40話 学校の寮
「よしっ!まだ先生は居ないようだな!!」
私達は全力で食堂まで移動した。どうやら先生方はまだ食堂に帰って来ていないようだ。
「生徒諸君、静かに。先生からのお知らせだ」
私達が食堂に戻った瞬間、辺りを漂う真っ白な雲の向こうからヘル先生が現れた。
危ない…少しでも帰るのが遅れていたら先生にバレてる所だったよ…
「これより自由時間に入る。食堂を離れて各自自由に過ごしても大丈夫だ。色々と分からない事があったら近くに居る先生に質問するように。夜2時に再び食堂に集合だ、以上だ」
ヘル先生は一通り話を終えると、私達に背を向けて歩き出し、再び分厚い雲の向こう側へと消えてしまった。
「うわぁ、数秒遅れてたら危なかったな……ロイワ、今回はお前の勝ちだ!だがな…次勝負する時は絶対に俺が勝つからな!」
「私も負けるつもりは無いよ!でも、次戦う時は事前に相手の用事を確認してからにしてね!もし次回も今回と同じ真似したら罰として人工精霊の実験材料にするからね!」
「よし、分かった!」
「分かったなら戦う順番飛ばされたカターにも一言謝ってね!」
「カター、さっきは順番飛ばして悪かった!」
「分かればいいんだよ。リオ、もしまた迷惑掛けるような真似したらアタシん家で飼ってるキメラの餌にするからね」
「ああ!約束だ!じゃあな!」
リオは満面の笑顔で頷くと、私達に手を振りながら食堂から走り去った。
「ロイワ、カター、先程どさくさに紛れてとんでもない約束しませんでした?」
そもそもあんな約束に対してあっさりOK出すリオも問題だと思う。
「気のせいだよユリ。2人共、さっさとご飯食べて寮に行くよ!」
「うん、分かった!」
食堂で豪華な料理を堪能した後、私達は学校の廊下にあった『寮』の看板が掲げられたゲートに入った。
両壁が扉だらけの長い廊下を歩き続けた末、漸くカターの部屋を発見した。
「これ、鍵とかいるのかな?」
カターが疑問を口に出しながら銀色のドアノブをぐっと掴んだ瞬間
ガチャ
謎の音と共に目の前の扉が少し動いた。
「あっ、開いてる…」
カターは呆然としながらも、ドアノブを回してゆっくりと扉を開けた。
「凄い…」
「これが1人分の部屋ですか…」
「めちゃくちゃ広い…」
扉の向こう側にあった部屋は、1人どころか大家族が普通に暮らせそうな程に広くて綺麗だった。
机やベッドは勿論、ソファーに大きなテレボやキッチンまで付いている。部屋の奥に見える大きなガラス扉からは自然光が入り込んでいるのが見えた。
「あっ、庭だ!」
カターは駆け足で部屋に入り、急いでガラス扉を開けて外に飛び出した。
「ユリ、ロイワ、来てみなよ!凄いよ!」
カターに呼ばれ、私とユリコも急いで部屋に入り、カターの後を追いかけて庭まで移動した。
「此処、雲の上だったよね…」
「はい、ですが…森が見えますね…」
私達の目の前には芝生の生えた広い庭があった。周りは木々に囲まれており、偶に何処からともなく虫の声が聞こえて来る。時折吹く心地よい風が私達の間を通り抜けた。
「こんな大自然、久しぶりだよ!!」
カターはいつの間にか近くに生えている大木のてっぺんまでよじ登り、木から別の木へと飛んで移動していた。
「身軽だねぇ…」
「あっ、そうだ!本来の目的を忘れる所だった!ロイワ、勝負しよ!武器は持ってる?」
カターは木のてっぺんから飛び降りて見事な着地を決めると、私達の元まで急いで駆け寄って来た。
「うん!護身用の木刀持ってるよ!」
私は急いでズボンのポケットから木刀を取り出した。
「いいね!じゃあバトルを始めようか!」
カターはポケットから長い棒を取り出した。
数分後……
「ギャーーー!?!?」
私はカターに弾き飛ばされ、木刀を持ったまま思い切り背中から落ちた。
カターに負けた…5分以内で負けた…
さっきリオと戦った際にだいぶ魔力使っちゃったからなぁ…もし魔力満タンの状態だったらカターどころか魔王軍相手でも楽に戦えたのに…
「カター強いね…」
「いや、ロイワも強いよ。倒すのに時間が掛かったし。ねえ、その剣の技は何処で教えてもらったの?」
「お父さんの知り合いに軍の人が居てね、その人に教えてもらったんだよ」
「成る程…道理で強い訳だよ。はい」
「いや、カターも十分強いよ…あ、ありがとう」
私はカターに差し出された手を握り、カターに引っ張ってもらいながらようやく立ち上がった。
「ロイワは中々腕が良いようですね、賭けに負けてしまいました」
木の影で私達の試合を観戦していたユリコが立ち上がり、私達の元までゆっくり歩いて来た。
えっ…?ユリコ、私に内緒で賭け事してたの?
