうことでは……まあどうでもいいか」


 出会った時に降り続けていた雨はすっかりと上がり、雲一つ無い空には宝石を散りばめたかのような星空と大地を柔らかく照らす半分の月が夜空を飾り付けていた。

 前を歩いていたティナが振り返り、ジャンに問いかける。


「ところで、選択を迫られた時に躊躇い無く洗濯機を投げたけれど……少しは迷ったりしなかったのですか?」

「そうだな……ただの洗濯屋の俺に命の選択はできない。だが、一人の女の子を洗濯してやることくらいならできるさ」

「ふふふ、そっかー」


 満面の笑みを浮かべたティナが猫を両手で顔の前まで持ち上げ、照れ隠しに顔を遮る。

 遊んでくれるのかと勘違いしたシュレは、にゃーと甘えるような声をあげていた。

 そしてたわいもない会話をしながら夜道を進んでいく。


「さて、明日には新しい洗濯機が届くだろうから、戻ったら仕事を探さないとな」


「わたし、良い店を知っているわ」


「そこでは洗濯機は必要とされているのか?」


「いいえ、でもあなたならきっと大丈夫」


「そうか……ならば試しに行ってみるとしよう」



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 しばらくして、街に知る人ぞ知るコーヒー喫茶が開いた。

 洗濯機でドリップされるコーヒーに初めて来た人は驚くが、たくさんの猫と戯れることのできて、かわいらしい少女の給仕されるそのゆったりとした空間は、多くの人、そして神器を持つ者に愛されたという。


「娘の開いた店に呼ばれるとは嬉しいものだな」

「ええ、なんでもアイツがマスターをやっているって話よ。……うう、相変わらず鈍感なようなら洗濯機ごと凍らせてやるんだから」

「ははは、ほどほどにしてやりなさいよリーザ」



 この国では神器を持つ者が、普通の人と分け隔て無く生活を営んでいる。

 過去に英雄がいたかもしれない。

 だがそれに縛られる必要は無い。これからの未来を作っていくのは今を生きる人々なのだから。

ふりーだむのべるず主催の洗濯板企画より、洗濯機をテーマにしたエンタメを書いてみました。


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