47話 勇者
真っ青で広々とした草原に山々が連なる自然溢れる試験会場。
その上空に突如姿を現した、宙に浮かぶ巨大な金属の鎧…を操作する私。
その巨大な鎧の前には大きな鉄の山が聳え立っている。
「よし!いい感じ!」
『うわぁ…山が一瞬で鉄の塊になってしまいました…』
私はロイヤルさんから借りた身体が持つ『錬金術』の能力を色々と試す為に、試しに近くの山を鉄に変えてみたのだが…
少し力を入れただけで山所か、草原の一部まで鉄に変化してしまったのだ。
「だ、駄目だ!流石にアレには勝てない!!」
「試験なんかやってられっか!俺は逃げる!!」
「助けて!まだ死にたくない!!」
そんな巨人の本気を見た受験者達は皆、巨人に背を向け、試験会場の出入り口に向かって全力で走り出した。
「本当は受験者同士の争いを止める為にロイヤルさんの身体を借りて地上に出たんだけど…戦う前に全員逃げちゃったね」
「あんな凄いのを見せつけられたら流石に全員尻尾を巻いて逃げ出すでしょ…まあ、争いも収まったみたいだし結果オーライってやつだよ。それより…この後どうするの?」
「あっ……とにかく喧嘩を止める事だけしか考えてなかったから考えてなかった…」
「ロイワったら…あの受験者達、まだロイワに対して誤解したままなんじゃないの?あれ放置しても大丈夫なの?」
「あっ!すっかり忘れてた!!とりあえず誤解を解く為にゴーレム達を使って受験者達を1人残らず捕まえに…」
「その必要はございません。受験者は全て私と軍隊が回収し、ロイワ様に対するあらぬ誤解も解きました」
「えっ!?誰!?」
私が慌ててゴーレム達に指示を飛ばそうとしたら突然、私達の会話に老人のような声が入り込んで来た。
「此方でございます」
急いで声のした方を向くと、先程ロイヤルさんが出した鏡に、黒いローブを深く被った謎の老人が写っているのが見えた。恐らく、先程聞こえた声の主はこの老人のものなのだろう。
「誰!?」
「ロイワ、この人はこの魔法使い検定の面接官であり、この国の賢者の1人であるラードさんだよ」
「賢者!?」
「その通りでございます…ああ、ロイワ様、ご無事で良かった」
鏡の中のラードさんは鏡の縁に手足を乗せると、ゆっくりと此方に向かって身を乗り出して私達の前に現れた。
此方へとやって来たラードさんは見た目の割に意外と背が高く、体格はがっしりとしていた。
『ラード様!』
『何故此方へ!?』
『とっくに面接の時間は過ぎてしまったのに…まだこの会場に居たのですか!?』
巨人の体内に侵入して来たラードさんを見たスライム人の3人は、大慌てでラードさんの足元に駆け寄ると、ローブの端が地面に触れないように丁寧に掴んで持ち上げたり、近くにある豪華な椅子を押してラードさんの背中まで移動させたりしていた。
「ふむ、お前達は…レド、ブル、デツか。今はとんでもない非常事態だからな、急いで此方まで飛んできたんだ」
ラードさんはスライム人が用意した椅子には座らず、真剣な表情のまま話を進めた。
「非常事態?」
「はい、ロイワ様の非常事態でございます。実は、試験が始まる少し前に、受験者の一部が私に伝えに来たのでございます。スタッフの1人が子どもを捕まえるよう指示を出したとか…」
「はぁ、グロウの奴…子供1人に対して大人気ない対応をするなんて…」
「センチ、話はそれだけでは無いぞ。グロウはな、この試験会場内にある『勇者』を起動させる為に、此処から遥か北にある『見捨てられた土地』と名付けられた場所へと向かったようなのだ」
「はぁ!?勇者!?」
「えっ?勇者?」
勇者って…あの正義の味方の…あの勇者の事だよね?……ってか勇者を起動させるって何?
センチはやたらオーバーに驚いているようだけど…あっ、確かこの国は昔、その自称正義の国の勇者になす術もなく大負けしたんだっけ?