「……因みにユリコはどっちに賭けたの?」
「2時間争った末に私が勝つ方に賭けました」
長過ぎるよ…何で観戦者のユリコも賭けの対象に入ってるの?
「ユリは1回の賭けで大儲けしたい派だから、よく大穴を狙うんだよ」
いや、賭けるならもう少しマシなのがあったでしょ…
「賭けは私の負けです。ジュース3本買ってきます」
「大丈夫だよユリ。ねえ、折角だから今から皆んなで休憩室に行かない?」
「行く!!」
「分かりました。ではみんなで行きましょうか」
私達は身体中に付いた埃をある程度払うと、カターの部屋から出て休憩室に向かってゆっくりと歩き出した。
「これまた随分と立派な場所だね」
長い廊下の突き当たりにあったドアを開けると、物凄く広い部屋があった。ファミリーレストランのような内装で、料理を作れる広い厨房やドリンクバーまであった。
どうやら今は、私達以外に人は居ないようだ。
私達はドリンクバーで適当にジュースを取ると、休憩室の中で1番広いテーブルに陣取った。
「確か朝食を食べる時は此処で食べるんだったよね」
「そうです、簡単な朝食を提供してくれるそうです」
涼しい休憩室でジュースを飲みながら無駄話をして過ごす私達。ただ話をしているだけなのに物凄く楽しい。
「あっ、そう言えばさ…さっきリオと戦った時、ジャックの情報を書き換えたって言ってたけど…あれ直さなくても大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、後で精霊石が勝手に直してくれるから!」
「そっか、それならいいや」
「それにしても…あのリオって人、物凄く怒っていた割にはあっさり負けを認めましたよね…」
「ああ、そう言えば…あれ何だったんだろうね…」
「あんなに圧倒的な差を見せ付けられたら、どんな乱暴な奴でも大人しくなるさ。それにしても、ロイワって凄いよね。まさかあの短時間で精霊の情報を書き換えるなんてさ」
「いやぁ、それ程でも…」
精霊の情報を書き換える技って結構便利なんだよね、自分の精霊の情報を書き換えて強化も出来るし。
「ロイワ、その情報を書き換える技を近くで見せてもらえませんか?」
「えっ?今?」
「うん、アタシも見てみたい!試しに何かやってみてよ!」
ユリコだけでなくカターまで乗り気だ。
「分かった!ちょっと待っててね…」
私はポケットから黒い筒を取り出し、蓋を開けて中に入っている丸まった紙を取り出した。
「今は呪文本が無いから簡単なやつしか出来ないけど…」
私は丸まった紙を頑張って戻しながらドリンクバーの装置の近くに移動した。カターとユリコも私の後を少し遅れて付いて来た。
「ロイワ、その紙は何?」
「これは情報紙って言ってね、道具に付いている呪文を文字で見せてくれる道具なんだよ」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
私はカターの質問に答えながら指先で紙の上を軽くなぞるが、紙には何の反応も出ない。
「うーん…やっぱり普通には見せてくれないよね…そんな時には…」
私は片手で情報紙を持ち、もう片方の手をズボンのポケットに突っ込んでゴーレムのカードを精霊石に差し込むと、私の足元にゴーくんがポンと現れた。
「あっ、ロイワのゴーレムだ」
「ゴウクンですね」
「ゴーくん!この情報紙とドリンクバーの装置に触って!」
私が命令をすると、ゴーくんは腕力のみでドリンクバーの台にひょいとよじ登り、ドリンクバーの装置の頭と私が持つ情報紙にそっと触れた。
