嫌がらせをされたっぽい
お久しぶりです。やっと更新です。
小休止までの部分も少しずつ変更してあるので、そちらもぜひご覧ください。
今日も憂鬱な授業が始まる。
俺は校内で一緒に過ごす数少ない友達二人と、次の演習で必要なものを取るためにロッカーに向かった。
今日は入学時に買わされた、作業着風の服を着ていかないといけない。
やることは、ロッカーの扉を開けて作業着を取るだけだったはずなのだが__
反射的に扉の裏に隠れる。
直後、ロッカーからまっすぐ飛び出してきた何かが向かいのロッカーに当たり、がしゃぁぁん、と大きな音をたてた。ほぼ同時に、誰かが逃げたらしくどたばたと音が聞こえた。足音からして何人かいるな。
一緒にいる友達は二人とも完全に固まっている。
俺はこの手の嫌がらせは初めてではないので、大きなため息をついただけ。仕掛けた奴を追いかける気力はなかったけれど。音からして完全に逃げ終わっただろうし。
「今回はしょぼかったな」とかぼんやり考えていると、いつのまに復活していた友達の片方が俺の肩をつかんで揺さぶってきた。
「大丈夫か!? 怪我とかないか!?」
「ないない、かすってもない。 悟、お前大げさすぎ」
しまいには病院行くぞ、とかいい始めた。どうもしばらく放してくれそうにないので、首だけ動かして状況を確認する。
床には5cmくらいの小石。形からして川原のものかな、とどうでもいい見当をつける。ロッカーから飛び出してきたのはこれだろう。逃げてったやつが投げたと見てほぼ間違いないはずだ。
向かいのロッカーは損傷なし。キズくらいはついただろうけど、もともと古いのでそんなに目立たない。
で、俺のロッカーはというと___
「翔弥、お前のロッカー前からこんな?」
ロッカーを検分していたもう一人に聞かれ、全力で首を横に振る。
確かに普段ロッカーなどしっかり見ていないとはいえ……
「さすがに裏のロッカーと貫通してたら誰でも気づくだろ」
そう。
俺のロッカーと裏のロッカーとの間の壁が抜かれ、向こう側がはっきり見えていた。
もう一列遠くのロッカーが見えているから、裏のロッカーの扉も開いているか外してあるだろうと思われる。まだ俺をつかんでいた悟を振り払い、試しに手を突っ込んで確認すると、扉は外されていることがわかった。
それにしても、幼稚園のころから高校に至るまで色々な嫌がらせを受けてきたが、ここまで妙なのは初めてだ。内容がしょぼい割りに手間かけてある。裏の板抜くなんて、仕掛け仕込むよりも面倒なんじゃないか?
「大丈夫か翔弥? こういうイジメは標的にされるとしつこいから……」
「……知ってる」
俺を押し退けてロッカーを調べ始めたもう一人の友達、あーちゃん(天彦)が心配そうに聞いてくれる。気持ちはうれしいけど慣れてますから俺。
こういう人が柚木以外に何人かいる、というだけでもこの学校はそこそこ過ごしやすい。通っているのがこの学校でよかったと初めて思えた。
にしてもやけにきれいに抜かれてるな。まるで最初から何もなかったみたいな……
超科学力使って壁消したとか?
