73話 害獣駆除
学校に通ってから数十日が経過した。
最近は変な夢も見ないし、事件も起こらないし、実に平和な学校生活を過ごしている。
そして今日の授業が終わり、HRが終われば6連休と大自然感謝祭が待っている。物凄く楽しみだ。
「明日から大連休だが…その前に、1つ残念なお知らせがある」
HRにて。ヘル先生が深刻な顔で教壇の上に立ち、私達にとんでもない一言を投げかけた。
「残念だが、今年の大自然感謝祭は延期になった」
「「「「「「えええええっ!?!?」」」」」」
「何で!?」
『やだーーー!!』
「そんな…オレ、感謝祭を楽しみに生きてきたのに……」
「えぇーーっ!!何でですかーーー!?!?」
ヘル先生の発言に教室中が大騒ぎになった。
「静かに!!確かに延期になってしまったのは悲しいが、これには理由があるんだ!最近、旧大陸に沢山現れた新種の害獣を駆除する為に、我が国の軍がわざわざ旧大陸に移動して活動しているのは知っているな?」
「えっ?旧大陸に新種の動物が出たから調査しに行ったんじゃなかったの?」
旧大陸の話はあまり知らなかったけど…そんな事やってたの?
『確か最初はそうだったよ。でも、途中で目的が駆除に変わったんじゃなかったかな?テレボのニュースで聞いたよ』
私が疑問に思っていると、隣の席に座っている赤スライムのサムが身を乗り出しながら私にこっそり教えてくれた。
「そうだったんだ!知らなかった……私、あまりテレボ見ないからなぁ……」
お気に入りのバラエティやアニメ以外に見たい番組が無いし…いや、偶にニュースは見るかな……
『ええっ!?テレボ見ないの!?暇な時は何して過ごしてるの!?』
テレボあまり見ないのってそんなに驚く事なの?
「その『旧大陸に現れた害獣』が中々に手強いらしくてな……更に一般市民の救助も相まって、軍隊が感謝祭までに帰る事は非常に難しいそうだ。
人が沢山集まる感謝祭で警備を薄くする訳にはいかないと判断した賢者様は、大精霊様との話し合いの末、感謝祭の日程をずらす事に決めたそうだ」
「ヘル先生、警備については警察がいるから大丈夫じゃないんですか?」
「残念だが、警察だけでは人手不足だな……」
「うぅ……あんな国、ほっとけばいいのに……」
「害獣の被害はこっちにも出ているんだ。前に新種の害獣が自国の海岸に流れ着いたって話があっただろう……まあ、今回は普通の連休になるだけだ。話は以上……いや、あと1つあったな。
最近、違法パーツが若者の間で流行しているそうだ。特にシール型のものが多く出回っているらしい。
「他の子もやってるよ」とか、「一回だけなら大丈夫!」と甘い言葉で誘惑して来るが、絶対に違法パーツに手を出さないように!
話は以上だ。各自、危ない真似はせず、楽しい休日をすごすように」
「はぁ……」
HRが終わり自室に戻った私は、一時帰宅する為に部屋に置かれた私物を纏めては鞄に詰め込む作業を始めた。
私の周りでは、5体のミニゴーレム達が手足を伸ばしたり宙に浮いたり、自身の性能をフルに活用して部屋中を掃除している。
「ン?大自然感謝祭の延期がそんなに残念なのかヨ?」
私が落ち込んでいると、タブレットからミュラーが飛び出して私のベッドの上に着地した。
「残念だよ……友達と一緒に出店を回る予定だったのに……」
「ふーん……じゃあ、我々が旧大陸のイザコザを解消しに行ってみるのはどうだヨ?」
「……えっ?」
まさか……また前みたいに旧大陸で冒険ごっこしに行こうとか言わないよね……?
「大丈夫!今回は手加減無しの全力で!大精霊本来の力で害獣を駆除しに行くんだヨ〜!」
「成る程…それなら前みたいな事故は起こらないだろうし、感謝祭も早めに再開出来る上に皆んなの為にもなりそうだし……」
「ヨシ!そう言うと思ってたヨ!!」
パチン!バタバタバタバタ!!
「うわっ!?荷物が勝手に!?」
ミュラーが指を鳴らすと、私の荷物が(部屋中を掃除していたミニゴーレム達も)勝手に纏まりながら鞄の中へと吸い込まれていった。
「準備万端!!じゃあ害獣駆除の為に早速旧大陸に出発するヨ〜!」
「えっ!?私は行くなんて一言も……」
「レッツゴー!!!!」
パチン!!