「そう、あの正義の奴らが作り出した恐ろしい兵器、勇者。その勇者を模して作った模造品がこの会場内にあるのです。本来はこの勇者は『倒せない敵』として、この試験会場に解き放つ予定だったのですが…あまりにも強過ぎて危険だと言う事で、作られて早々にお蔵入りとなってしまったのです」
いや、何故その危険過ぎる勇者をこの会場内に保管したの…?
「作り出した恐ろしい兵器って…まるで勇者を道具扱いしているみたいですね…」
「いや、あれはもはや人ではございません…いや、この話は長くなるのでまた別の機会に話すとしましょう。
では、話を戻します。グロウは一向に見つからないロイワ様に痺れを切らし、あろう事か勇者を起動させる為の鍵を施設内から盗み出してしまったのです。全てはロイワ様を捕まえる為に…」
「つまり…グロウは私を捕まえる為に危険な兵器である『勇者』を起動させようとしてるって事?」
「その通りでございます」
いや、その通りでございますって…
「それって物凄く大変な事じゃ無いですか!?!?」
「はい」
軽い!ラードさん返事が軽すぎるよ!!まるで他人事みたいに…いや、ラードさんにとっては他人事なんだけども…
「待って!ラードさん…そもそも勇者を起動する為の鍵の一つはラードさん自身が大切に持ってた筈だよね?それに、ラードさんの一声で勇者を起動したり止めたり出来るって聞いたんだけど…」
「そうだ」
…………。
「あの…ラードさん…じゃあラードさんが指示を出して勇者を起動出来ないようにすればいいのでは…?」
「はい、なので勇者を止める前にロイワ様に確認をしに来たのでございます」
「確認って…ラードさん、一体何を…」
「まあ…本来、何事も無ければ私の独断の判断で勇者を止めたのですが…あの方に言われては…」
……?ラードさん、やけに歯切れが悪いね…てか、ラードさんより発言権がある人って一体…
「私がロイワさんの判断を仰ぐよう指示を出した」
聞き覚えのある声と共に、ラードさんの背後の右肩からリュユ理事長の顔がニュッと現れた。
「あっ!?リュユ理事長!?いつの間に!?」
「あたしも居るよ!」
「スザクさん!」
そのリュユ理事長と反対側の肩から少し遅れてスザクの顔もニュッと現れた。
「リュユ社長だ!久しぶり!何故此処に?」
「センチさん、久しぶり。スザクがロイワさんを悪く言う猫人が居ると教えてくれた。だから此処に来た」
リュユ理事長はそっとラードさんの背後から離れると、ゆっくりと私に向かって近付いて来た。
「リュユ理事長の身分ってラードさんより上だったの…?って、それよりも…勇者の起動の判断を私に仰ぐって…」
「言葉の通り。グロウに勇者を起動させるかどうかはロイワさんが決めて」
「な、何故?」
「もし勇者を起動させたら、勇者と戦えるから。ロイワさんの本体を持ってきて、大精霊として戦うといい」
「いやぁ…流石にそんな面倒な事しなくても…」
何故リュユ理事長は私を勇者と戦わせたがるんだ…まさか間近で大精霊の力を見る為にそんな事言うんじゃ…
「勇者と戦う予行練習」
「へ?」
「いつか本物の勇者が現れた際に、勇者がどれ程の強さを持つのか、また、どんな動きをするのかを間近で観察出来る。事前に敵の動きを知れば勇者対策が出来る」
「勇者対策…」
そうだ、魔王の国を襲ったカムヤナ国。今はまだ静かだけど…再び動き出し、勇者を引き連れてこの国にやってくる可能性もあるんだ……
下手したら私達大精霊が作った場所が…いや、魔王国自体が無くなってしまう可能性も…
「奴ら勇者は我々が作った模造品の勇者よりも遥かに強い…ですが、模造品だからと言っても馬鹿には出来ません。模造品勇者との戦いはきっと、ロイワ様にとって良い経験になるでしょう。ですが、無理に引き受けなくても大丈夫です」
「やるかどうかはロイワさんに任せる」
勇者退治をするかどうかは私次第。私の答えは勿論…
「やるよ!私、勇者退治の練習するよ!」




