35話 自己紹介と…
「私は狼人のヘル、元軍人だ。基本は魔法の実技の方を担当する」
魔法の実技担当かぁ…え!?ヘル魔王軍辞めてたの!?
ってか元軍人だって事、生徒の前で堂々と言っちゃって大丈夫なの…?
「軍人…?」
「まじかよ…」
「本当に……?」
ヘル先生の周りに集まっていた生徒の大多数は、ヘル先生の自己紹介に対して驚き戸惑っていた。まあ当たり前だよね…
「まあ、本当は元軍人である事は言わないつもりだったんだがな…去年上級生にバレてしまってな…まあ、いずれ噂でバレる位なら先に言ってしまった方がマシだと思ったんだ」
それは噂のままの方が良かったのでは…?
「私の自己紹介は以上だ。次は生徒諸君に自己紹介してもらう。名前を呼ばれたら…そうだな、自分の種族と名前、将来の夢を教えてくれ。それじゃあまずは……アドルフ」
「はい、私は鉱石人の…」
こうして、教室内に変な空気が流れたまま生徒の自己紹介が始まった。
誰もふざける事無く淡々と自己紹介が続き、何事も無く終わった。
シーン……
し、静かだ…物理的にも空気的にも…
いや、この学校に入学出来た子達は皆頭良い子だから大人しく待てるのだろう…多分。
「……」
ヘル先生はじっと生徒達を見つめたまま一切口を開かないし…ヘル先生、今は何を考えているんだろう…
そんな時には私が作った秘密兵器を使うしか無い!その名も…
テレパシーカード!
このカードを精霊石にセットしたまま相手の姿を視界に捉えるだけで、魔力をほぼ使わず簡単に相手の思考を読み取る事が出来るのだ!
これは精霊石に搭載されている精霊と人間の知識を共有する機能を利用したものなんだけど…とりあえず装置の詳しい説明よりもヘル先生が何考えてるのかを調べなくては。
私はポケットに入れている四角い形の精霊石(ロイヤルタウンで売られている精霊石はみんな四角い形でデザインが凝っている)にテレパシーカードを差し込み、目の前に居るヘル先生の方を向いた。
『やけに静かだな…』
誰の所為だと思ってるんですか先生
『5、4、3……』
ゴーン…ゴーン…
『ようやく授業が終わったのを知らせる鐘が鳴ったか』
ヘル先生まさか鐘が鳴るのを待ってたんですか?
「時間だ。それではこれから20分の休憩に入る。教室から出なければある程度自由にして良い。では」
そう言うとヘル先生はあっという間に教室から去って行った。
ヘル先生が去った後、暫くの間教室内は静まり返っていたが、生徒達の間で少しずつ会話が始まり、やがて教室内は生徒の話し声で随分と賑やかになった。
さて、用が済んだ事だしテレパシーカードを精霊石から抜き取らないと…そう思い、目を瞑りながらポケットに手を伸ばしていると…
『よっしゃ!同じクラスに入れるとかマジ最高!私ってば超ラッキーじゃん!?』
…?
今変な声が聞こえたような…まあいいか。
私がテレパシーカードを精霊石から抜き取った瞬間、私の隣に居たダークエルフに声を掛けられた。
「随分と凄い先生が担任になったね…元軍人だってさ」
長くてウェーブがかかった黒髪をハーフアップにした、全体的に優しそうな見た目をした中性的(恐らく男)な人物だ。中々ステキなデザインのメガネを掛けている。
「うん、元軍人って聞くと萎縮しちゃうよね…君って確かダークエルフのルーサ…だっけ?」
確かさっきの自己紹介の際ルーサは、将来の夢は心理学者って言ってたね。凄い夢だなぁ…
「そうだよ。君は吸血族のロイワだよね、宜しく」
「宜しく!」
物凄くまともな子のようだ。この人とはいい友達になれそうな気がするよ。
「それにしても…僕、吸血族をこの目で初めて見たよ。写真通り髪が真っ赤なんだね」
「えっ?吸血族ってそんなに珍しいの?」
「うん、国に種族として認められる程には増えたけれど、まだ数はそんなに多くないからね」
「へぇ〜!そう言えば私、街中で吸血族らしき人を全く見かけた事無いかも!」
吸血族の話題でルーサと会話をしていたら…
「ねえ、アンタ吸血族って言うの?鉱山エルフじゃ無いの?」
突然、後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには背の高い猿人の女性、カターが立っていた。
ベリーショートの橙色の髪、程よい筋肉で引き締まった強そうな体を持つ、中々負けん気の強そうな子だ。
自己紹介の時、将来の夢は世界チャンピオンだと豪語していた所からして、カターは相当腕に自信があるのだろう。
「えっ?鉱山エルフ?」
「そう。周りのみんなはそう呼んでるよ?」
何で鉱山のエルフなの?
「髪は金属のように硬いし、耳はエルフ程じゃないけど尖っているから、鉱山に住むエルフ、つまり鉱山エルフって呼ばれてるらしいよ。
あと山エルフとか、髪の色から赤エルフとも呼ばれているね。本来は吸血族として登録されているんだけど、みんなは基本鉱山エルフって呼んでるんだよ」
鉱山エルフについてルーサが詳しい説明をしてくれた。
「へぇ〜、知らなかった…ルーサって物知りだね!」
心理の勉強だけじゃ無くて種族にも詳しいなんて、ルーサは中々頭がいいみたいだね。
「心理学の勉強に種族の話もあるからね。種族ならある程度知ってるから、これくらいなら説明出来るよ」
「凄いなぁ…あっ、そうだ。カター、初めまして!私はロイワだよ、宜しく!」
私は軽く声を掛けてくれたカターにも軽く挨拶をした。
「宜しく。父さんの知り合いにロイワさんって人が居たからさ、何となく気になって声を掛けたんだよ」
お父さんの知り合いにロイワ…世界チャンピオンを目指すカター…まさかカターのお父さんってカガだったりする…?いや、まさかね…
「ねえロイワ、アンタ剣術の類いやってるでしょ?」
「えっ、何で分かったの!?」
前にセンチやセンチの友人、セレセルさんが色々と教えてくれたから、少しは剣を扱えるけども…カター、よく私が剣術習ってた事分かったね。
「見れば何となく分かるよ。ねえ、今度手合わせしてくれない?同い年と戦うなんて事滅多に無いからさ」
「いいよ!お互いに空いた日にやろうよ!」
「よっしゃ!そうこなくっちゃ!」
さっきまでずっと冷静に会話をしていたカターだったが、私と手合わせの約束をしたカターは、年相応に喜びはしゃいでいるように見えた。
「じゃあいつの日に…
ゴーン…ゴーン…
どうやらもう20分経ったらしい。
鐘の音と共に教室の扉が開き、ヘル先生が室内に入って来た。
「皆、席につけ。授業を始める」
シーン…
「先生、室内に席が見当たらないのですが…」
「あっ、間違えた…今日は授業は無かったんだったな…
確か今から始まるのは…そうだ、これより学校の中を生徒達に案内する。1列に並んで私の後について来なさい」
こうして、ヘル先生による学校案内が始まったのだった。
ヘル先生大丈夫かなぁ…