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俺はオーガ族のサンナ、魔王軍に所属している兵士だ。
魔王軍は今、旧大陸で突如大発生した「害獣」の駆除をしつつ、旧大陸の現地人を救助して回っている。
だが、この大陸の環境は非常に悪い。
大地は腐り、川は濁っている上に異臭を放ち、今までに見た事無いような奇妙な植物まで生えている。
現地で調達した食糧は適切な処置を施さなければあっという間に腐るし、あまり美味しくない。
更に、避難所に匿っている保護住民共はどれだけ優しくしようが恩を売ろうが我々を忌避する。
特に獣人や魔獣に対する差別は酷く、獣人が少しでも現地人に近付いただけで、目に見えるように避けたり石を投げられる。
我々に助けられている状況自体が屈辱的らしく、我々に素直に従う現地人への差別まで始まった。
挙げ句の果てに、避難所にある全員分の食糧に毒を混ぜて敵味方纏めて毒殺しようとする奴まで現れた。
この土地は本当に最悪だ。魔王様からの命令が無ければ、旧大陸に行くような物好きは現れないだろう。
そんな状況の中、俺達魔王軍は今日も害獣を駆除する為に、巨大な害獣の巣がある『バルドル』の町へと(昔は賑わっていたらしいが、今はほぼ廃墟だ)移動していたのだが……
「くそっ!此処は何処だ!!」
隊を組み、酷い匂いが漂う森の中をただひたすら進んでいたのだが……
途中で大きな地盤沈下が起こり、俺だけ深い穴の中へと落下してしまった。
(防具のおかげで無傷で済んだが……随分と深いトコまで落ちたみてぇだな……)
どうやら此処は洞窟の中のようだが……
「ん?何なんだアレ……?」
所々に白い布が張り付いている。布の向こう側に空洞があるようだが……
ポン……ポンポン……
布から太鼓のような音が聞こえる。
(向こう側に何か居るのか…?)
中身が気になった俺は、腕輪からナイフを取り出して白い布に軽く突き刺した。
バリッ
「うわああぁぁああ!?」
布の向こう側から干からびた人間の腕が飛び出した。
「う、動いてる……!?」
しかも、腕の主はまだ息があるようで、先程から少しだが手が動いている………近付いてみると、僅かだが呼吸音まで聞こえた。
(まさか……この洞窟の中に張り付いているやつ全部……!?)
ガザガザガサガサガサガサ……
「!?」
洞窟の隅で巨大な謎の物体が動くのが見えた。
巨大な蜘蛛だ。
(か、囲まれてる……!?)
壁中に光る複数の目。いつの間にかおぞましい数の巨大蜘蛛の群れに囲まれてしまったようだ。
(ヤバい!)
逃げる為に足に力を入れた瞬間、壁中に張り付いていた巨大蜘蛛達が目にも留まらぬ速さで飛び掛かっ
ボ ォ ン ! !
ギィイイイイイイ!?!?
突然、俺に向かって飛んで来た蜘蛛達が反対方向に向かって不自然に吹っ飛び、壁に居た別個体の巨大蜘蛛にぶつかった。
周りの蜘蛛達はギィギィと音を立てて騒いでいる。
(なっ…!?今度は何だ!?)
先程蜘蛛が跳ねた場所にポッカリと真っ黒な穴が空き、そこから2人の人影が姿を表した。
「ホイ!旧大陸に到着だヨ!」
赤と黒が混じった髪に、今時の服を着た角人の子どもがはしゃぎながら穴から飛び出した。
「せめて荷物を自宅に預けてから飛んでほしかったなぁ……」
続いて、金髪混じりの長い赤髪を一本に纏めた赤エルフの子どもがリュックを背負いながら現れた。
(……えっ!?魔族の子どもが何故こんな場所に!?)
なんらかの道具を利用して此処まで来たのだろうか……だが、このままではあの2人の子どもが危ない。
だが、今の俺に他人を助ける力は無い……せめてあの2人を安全な場所まで……
「うわっ!?此処、物凄い数の蜘蛛がいるよ!?」
「この蜘蛛も害獣だヨ!折角だから片付けてくヨ!!」
「分かった!!」
「なっ……!?」
不味い!あんな巨大な害獣、例え1体相手だろうが勝てるかどうか分からないのに……
(下手に奴らを刺激したら更に戦況が悪化してしまう!)
「ほらヨ!!」
ヒュン!!
タ ァ ン !
角人の子が蹴った小石が、天井に張り付いている1体の巨大蜘蛛の頭を貫いた。
ズシーン……!
頭に穴が空いた巨大蜘蛛は、呻き声すら出さずに天井から剥がれ落ちてボコボコの地面に落下した。
「……え?」
今、何が起きた?
その辺の石を蹴っただけで化け物が倒れた……?
「よし!じゃあ私も……ミニゴーレム達、あの蜘蛛達を全部潰して!」
赤エルフの子は、リュックから小さい置物……ゴーレムのようなものを5個取り出して地面にそっと置いた。
見た所、あのゴーレムは金属で作られているようだが……あんな小さなゴーレムに何か出来るよいには見えない。
ピッ
1体のゴーレムから糸のように細い光が複数飛び出した。
ボトボト………
蜘蛛達はその光に触れた瞬間、音も立てずにバラバラになって地面に落ちてしまった。
(何だ……何なんだコレは……俺は何を見ているんだ!?)
「ほぉー!一本一本の指から物凄いエネルギーが放出されているヨ〜!」
「レーザービームだよ!凄いでしょ!」
「おう!最先端で超カッコいいヨ!では、この調子で残りの害獣もさっさと倒しちゃうヨ〜!!」
あっという間だった
角人の子から飛び出した無数の黒い剣が害獣を貫き
赤エルフの子が目にも止まらぬ速さで洞窟内を駆け巡り、真っ赤な剣で簡単に害獣を切り捌き
小さなゴーレム達から飛び出した光が蜘蛛の足を捥ぎ……
あんなに沢山いた筈の巨大蜘蛛の群れは、あの子ども2人の前で簡単に潰れてしまった。
「駆除完了だヨ〜!」
「物凄い数だったね〜…ミニゴーレム達もお疲れ様!」
害獣が駆除されている間、俺は何も出来ず、呆然と突っ立ったまま目の前で繰り広げられる戦いを眺めるだけだった。
「俺は夢でも見てるのか……?」




