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57話 春の草原

大自然博物館の中はやはり綺麗で、シンプルだが壁や照明の1つ1つに途方もない金が掛かっているのが何となく分かった。


「失礼する。私の分と1年1組全員分のチケットを購入したいのだが…」

大自然博物館の中に入ると、ヘル先生は受付のガーゴイル族の女性に声を掛けた。


「はーい、実技の授業ですね〜?はい、『春の草原』行きのチケットです〜」

ガーゴイルの女性は気の抜けた声で対応し、ヘル先生にピンク色のチケットを1枚差し出した。


「代金は既に受け取り済みなのでご心配無く〜。では行ってらっしゃいませ〜」

「ありがとう。では…」

ヘルは軽くお礼を述べると、博物館の奥へと向かって再び歩き始めた。



「綺麗……」

館内には花畑や海や紅葉だらけの林などなど…綺麗で物凄くリアルな等身大のジオラマが飾られていた。


見た事が無い派手な植物が生えたジャングル、宝石のような果物が実る森、床や壁が金色だらけの目が眩みそうなダンジョン、地面の草や池やあらゆるものが全て氷でで作られたかのような真っ白な平原…見ているだけでとても楽しい。いつか観覧目的でこの博物館に来るのもいいかもしれない。



ヘル先生はパステルカラーで彩られた花畑のジオラマの前で立ち止まり、私達に向き直る。


「よし、着いたぞ。今日は此処にある『春の草原』で授業を行う」


……もしかして、このジオラマの中で授業をするの?


いや、周りにあるジオラマは確かにリアルだが、いまいち本物には見えないと言うか…仮に入れたとしても物凄く狭そうな気が…


「今から『春の草原』に入る。皆、私から離れすぎないように」

生徒にそう伝えると、ヘル先生は『春の草原』のジオラマの前に置かれている看板にピンク色のチケットを軽く当てた。



フワァ……



温かな日差し、植物や土の匂い、優しく吹く暖かい風からほのかに甘い香りがする。気がつくと、私達はいつの間にかパステルカラーの花畑に囲まれていた。


先程ジオラマで見たあの花畑にそっくりだ。


足元には薄いピンク色のレンガで作られた大きな道があり、近くには『パステル花畑』と書かれた可愛らしい色遣いのバス停と、若草色のベンチが設置されていた。


「…さて、今からこの世界をバスに乗って軽く見て回るぞ。皆、バス停の前で1列に並ぶように」


皆んなと一緒に大人しくバス停で待っていると、ピンク色を基調としたタイヤの無い無人バスが空から現れた。


「……すげぇ」

生徒達は立て続けに起こるイベントにすっかり目を奪われており、無駄口を叩く暇すら無いようだった。


「先頭から順に入り、奥から座るんだ。立ち止まらないようにな」


こうして皆が驚く中、唐突にバスツアーが始まった。


バスは道を無視してゆっくり飛び回り、私達に次々と珍しい景色を見せてくれた。


見た事無い可愛い木の実や果物が沢山生えた小道、丸いボールやカラフルな綿毛、色取り取りのハンカチが舞う大空、ブルーベリーや水風船が沢山実っている青色の森……


他にも色々見て回ったが、やがてバスは草原に囲まれた広場の前で停止し、私達はバスから下車した。


「よし、此処からは自由行動だ。4限目の時間が終わる20分前に再びこの場所に集合するように。では解散!!」


ヘル先生の合図と共に一部の生徒が元気に走り出したり、グループで纏まって歩き出したりして、生徒があっという間にバラバラになっていく。


「カター、ユリコ!一緒に見て回らない?」

「あっ、ロイワ!丁度私達も誘おうと思ってたんだよ、一緒に行こ!」

こうして私も、カターとユリコと共に『春の草原』を見て回る事になった。



「見てあの木、ボールが沢山実ってるよ」

「可愛い!あれってさっき空を飛んでたボールと同じやつだよね?」

「ああ、これは…」


ポン!


