79話 お風呂屋さんと不審者
博物館でダンデと別れた後、私とセンチは徒歩でセンチが所有するデパート『ヒダマリ』へと移動した。
「私のデパートに到着ー!」
「おぉ〜!相変わらず賑やかだねぇ〜!!」
今は外出している人が少ない時間帯の筈なのだが、それでもデパート内には沢山の魔族達がうろついていた。
「所で…ロイワは今、水着持ってる?」
「うん!いつでもお風呂屋さんに行けるように持ち歩いてるよ!」
「そっか!それじゃあ先にお風呂屋さん行こっか!今の時間帯はお風呂屋さん空いてるよ!!」
私はセンチに案内されてデパート内にある大きな風呂屋へと移動した。
受付を済ませ、更衣室でスカート付きの赤い水着に着替え(センチは迷彩柄の水着を着ていた)、出入り口で魔法により体を清めてもらい、大浴場へと移動した。
「うわぁ……!めちゃくちゃ広い……!」
施設内は物凄く広くて、様々な種類のお風呂があちこちに設置されていた。中には流れるプールのようなお風呂まであった。
「でしょ?近い内に温泉ブームが来そうだから、思い切って大枚を叩いて作ってみたんだよ!
さて、最初は普通のお風呂入る?それとも思い切ってめちゃくちゃ深いお風呂行ってみちゃう?」
「あっ、私重過ぎて浮けないし(魔法を使えば一応浮けるが)泳げないから普通のお風呂入るよ」
「そうだったんだ…分かった!じゃあまずは普通のお風呂にしよっか!」
センチと一緒に普通のお風呂へと移動しながら、周りを見回してみる。
確かにセンチの言う通り、お風呂場のお客さんは指で数えられる程しか居ないようだ。
右側にある海水プールでは海人の女性数人が優雅に泳いでいる。左側にある泡風呂では、目を全て閉じた百目鬼のお姉さんがまったりと入浴しているのが見えた。
目の前の普通のお風呂には長い髪を纏めた白い獣人が……
「あっ!?ヘル…先生!?」
「おっ、ヘルじゃん!やっほー!」
何と、普通のお風呂にいる獣人はヘルだった。
布面積が多い黒の水着に赤いネックレスと腕輪を身につけており、外の夜景を(外からこちら側は見えない仕組み)静かに眺めていたが、センチの元気な声に反応して私達の方を向いた。
「センチか、偶然だな……ん?センチの隣にいるのはロイワなのか?何故2人が一緒に居るんだ?」
「いや、それは……」
しまった…今の私は魔法学校に通うごく普通の女の子であり、今の所、私が大精霊のロイワである事はヘルにバレてはいないんだった……
だけど、どうやってセンチと一緒にいる事を説明したらいいんだ……
別に正体をバラしてもいいけど、ヘルが私の秘密を隠し通したまま授業とか出来そうには見えないし……
「えへへ〜。実はね、ロイワとは試験会場で出会ったんだよ〜」
「試験会場?」
「うん!私、試験会場で警備の仕事をしてた時に、ロイワと会う機会があってさ…そこから結構仲良くなったんだよね〜、ね!ロイワ!」
「あっ、は、はい!センチとは仲良くさせて頂いています!!」
成る程…確かに初めてこの姿でセンチと会ったのは試験会場だったし、そこから一緒にお風呂に行くまでに仲良くなるのも不自然では無い筈!
センチグッジョブ!!
「センチは相変わらず人と仲良くなるのが上手だな…ロイワ、センチから既に話を聞いているかもしれないが、センチと私は友達なんだ」
「はい!存じております!」
「ロイワ、今更そこまで畏まらなくて大丈夫だ…」
ごめんねヘル…(この姿で)外で会うのは始めてだったから勝手が分からなくて…
「ヘル、折角だから一緒に入ろ〜!隣失礼するね〜」
「いや、センチは大丈夫かもしれないが…ロイワは大丈夫なのか…?」
「はい!寧ろヘル先生と一緒にお風呂に入りたいです!」
「そ、そうか…ならいいが…」
駄目だなぁ、折角ヘルとセンチが揃って私も嬉しいのに……さっき博物館で聞いた話も相まって変にヘルを意識してしまって緊張してしまって……ん?
カツ、カツ、カツ……
あれ?風呂場なのに靴の音が聞こえる…?
