43話 大精霊様の力
「さて…ロイワ、手加減は要らないわよ。全力でかかってらっしゃい。一回位なら攻撃受けてあげてもよくってよ?」
練習室に移動するや否や、ライムはポケットから金属製のロッドを取り出してすぐに戦闘態勢に入った。
『ほお…あのライムって子、相当腕に自信があるみたいだね!ロイワさん、此処は手加減無しで勝負しないと相手に失礼ってもんだよ!!』
(そうなのかなぁ…)
『ほらほら、ロイワさん!学生鞄から武器出して!』
(うーん…流石にこの鞄の中に入っている武器は使いたくないなぁ…)
『えっ、何で?』
(この鞄の中に入っている武器は全部改造済みだからだよ。特にこの剣には空間呪文…よくテレポートや空間拡大の魔法で使われるやつ、その呪文をこの剣の刃の部分だけに書き込んだんだよ。本当は遠くの敵に近寄らずに攻撃できるやつを作りたかったんだけど…)
『だけど?』
(遠くに攻撃できるやつは出来なかったけど、何でも切れる剣が出来た。多分物体を空間ごと切断しているんだと思うんだけど…どんなに硬い物も、強力な魔法もこの剣なら真っ二つに出来るよ)
『それいいじゃん!採用!!』
(駄目だよ!!相手が武器ごと切られて大変な事になるよ!?他の武器も危ないやつばかりだし…)
『じゃあ素手で攻撃するの?』
(一応グーパンチならできるけど…ダンデが1週間し続けたやつ…)
「あら、今更怖気付いたのかしら?今なら謝れば許してあげてもよくってよ?」
『ほら、ライムが待ってるよ〜早く〜!』
「はい、今行きます!」
(もう…どうにでもなれーっ!!)
私は握り拳を作り、ライム目掛けて全力で走り出した。
ぼよん!ゴロゴロゴロゴロ……
「おわっ!?何!?」
ライムに向かって走り出した瞬間、私の足元に謎の赤い物体が転がり込んで来た。危ない…私の反射神経が良くなければそのまま踏んでしまう所だった。
私の足元に転がっているまん丸の謎物体からにょきにょきと小さな突起が4つ生え、2つの小さな突起を使ってすっくと立ち上がると、クルリと半回転して円らな瞳のある可愛らしい顔を此方に向けてきた。
どうやらこの物体の正体は赤色のスライム人のようだ。
『あっ、ロイワさん。こんな所にいらしたんですね』
赤スライム人は小さな手をバタバタと動かしながら、小さな足でちまちまと私に近付いて来た。
「あの…私に何の用ですか?」
『はい、そろそろ検定が始まる時間なので呼びに来たんです。えーっと…今、何をしていたのですか?』
「今は目の前に居るライムさんと勝負しようとしていたんですよ」
『えーっと…ライムさんはレベル5で…』
スライム人は小さな手でぽりぽりと頭をかきながら私とライムを交互に見比べた。
『あの、申し訳ございませんが…実は、魔法使いレベルの差が4以下の相手とは勝負が出来ないんです。危ない上に差があり過ぎて勝負にならないので…例え双方の同意があったとしてもです』
「そうなの!?」
今の私はまだレベルが無いから勝負が出来ないんだ…残念。
『ですので…ライムさん、レベルの差が4以上ある相手とは勝負が出来ません。例え双方の同意があったとしてもです』
スライム人は半回転してライムがいる方角に向き直ると、先程と同じ説明をしてライムを注意した。すると…
「「あははははは!」」
「うふふふふ…」
注意された瞬間、ライムとその取り巻き達は急に肩を揺らして笑い出した。
「今の聞きました?私と貴方ではレベルの差があり過ぎて勝負出来ないんですって!」
聞きました?とか言われましても…そもそも勝負しようって言ってきたのはそっちでしょ…
「私達は忙しいからこれで失礼しますわ。御機嫌よう」
ライムは私に一言告げると、取り巻きを連れてあっという間に練習室から退場していった。
はぁ…出来ればライムとは2度と会いたくない…
『うーん…ライムさん、魔法使いのレベルが5であるのなら既に偉い人からレベル差についてのお話を聞いている筈なのに…ちゃんと勉強したのかなぁ…』
スライム人はぶつぶつと呟きながら私に向き直った。
『ロイワさん、体を動かすのもいいですが、そろそろ時間になりそうなので元のお部屋にお戻りください。お部屋にはお菓子は勿論、アイスキャンデーも各種取り揃えております。もし食べ切れないのであれば、僕も手伝います。それでは』
一通り説明を終えると、スライム人は部屋の隅にある透明なパイプに潜り込み、何処かへと去ってしまった。
「そろそろ時間かぁ…」
『そっかぁ…それじゃああたしはそろそろ退散するよ!またまたロイワさんの真剣勝負は見れなかったけど、中々楽しかったよ!検定頑張ってね!じゃあね!!』
私の肩に乗っていたスザクさんは、お別れの挨拶と共にポン!と煙のように消えてしまった。
「…なんだか色々と騒がしかったなぁ…」
私は誰も居なくなった練習室を一通り見回した後、ゆっくりと準備室に戻ったのだった。
◯
此処は試験会場内にある視聴覚室。
試験会場に向かう受験者が映し出された大きな水晶を、2人の試験官が静かに見つめている。
1人は厳つい顔をしたオークの男性、もう1人は眼鏡を掛けた優しそうな翼人の男性だ。
「いよいよ試験が始まるようだな」
「はい、皆さんのやる気が水晶越しに伝わってきますね」
2人は真剣な表情で、水晶に映る受験者の1人1人を見つめている。
「……この水晶はどうやって視点を切り替えるんだ? 」
「あっ、よく分からないまま無理に水晶を動かそうとしないで下さい。下手に触ると故障の原因に繋がりますので…」
「そうか……では、操作は全てバードさんに任せるとしよう」
「そうして下さい…あの、翼が水晶に触れそうになってますよ。翼を畳んで少し後ろに下がって下さい」
「分かった…」
バァン!!
