90話 ケタケタ
「やあやあ、こんな片田舎の小さな店によく来てくれたね!」
修理屋『ラピスラズリ』へと到着した私達を、上司と思しき鼠人の男性が明るく迎え入れてくれた。
「いやぁ〜申し訳無いねぇ、本当はウチのエースが君達を見守る予定だったのに……急に用事が出来たみたいで……」
「それは大変でしたね……」
成る程……急に仕事の依頼が来た理由が分かったよ。
因みに、シダさんが審査員だと誤解されている事はシダさん本人には伝えていない。
別に私の正体がバレたって私は困らないし、シダさんに話したらそれはそれでややこしい事になりそうだし……
(本当はシダさんに審査員の振りをしてもらおうとも考えていたけど、あの人が演技出来るようには見えないしね……)
「では早速で悪いんだけど…一通りお仕事の説明をするから、シダさんとライムさんは此方に……えーっと、ロイワさんはどうしますか?」
「そうですね……」
監視ならゴーレムのゴーくんや人工精霊の小鳥、ミニゴーレム達に任せる事が出来るけれども……
「私も2人の後について行きます」
「分かりました。では、どうぞ此方の部屋へ……」
「はい!分かりました!」
「畏まりましたわ」
ライムさんは返事を返すと、職員が目を逸らした隙に一瞬だけ私の耳に顔を寄せ
「(ロイワ、私の足を引っ張るような真似をしたら……2度と表を歩けない身体になりますわよ?)」
と、早口で告げて来た。
「(わ、分かりましたわ……)」
審査員に対して再び暴力的な発言……と。後で上に音声付きで報告しとこ。
シダさんとライムさんの2人は、会議室のような個室で社員の方に一通り軽く仕事の説明を受けた。
2人に任されたのは少し壊れた道具を修理するだけの簡単なお仕事だ。それなりに道具の知識が無いと出来ないが、仕事内容は然程難しくないと思う。
(さてと、私は作業場で仕事をしている2人の監視を始めるとしようか……)
私はポケットからミニゴーレムを2体取り出し、
職場体験をする2人をこっそりと監視するように指示を出した。
まあ私も2人をしっかり監視する予定だけど、何かトラブルやら見逃し等があっても大丈夫なよう念の為に…ね。(ミニゴーレムの使用については社員からしっかり許可を得てるよ!)
ピッ!
スタタタタタタ……
私の指示を聞いたミニゴーレム達は、私に向かって敬礼をすると、2人が居る方に向かってそそくさと走り去った。
「さてさて、2人はしっかり仕事しているかな…?」
私は一応仕事の為に、それなりの広さの作業場を歩いて2人の仕事振りを監察する事にした。
ガチャガチャ……カタカタ……
シダさんは魔導製品の内部にある、壊れた部品を取り出す仕事をしているようだ。無言のまま真剣に取り組んでいる。
(うんうん、シダさんは真面目に仕事しているようだね)
一方、ライムさんも真剣に作業に取り組んでいるようで、私が近付いても一切見向きもしなかった。
(ライムさんも真面目…と。これなら何のトラブルも無く職場体験が終わりそうだね……)
「……ん?」
私が辺りを見回すと、作業場の隅に衝立で区切られた謎のスペースを発見した。どうやら中にはラジオやテレボが沢山置かれているようだ。
「あの、すいません。あのスペースに置かれた魔導製品は何ですか?誰も手を付けていないみたいですが……」
私は近くにいた手の空いている猫人の女性社員に謎のスペースについて尋ねてみた。
「ああ、あれはねぇ……ねえ、君は都市伝説の『ケタケタ』って知ってるかい?」
都市伝説?何故急に?
