60話 上級生鎮圧
此処は大自然博物館の出入り口手前。
出入り口の扉は見るも無残に破壊され、その付近には怖い顔をした上級生達が大声で言い争いをしていた。
「おい武術部!確かにオカルト部の抜け駆けは許せないが出入り口を壊すのはやり過ぎだぞ!!」
「何を言っている!今は部活動の存亡に関わる非常自体だろうが!!そんな些細な事に構っている暇は無い!!」
「はぁ?アンタの部にはまだ人が沢山いるからそう簡単に潰れないでしょうが!!」
「それを言ったら君の部にもまだ人が大勢居るだろう?此処は新入生を他の部に譲るのが…………」
「ん?どうし……な…なんだ……?」
「だるい……眠い……」
ドサッ…ドサッ……
口喧嘩をしていた上級生達が急に大人しくなり、次々と床に倒れていく。
すぅ……すぅ……
ぐぅ……
やがて、昼間であるにも関わらずこの場に居た上級生達は全員、静かに眠りに落ちてしまった。
「ふん、碌に準備もせずに私に喧嘩を売るとはな。上級生と言えどまだまだ甘いな」
『……あっという間でしたね』
ヘル先生の魔法で全員が眠ったのを遠巻きに確認すると、私達は博物館の出入り口付近に移動した。
私はヘル先生の肩から飛び降り、冷たい床で眠るオークの男性を近くで観察する。
『見事に眠っていますね…コレ、私が居なくてもヘル先生1人でどうにかなったんじゃ…』
「そんな事は無い。負ける可能性を潰して確実に勝利を掴み取るのが勝負の基本だ。ロイワが一緒に来てくれたおかげで、余裕を持って上級生を止める事が出来たんだ」
『少しでも勝率を上げる為に私を連れてきた…って事ですか?』
「その通りだ。さてと…まずは先生や警備員について問い詰めなくては。これ程の騒ぎを起こしても尚出てこないのはどう考えてもおかしいからな」
そう言いながらヘル先生は、床で寝ている上級生達に右手を翳しながらゆっくり近付いていく。
「他の先生方は何処にやった?」
ヘル先生が寝ている上級生達に質問をすると…
「はい…オレがこの銃で…『テレポート05』で撃って…先生を何処かへ飛ばしました……」
寝ているにも関わらず、上級生の1人がヘル先生の質問に答えた。白地に黒ぶちの眼鏡を掛けた犬人(顔付きからして恐らく男性)で、白い銃を抱えている。
「で、その先生方は今何処にいる?」
「いや…行き先…オレが設定した訳じゃ無いんで…分からないです……」
「……そうか、分かった」
ヘル先生は上級生達に向けた手を下ろすと、犬人の先輩が抱えていた銃を取り上げて私の前にそっと置いた。
「ロイワ、どうやら他の先生方はこの銃に撃たれて何処かへ飛ばされてしまったようだ。銃を解析して先生方の居場所を突き止める事は出来るか?」
『出来ますよ。見習い市場の出入り口を少し改造すれば、銃が飛ばす行き先へと繋ぐ事が出来ますが……少し問題が…』
「ん?どうしたんだ?」
『実は…その見習い市場の出入り口が壁のようになっていて…多分ゲートが壊れてるんだと思います』
「何!?ロイワ、この場所からは見習い市場の出入り口は見えないが…そんな事まで分かるのか!?」
『はい、このゴーレムにはシルフの能力の1つである『空間認識能力』を入れているので、周りの空間がどうなっているのかが大体分かるんですよ』
この能力、ダンジョンや迷宮を楽に攻略する為に入れたものなんだよね。
「ああ、確かシルフは瞬時に風の通り道を理解して迷宮を抜け出す事が出来るな。まさかゴーレムにその能力を……よし、分かった。まずは見習い市場の出入り口を直しに行くぞ」
『はい!あっ、後ですね…此処から3軒先の右側にあるお店の中で鏡を構えた人間が1人、そして天井の小さな穴が空いてる部分から長い銃で先生を狙っている人間が1人。計2人の人間がヘル先生を狙っているみたいです』
「……よし、分かった。その2人を片付けてから出入り口に向かうとするか」
『はい!』
数分後…
「本当に2人居たな…」
流石ヘル先生、隠れて先生を狙っていた生徒に反撃の隙すら与えず、あっという間に眠らせてしまうとは…
グー……グー……
一方、先生に眠らされた生徒2人は近くに設置されている椅子の上で横になり、深い眠りについている。
ヘル先生が生徒2人を眠らせている間、私は壊れた出入り口を修理し、生徒が持っていた銃『テレポート05』を頑張って解析していた。
「出入り口も無事に修理出来たようだな。後は装置を起動させて繋げるだけのようだが……ロイワ、出来たか?」
『先生、実はですね…銃を分解していたらこんなものが…』
私は銃の中から出てきた『真っ青なチケット』を先生に手渡した。
「これは大自然博物館にある『夏の海辺』行きのチケットだな。成る程、先生方は此処に…よし」
ビリッ!
ヘル先生が『夏の海辺』行きのチケットを真っ二つに引き裂いた。
「これで皆戻って来れる筈だ…」
ざわざわ……ざわざわ……
暫くすると、博物館から先生と生徒数人が表に出て来た。どうやら全員無事のようだ。
「ヘル先生!ご無事でしたか…!」
博物館から出てきたケンタウロスの先生がヘル先生を見つけると、駆け足で此方に近付いて来た。
確かこの人はエクレア先生…先程まで海辺に居たのか、少し磯の香りがする。
「エクレア先生も無事で良かったです」
「ああ、私の力がもう少し強ければ予防出来た筈なのに…残念ながら生徒の罠に掛かってしまって…」
「いえ、あれは魔王様程の実力が無くては予測出来ませんでしたよ…。ヘル先生、今の状況は…」
「はい、出入り口は起動するだけで…」
「ヘル先生、まだ校内に暴れ回る上級生が…」
ヘル先生の周りに続々と先生が集まっていく。
…って、私があまりにも小さ過ぎるせいなのか誰にも気付かれないんだけど?まあ、こんなに小さなゴーレムじゃあ誰も見向きはしないか。
暫くしてようやく先生の群れから離れたヘル先生が、私を丁寧に拾い上げて肩に乗せてくれた。
「ロイワ、後は先生と一部の上級生が動く。1年生は学生寮の自室で待機だそうだ、学生寮までは私が責任を持って誘導する」
『分かりました!』
「ロイワのおかげで速やかにトラブルを解決出来た。他の先生方もロイワを褒めていたぞ、ありがとう」
『いやぁ…それ程でも……えっ!?他の先生方も!?』
「そう謙遜するな。さて、1年生を迎えに行くとするか」
この後私含む1年1組は、ヘル先生に連れられて速やかに学生寮まで避難し、事態が収まるまで自室待機となった。
やがて『上級生による猛スカウト事件』は収まり、1時間遅れではあるが予定通り部活動見学が行われる事になったのだった。