私は頭を動かして足音がする方を向いてみたが、多少景色に違和感を覚えるだけで他には何も見当たらなかった。
「ん?ロイワ、そんなに辺りを見回して……どうしたんだ?」
「(ヘル先生…あの辺、あの海水プールの辺りで人が歩いている音が……)」
「人…?うーむ……少し失礼する」
ヘルは右腕に付けている腕輪を軽く叩くと、小さな声でぶつぶつと呟きながら呪文を唱えた。
「あっ…!?」
ヘル先生が呪文を唱え終えた途端、海水プールの隣にローブ姿の不審者が現れた。
ローブの不審者…何だか嫌な予感がする……
「(服を着たま風呂場に…?この大浴場のスタッフには見えないが…センチ、あの不審者の行く先には何があるんだ?)」
「(あの部屋の先には温泉施設全体を動かす為のマナタンクが置かれてるんだよ。でも、部屋に入れるのは風呂屋で働いている一部のスタッフだけの筈なんだけど……)」
「(あのローブの人、周りのお客さんに認識されてないみたいだし……かなり怪しいね)」
「(ああ、ロイワが指摘してくれなかったら我々も気付けなかった……センチ、周辺の警備を強化してきてくれないか?あの不審者を外で援護している奴が居る可能性があるからな)」
「(分かった!)」
「(ロイワ、今呪文書は持ってきているか?)」
「(持ってます!)」
「(よし。では、技術師であるロイワは私の補助を頼む。ロイワはまだ学生だから、自分の身を最優先で守るんだ。分かったか?)」
「(分かりました!)」
こうして私はセンチと一旦別れ、ヘル先生と共にローブの不審者の後をこっそり追尾する事になったのだった。
呪文書を用いて私とヘル先生にめいいっぱい補助呪文を掛けてからずっとローブの不審者を尾行し、不審者がサッと入っていった部屋に私達もこっそりと侵入した。
室内は非常に薄暗く、辺りにはマナタンクに関する魔道具が沢山並べられている。
「(あのローブの人、マナタンクに何か細工をしていますね……)」
「(うむ、あの行為からして、どう考えても犯罪だな…)」
マナタンクの前でゴソゴソと怪しい動きをする不審者。今なら簡単に捕まえる事が出来そうだが……
あのローブ、あの髪、そしてわずかに匂う植物の香り…旧大陸で見た緑エルフかもしれない……
もし普通に捕まえたとしても、元の雑草に戻ってしまうだろうし……
「(ヘル先生……あの人……)」
「(ああ、奴に関しては少々特殊な方法で捕らえる)」
「(特殊…?)」
「(奴は少々厄介でな…説明は後でしよう。ロイワ、この距離から奴の足元に水晶式錬金型魔法陣を描けるか?)」
「(この距離なら簡単に出来ます!)」
私は呪文書を開くと、迅速に、かつ丁寧に不審者の足元に指定された魔法陣を描き込んだ。
この魔法陣は、周りの物質を好きな形の水晶に変換出来る力を持っている。
「(先生!出来ました!
「(よし、よくやった!では……)はあっ!!」
ヘル先生が不審者に向かって掛け声と共に掌を翳すと、不審者が乗っていた魔法陣から閃光が迸り、光の筋がローブの不審者を貫いた。
キィイイン!!!!
魔力による凄まじい爆発のようなものが起こり、ローブの不審者は一瞬にして巨大な光水晶の中に閉じ込められてしまった。
「よし、奴はそのままのようだな……」
「ヘル先生、あの一瞬で強固な光水晶を綺麗に生み出すなんて凄いですね!」
「寧ろ凄いのはロイワの方だ。ロイワがたった1人で、素早い動作で非常に難しい魔法陣を描いてくれたおかげで理想通りに水晶が出せたんだ」
「ありがとうございます…!それにしても……」
私は改めてローブの不審者の姿をまじまじと見て観察した。
やはり、私が旧大陸で見た緑エルフと姿形がそっくりだった。
「この国では見かけない種族だろう?……そうだ、このマナタンクの術式がどうなっているか確認してもらってもいいか?」
「はい!分かりました!」
私はマナタンクに駆け寄ると、急いでマナタンクの中身を隅から隅までしっかり調べ上げた。
「ヘル先生、防衛呪文が穴だらけになってます……」
「やはりか……恐らく、この施設内にも奴らの仲間が居て、少しずつセキュリティを緩めていったのだろうな……
下手したら他の施設もやられている可能性があるな。ロイワ、この施設内のセキュリティを全部確認出来るか?」
このデパートの中全てのセキュリティを確認するって事は……最新のセキュリティを全部見て回れる絶好の機会じゃん!
「はい!出来ます!」
「よし、では念話でギルドに連絡するから、私の連絡が終わったら私と共に施設内を周って調査を始めるぞ」
「了解です!!」