ボールが実った木に向かって歩いていたら突然、カターの足元で何かが弾ける音が聞こえた。


「うわっ!?何!?」


カターは思わず仰け反り、少し間を置いてから徐に靴の裏を覗き込むと…


「げっ、何これ…ガム?」

靴の裏には茶色の殻と白色の薄い膜が張り付いていた。


「コレは春風船ですね」

「春風船?」

「はい、この種を…」

ユリコはその辺に落ちていた茶色の玉を拾い上げると、地面に向かって思い切り投げつけた。


ポン!


茶色い殻が割れ、中からスイカ程の大きさのボールが飛び出してきた。

「あっ!木にくっついてるやつと同じやつだ!」

「前に旅して回ってた時に、現地の子供がコレで遊んでいるのを見ていたので…」

「面白いね、確かこの世界の物は自由に持って行っても良いって言ってたよね。この春風船、幾つか持ち帰ってみようかな」

へぇ…この春風船、上手く改造すれば良い武器になりそうだね…幾つか拾っとこ。



ゴォオオオオオオオオオオオ!!



「キャッ♪」

「うわっ!!」

「危ない!!」

私達が春風船を拾っていると、急に強い風が吹き荒れて木にくっ付いていた春風船がプチプチと音を立てて離れては空へと飛ばされていく。

ついでにユリコの身体も風に煽られた。私達が捕まえてなければ危うくユリコも春風船と共に宙を舞う所だった。


「び、びっくりした…ユリコって想像以上に身体軽いんだね…」

「危なかった…ユリコは身体が軽くて頑丈なんだよ。軽いから羽を使って身軽に空を飛べるんだってさ」

「はい、あのまま空を飛んでも良かったのですが…2人共、助けてくれてありがとうございます」

「いや〜…それ程でも……ん?」

「ロイワ、どうしたの?」

「いや、さっきカターから変な音が聞こえたような気がして…」

「変な音?」


ザー……ザー………


「あれ?私の念話石から変な音がしてる。何だろ?」

「私の念話石からも聞こえてきます。おかしいですね、故障でもしたのでしょうか…」

「うーん…何だかあの辺から変な気配がする…」

「あの辺…?何も無いように見えるけど…」

私達が不思議に思い、変な気配のする場所へ近付くと…


『……えっ?…バチッ!……後に……ジジッ……夕食…自由時間……ザー………』


「うわっ!!念話石から声が!?」

「……あっ!この植物、拡張石が実ってる!念話石から受信した音を拾って音を大きくするやつだ!音楽再生機器やラジオの部品の一部に使用されている石だよ!」

「ロイワ、これ分かるの?」

「うん。この石、多分私達の魔力を吸収して周りに飛んでいる念話の音を拾って、カターとユリコの念話石に拾った音を飛ばしたんだと思う。この声はヘル先生だね…よし、この拡張石を……」

私は立派に実った拡張石の1つを収穫すると、その辺に転がっている石を使って拡張石を思い切り叩き割った。


パキン!!


「うわっ!?何してんの!?」

「もし拡張石のみで周りの音を拾うんだったら外側の石も必要なんだけど、既に念話石を持っているんだったら拡張石の外側は取り除いて使用した方がいいんだよ。多分これで綺麗に音を拾って念話石に伝わる筈だから…」

『ジジッ……ジーー……急ですが、確かに彼等は既にレベルが高いですし、先に説明しても大丈夫かと』


「あっ!声がはっきり聞こえた!」


『……はい、分かりました。授業が終わり次第伝えます。では』


プツン


「あっ、終わっちゃった…」

「確かに先程よりも綺麗に聞こえましたが…結局何の話だったのか分かりませんでしたね、残念です」

うーん、何故か相手の声が拾えなかったなぁ…相手は相当質の良い念話を使用しているみたいだね…


まあいっか。今はこの『春の草原』を自由に遊び回るのが最優先だよね!

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