「大変だ!!」
突然、視聴覚室の扉が乱暴に開いて1人の若い蜥蜴人が転がり込んで来た。
「おや?どうしましたか?もしかして試験にトラブルでも?」
オークの男性は転がって来た蜥蜴人に駆け寄り、そっと手を差し伸べながら要件を尋ねた。
「違う!だが大変な事が起こった!!もう面接が始まる時間なのに面接室に誰も居ないんだ!!」
「えっ?」
「面接って…既にレベル10が確定している人が受けると言う…あの面接だよな…確か試験前に1人、レベル10が決まったそうだな」
翼人の男性受験者が映る水晶を見つめたまま蜥蜴人との会話に混ざった。
「そうだ!今年は豊富な呪文の知識を持つ上に3名の大精霊様から加護を受けた凄い人が来ていたらしくて…上での話し合いの末、満場一致でレベル10が決まったんだ!なのに時間が来ても面接室に誰も来ないんだよ!!」
蜥蜴人は差し出されたオークの手を使わずに素早く立ち上がり、2人を交互に見回しながら説明を続けている。
「それは変だな…事前に案内人に特定の魔族を面接室に通すよう話を通した筈なのに…」
「……あの、会場内を案内した人って確か…バイトでしたよね?」
「ああ、あの鳥人の男性のハイって奴は確かバイトで雇った奴だったな……まさか、バイトのミスか!?」
「その可能性が高いですね…」
「はぁ!?何でこんな大切な試験にバイトなんか雇ったんだよ!?」
蜥蜴人は既にこの会場から立ち去った鳥人に対して腹を立て、その場で力強い地団駄を踏んだ。
「デリケートな機材が置かれている部屋で暴れるのはやめなさい!!多額の借金を背負う羽目になっても知りませんよ!!」
「すいませんでした…」
オークの怒気を孕んだ恐ろしい表情と必死の説得により、先程までうるさかった蜥蜴人はようやく大人しくなった。
「大変ですバードさん!」
再び視聴覚室のドアが乱暴に開き、綺麗な角が生えた悪魔の女性が中に入って来た。
「おや、貴方は医療担当のサリーさん。今度は何があったのですか?」
「実は…受験者の1人が突然体調不良を起こして倒れてしまったんです!」
「何っ!?」
「何だ…ただの体調不良か…そんなものでわざわざ騒ぎ立てるな」
「テメェみてぇなトリ頭とは話してねぇんだよボケが!!2度とその口を開くな!!…バードさん、この体調不良を起こした受験者…ライムさんを詳しく調べた結果…とある呪いにより身体中の金属が極端に少なくなっている事が判明しました」
「呪い…ですか…」
「はい、この呪いを詳しく分析した結果…鉱石の大精霊ロイヤル様による『呪い』だと判明しました…この呪いに掛かると、あらゆる鉱石類に嫌われる体質になってしまうそうです。金属に触れなくなったり、この受験者のように身体中の金属が消えてしまったり…」
「大精霊ロイヤル様…何故今になってロイヤル様の呪いに掛かってしまったんだ?この呪いは大精霊様が直接掛けなければ掛からないものの筈ですよね?」
「まさか本人がこの会場に…?」
「来ている可能性があります。後、こちらをご覧ください…」
サリーは肩掛けバッグの蓋を開けると、肩からバッグを外して床に直接置いた。
ズルリ…
「なっ…!?」
なんと、バッグの中から金属製のロッドの形をした大きな蛇が現れたのだ。ズルズルと床を這って、バード達の前でピタリと足を止めた。
「このロッドは元々、ライムさんの武器だったようです」
「武器に命が…?」
『そうだ、大精霊ロイワ様は我に命と新たな力を与えてくれた。だが、あの小娘…ライムと言う小娘は大精霊ロイワ様を虐めた!だから大精霊様の呪いに掛かったのだ。これは小娘の自業自得だ!』
金属製の蛇はバード達に向かって大声で怒鳴った後、突然蛇の身体が液状に変わり、ズルズルと床を這うように移動してドアの隙間から去ってしまった。
「間違い無い…この試験会場に大精霊ロイヤル様が入り込んでいるぞ!!急いで試験を中止にするんだ!!」