「いえ…オカルト話はあまり……」
最近世間ではオカルトブームが来てるらしくて少しだけ話は聞いた事はあるし、偶にカゲリちゃんからオカルト系の話は聞くけど、あまり詳しくは分からないんだよね……
「あのね、ケタケタって言うのはね……睡眠中、給源を切った筈のラジオやテレボから『ケタケタ……ケタケタ……』と、誰かが笑うような声が聞こえてくるんだって。
その笑い声は日に日に大きくなっていき、やがて最後には音源から飛び出したケタケタが、笑い声を聞いた人の精神を食ってしまう……なんて話があるんだよ」
「……あの、それってつまり……」
「うん、あれ全部『給源が無い筈なのに謎の笑い声が聞こえた』って報告のある魔導製品なんだよね……」
「えぇ……」
この世界でこんなホラー話を聞く事になるとは……
「で、この修理屋のエース…ヨマさんって人にはあの魔導製品の故障の原因が分かるらしいんだけど、ウチらみたいな低レベルの社員には全く分からなくてね……だから対応も修理も全部、高レベルのヨマさんが担当しているんだよ」
「あれ全部1人で修理を……それは大変ですね……」
……よし!それなら…!
「あの!もし宜しければの話ですが…私が故障の原因を調べますよ!」
(原因と修理する方法が分かれば、少しはこの職場の負担も減る筈…!)
「ええっ!?いやいやいや……!確かに君の腕は最高だって先生から聞いたけど!流石にタダでやらせる訳には……
……いやでも…君がどうしてもって言うなら…是非やってもらっちゃおうかな的な…!」
「どうしても、です!」
「よっしゃ!じゃあお願い……(あっ!調べるならこっそりね!バレたらウチが大変な事になるから!)」
「(分かりました!)」
よし!この人が話が通じる人で良かった〜!では早速……
「(ゴーくん、あの魔導製品を全部スキャンして故障の原因を調べて!)」
猫人の社員と一緒に曰く付き製品のスペースの中に入ると、魔導帽を被って宙にスクリーンを表示し、ゴーくんに曰く付きの魔導製品のスキャンを依頼した。
ゴーくんはコクリと頷くと、大量に置かれているラジオやテレボに向かって横長の青いレーザーを飛ばした。
「(すっげぇ……何やってるのか分からないけどすげぇ……今時の学生マジヤバ……)」
「(いやぁ、それ程でも……)」
やがてゴーくんのスキャンが終わり、スクリーンに表示された結果は……
『シール付着:電波受信』
「これは……」
このシールがケタケタの音声を受信していたのだろうか……
だが、シールを剥がすだけの簡単な作業で修理出来るのに、何故高レベルのヨマさんは1人でこれを……?
「ねえ、結果はどうだった?」
私の隣にいた猫人の社員は、ワクワクしながら私を見つめている。
「あの、度々すいません。この不良品を持って来た方々の共通点……いや、この地域で変わった事があったかどうか教えてもらえませんか?」
「ええと…変わった事……?と言うか、最近各家庭に魔導板を無料点検しに来る謎の業者が居るって話なら……
ほら、最近デカいデパートでマナタンク乗っ取りのニュースが出たでしょ?だから、それに託けて変な奴らが出てきてんじゃないかって。
それで周りも、あの大きくてセキュリティも万全な筈のデパートが被害に遭ったなら自分の家庭も危ないんじゃないかって不安に駆られたみたいで……結構な人が被害を受けているみたいなんだよ。
でも、魔導板自体には特に被害は無かったって話だし、多分そいつらの目的は空き巣目的の下調べなんじゃないかって……」
「………」
まさかあの時の事件を利用されるとは……
恐らく、その謎の業者が分かり辛い場所に電波受信のシールを貼り付けたのだろう。
でも、何故謎の業者はケタケタの音声を流したんだろう……?それとも、ケタケタの音声と業者は無関係で、魔道製品が偶然ケタケタの音を拾ったのだろうか……
駄目だ、分からない事が多すぎる……
「えっ?まさかこの不審者と何か関係がある…とか?」
「いや、それはまだ……すいません、少し席を外します」
「あ、ああ…分かった」
私は急いで職場から飛び出し、誰も居ないスペースまで移動すると魔導帽を使用してカゲリちゃんに念話を掛けた。
(オカルト系の話ならカゲリちゃんが1番詳しい筈…!)