いや、消したは正確じゃないな。「分解した」の方が正しい。
じゃなきゃこんなに美しく金属なんか切れない。切った断面つるっつるだもんな。特殊な機械持ち込んでたら話は別だけど、能力者は総じて機械嫌いだし。この学校に限って言えば機械持ち込んだ可能性はほぼ無視できるだろう。
しかし、地元だとこんなことできる人間は限られてたが、この学校だとこの程度のことができる能力者はかなりの人数存在する。そこまでヒントにはなってくれなさそうだ。
そういえば悟は、と目を戻すと、俺が振り払ったときのままの状態であーちゃんとわあわあ騒いでいた。
「あーちゃん、こういうときってどこに報告すればいい?」
「俺も知らないよそんなの!」
「……まずは備品扱ってるところ。 とりあえず教務課かな」
「いやそうじゃなくて!」
「……翔弥お前初めて嫌がらせされて何でそんな冷静なわけ!?」
すごい剣幕で二人から怒られた。
でも俺からしたら、むしろお前らが慌てすぎ。
というか、
「俺、こういうの初めてじゃないけど? 知ってるだろ二人とも」
「えっ!? 何言ってるの今までなかったじゃん!」
妙に驚かれてしまった。おかしいな、これ本当に知らない人間の反応だぞ。
今まで散々やられてただろ俺、と口に出しかけて気がついた。
「……そういえば、この学校来てからは初めてか」
からはってどういうことだよ詳しく聞かせろ! と騒ぐ二人を横目に、俺の気持ちは至って穏やかだった。ここでは初めてでも小中高校ではいつものことだったからな。何度も言うけど慣れてるし。怪我しない程度の回避スキルは身に付いてるから今回も無キズ。犯人をたどるにしてもヒントは「多分俺のことが嫌いなやつ」くらいしかないので難しいし。これ以上今やれることはないだろ。
にしてもよくこんなきれいに抜いたなどうやったんだ、と、とても風通しのよくなったロッカーの奥をのんきに眺めていた。が、ふっと腕時計を見て一瞬思考が停止した。
今、授業開始10分前だ。
急いで教室までの所要時間を計算する。よし、走れば間に合うな。でも色々説明している暇はない。
「これはもういいよ。報告も後だな。さっさと授業行こうぜ、遅れる」
「「えーー!」」
往生際が悪い! と一喝すると「当事者なのにあっさりしすぎ!」と俺がまた怒られた。なんでだ。
ぎゃいぎゃい言っている二人を無視して作業着を手に取る。助かった、見たところイタズラはされていないようだ。
ほっと息をつき、かばんに突っ込む。
これで授業に遅れたら、それこそ首謀者の思うつぼだ(誰だか知らないが)。
俺はまだ騒いでいる二人を置いて、授業場所へと急いだ。
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授業にはギリギリ間に合った。
騒いでいた悟とあーちゃんも何とか間に合った。
出席を取られて返事をしたときに忌々しそうな顔をしていた人は、多すぎて首謀者を絞るヒントにはならなかった。
にしても、あんなことがあった上に朝から超科の授業とは本当についてない。
今日の内容は……
「掃除だ」
ああなるほど、それで作業着か。
俺は深く納得したが、なんだか空気がおかしいので周りを見回すと、
学生がほぼ全員、ぽかんと口を半開きにして固まっていた。
道理で空気がおかしかったわけだ。いつも通り超科学力使って遊べる! と思ってたところに「掃除」じゃあ、みんな物足りないんだろう。「えー!」と声をあげなかっただけ上出来だな。
俺は面倒な超科学実技やらずにすんでうれしいけどな。少数派、どころか俺しかそんなこと考えないのは重々わかってる。
さてと。
不満そうな顔をしながらも、学生たちは一応静かに教授の説明を聞いている。
今日の授業は職業体験に近い。
超科学能力者は、この学校を卒業すると基本的に超科学管理局に入る。
入ってすぐの業務は主に清掃。
非能力者の人手が足りなくて、しかも能力者の方が効率よく進められるから、らしい。
で、今日は生徒全員でその業務に参加させてもらうようだ。
ただし。
「協力してくださるのは、いつも校内をきれいにしてくださっている中沢ビル清掃の皆さんだ」
その言葉を聞いた瞬間に小さく悲鳴をあげた不届きものには、鬼教授の制裁が下った。この情報だけで内容を予測できたのはほめてやりたいが、ここで悲鳴をあげるのは悪手だな。最悪と言ってもいいレベル。
超科の教授は「鬼」として有名で、校内の絶対に怒らせてはいけない人ナンバーワンと恐れられている。それを忘れてあのタイミングで悲鳴をあげるのは「殺してください」と言っているようなものだ。
中沢ビル清掃、略して中ビル。
この校内は、「中ビルのおばちゃん」と呼ばれる職員の皆さんが掃除してくださっているので、いつでもピカピカだ。
で、この中ビルのおばちゃんたち。
全員非能力者だ。
そう。この中ビル、今では数少ない非能力者が運営する清掃会社だ。専業主婦のおばさまたちのパート先としても利用されていて、超科学力に頼らない古きよき掃除を徹底して行っている。
つまり。
「今日は清掃業務の入門編ということで、能力の使用は一切禁止だ」
……ブーイングが巻き起こるのを覚悟して耳をふさいでおいたが、その心配はなかったようだ。鬼教授つよい。
教授は淡々と班割りと担当場所を発表していく。
普通の実習ならこの班割りで悲喜こもごもあるわけだが……
基本全員テンションが低いので特に声は上がらない。
俺の担当は…… ああ、演習場か。へえ、中ビルのおばちゃん、あんなところも掃除してたのか。
班員は…… あ、柚木がいる。ってことはこれ番号順か。他に仲良くしてるやつはいなさそうだ。
まるでお通夜のような空気の中。
俺としては大歓迎、周りの人には超迷惑な内容の授業(実習)が始まる。