「ゴウクンは今、何をしているのですか…?」
「今ゴーくんはドリンクバーの情報を情報紙に送り込む手伝いをしてくれているん…よし、光った!」
情報紙の表面が徐々に輝き出し、次々とドリンクバーの装置に含まれている呪文が表示されていく。
「よしよし…履歴までしっかりと表示されているね。じゃあ早速操作してみるね」
私はドリンクバーの装置に紙コップを設置すると、情報紙の操作を始めた。
「えーと、この世で1番飲まれている飲み物はぶどうサイダーだから…これは多分1番多い4が『ぶどう』で二重丸が炭酸…つまり数字は右から123で……」
私はドリンクバーの履歴に記されている記号から、どの記号がどのジュースを表しているのかを考えた。
「ロイワが何か言ってる…」
「何の話をしているのかさっぱり分かりませんね…」
「…よし、分かった!ねえ、試しに好きな飲み物の名前言ってみて!」
「分かった、それじゃあ…ミックスサイダー」
「ミックスサイダーだね!6の二重丸…っと」
カターのリクエストであるミックスサイダーの記号を紙の上に指で書くと…
ドポポポポポ……
「あっ!ボタン押してないのにジュースが出てきた!」
「しかも…ミックスサイダーが出ているようですね、凄いです…」
装置が止まり、紙コップを取り出してみると、紙コップの中にはカターのリクエスト通り、ミックスサイダーが入っていた。
「凄いねロイワ!その特技凄くカッコいいよ!」
「できる大人って感じがしますね」
「カターとユリコにそう言って貰えると嬉しいよ!ありがとう!……何コレ?」
「ん?ロイワ、どうしたの?」
「いや、このドリンクバーの履歴を遡ってみたらさ、『炭酸コーヒー』ってやつが出てきてさ…」
「炭酸コーヒー…ですか?聞いた事が無い組み合わせですね…」
「確か炭酸に合わない組み合わせは出来ないんじゃなかった?」
「本来なら出来ない組み合わせが…何だか不気味ですね…」
炭酸コーヒー…物凄く気になる…
「多分さっきみたいに情報紙で『炭酸コーヒー』って直接指示を出せば…よし!」
私が情報紙で炭酸コーヒーが出るように指示を出した瞬間
フッ……
先程まで明るかった筈の休憩室が急に暗くなった。
窓の外は真っ暗過ぎて何も見えないし、休憩室に点いていた明かりは頼りない小さな光に変わってしまい、今にも消えてしまいそうだ。
こ、これは…まさかホラー!?悪霊怒りに触れて結界の中に閉じ込められてしまった的なヤツ!?やだ!私ホラーゲームやった事あるけど怖すぎるから超苦手なんだよ!!
駄目だ…魔力不足で弱っている所為なのか普段より怖がりになってるかもしれない…
「な、何コレ……」
「不気味です…」
あっ、カターとユリコもこっちの世界に来てる!
しまった…!私の好奇心に2人を巻き込んでしまったんだ…
ごめん…私の所為で…
『ようこそ、裏世界へ』
「ギャーーー!?!?」
「ロイワ、大丈夫!?」
突然無機質な声が部屋に響き渡り、私は思わず叫びながら尻餅をついてしまった。
『今回は、どのような御用件でしょうか』
私達から少し離れた場所に、謎の女の子が立っている…
黒髪のツインテールに可愛い黒のワンピース…物凄く可愛い子なんだろうけど、今は可愛いと思える余裕が無い…
「うわっ、誰!?」
「どうやら人…のようですね…あの、貴方は誰ですか?」
『私の名前はナビ、この裏世界を案内する為にリュユ様により作られた存在です』