「ロイワだよ、カゲリちゃん今時間ある?」
『うん、今は大丈夫だよ。ロイワ、どうしたの?』
「あのね、実は……」
私は先程起こった出来事を簡単に説明した。
『都市伝説を再現し、不安を仰いで噂を広め……それは確実に都市伝説の怪物『ケタケタ』を現実に呼び出そうとしているね』
「ええっ!?でも、そんな非現実な……」
いや、異世界だからあり得る話なのか?
『信じられないのは分かるよ。でも……とりあえず私もそっちに向かうね。詳しい話はそこでしよっか』
「分かった!じゃあ後で会おうね!」
プツン
さて、とりあえずヘル先生にも念話を掛けとかないと……でも、あのヘル先生がこの話を信じてくれるのかなぁ……
だが、念話越しに都市伝説の話をするとヘル先生は……
『そうか……してやられたな……恐らくそのヨマって人物もこの事件に関与している可能性があるな。
分かった。私もそちらに向かおう。然るべき機関に連絡もしておこう。ロイワは其処で待機していてくれ』
以外とこの事態を重く受け止めているようだった。
「分かりました」
プツン
よし、とりあえず2人が来るまで此処で……
「ロイワさん?」
「あっ、ライムさん……」
こんな時に面倒臭い人が来てしまった……
「駄目ですわ、こんな所で油を売るなんて。よりによって念話でお喋りなんて……一度痛い目を見ないと分からないのかしら?」
今そんな事してる場合じゃ無いんだって!!
どうしよう……暴力を振るう現場を誰かに見られたら私の立場が……!こうなったら無理矢理止めるしか…!
「ロイワ、お待たせ」
「あっ!カゲリちゃん!」
私が困っていると、私の背後から『白いリボンの装飾があしらわれた白黒のお洒落なワンピース』を身に纏ったカゲリちゃんが姿を現した。
来るの早っ!でも助かった!あと一歩遅かったらライムさんを人知れず大変な目に遭わせていた所だったよ!
「そのワンピース凄く可愛いね!」
「えへへ…ありがとう。それよりも……ロイワ、南西に噂が人為的に集められているのを感じるよ。ヘル先生が来たらこの場はヘル先生に任せて私達は怪物の元に行こう」
「えっ!?私も!?」
「うん、私の事が分かるロイワなら怪物も何とか出来るから」
「……うん、分かった!」
うーん、俄には信じられないけどカゲリちゃんが嘘を言っているようには見えないんだよね……とにかく今はカゲリちゃんの言う事を信じるしかないか……
「でも、何で都市伝説を現実に出そうなんて話が?カゲリちゃんは分かる?」
「それはね…もし犯人が例の奴らだとすると、奴らの真の狙いは都市伝説の怪物じゃ無くて異世「ロイワさん?」
あっ…ライムさんがまだこの場に居る事忘れてた……!
「貴方、誰と会話していらっしゃるの?」
しまった…!カゲリちゃんって見えない人には見えないんだった…!!このままではライムさんに変な噂を流されてしまう!
「私に任せて」
カゲリちゃんはそう一言呟くと、ライムさんの前元へと歩み寄り、右手をライムさんの額にそっと当てた。
『ライム、貴方は何も見ていない。ただ休憩の為に此処に立ち寄っただけ』
「私は……何も見ていない……休憩……」
おお!ライムさんがカゲリちゃんの精神術でこの場を収めようとしている!しかも効果覿面のようだ!
『休憩が終わったらやる事あるでしょ?』
「休憩終わったら……仕事……戻らなくちゃ……」
術に掛けられたライムさんの目が濁って見えるんだけど!?何か怖いよ!!
でも、これで変な噂を流される心配は無くなったようだね。良かった〜
『ロイワに攻撃したら貴方は爆発する……』
「私は爆発する……」
カゲリちゃんライムさんに何吹き込んでるの!?




