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富山 高岡 安奈と逢う  作者: 城☆陽人
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富山 高岡 安奈と逢う

京都駅で近鉄を降りた改札口の右側にある物産館で、普段通り551の豚まんを買う。本当なら焼売の方が小さな杏奈の口には合うのだろうが、杏奈は豚まんと言って聞かない。一人で食べ切れないのがいい事に、健次君と半分こするのが実際の口実らしい。

カードで精算した時、後ろで小さな声がした。


「・・・さん?」


初老の男性の声だった。女性に向けられたようだった。


不意に女性が腕を組んで来た。驚いたが、女性が

「何も言わないで」と小声で囁いたので、普通を装える事が出来た。

サンダーバードに乗る手筈なのに、東海道新幹線ホームへ導かれた。切符はなかったのだが、彼女と一緒に並んで通ると異常は検知されなかった。


・・・そのまま、八条口の改札口から近くのホテルに向かった。

促されるままにチェックインする。自分の名前、山田義之の名の下に「朝顔」と、彼女は記した。不思議だ。今日は富山には辿り着けないのかも知れない。そう思った。

「あら、ブルガリの・・・AQUAね。男の人が付ける香水としては珍しいんじゃないかしら?」エレベーターの中、天から何かが降って来たかの如く見上げた後、「朝顔」と記した女性は言った。

「・・・おかしいですか。そうですね、おかしいと思います。自分でも初めて香水を使いました。ここの所忙しくて3日程風呂に入ってなかったもんで。誕生日の社員会で、女性店員全員からのプレゼントで頂いたので、てっきり男性用かと」

「おかしくはないですよ。貴方の様な殿方にはぴったり。きっと大企業の部長さんなのでしょうね」

「・・・いえ、鬱で会社は辞めました・・・同期で部長になった奴がいると、風の便りで聞いた気がします」

「お辛かったんでしょうね・・・人生の足跡が人の風格を作る。貴方、とても素敵だわ」唐突にキスをされた。丁度エレベーターが5階を通過する所。目的の階迄未だ時間がある。混濁した意識の中、次々と流れるデジタルの数字を眺めていた。


「本当なら、今は娘に会いに、サンダーバードに乗っている時間なんです。電話だけでもさせて頂いても宜しいでしょうか?」朝顔はベッドに座っていた。高岡に電話をした。杏奈が出た。珍しい。雅美は自分がかけてきた事に気付いたのだろうか。

「あれ?おとうさん?でんわばんごうがちがう」

「ごめんね、今日は行けないかも知れない」

「どうして?」

「大切な用事が出来たんだ」

「・・・あんなより?」

「ごめんね、明日には着くから」

「うん、まってる。でもあしたじゃないとだめだよ。5日はけんじくんとあうんだから。551のぶたまん、まっているから」

「もう買っているよ」

「じゃあ、あしたね」受話器が下りる音がした。


・・・


「ごめんなさい。もう30分だけ待って。ある殿方がわたくしに気付いたので」

「あの・・・芸能人か何かですか?自分はそういうのにとんと無頓着なもので」

「そう、とも言えますし違うとも言えます。雑誌に記事になった事はあります。その時、『朝顔』と呼ばれていました。御存知無いかしら?」

思い浮かばない。

「そんな女性もこの世の中にはいる、って事」ウィンクを投げかけられた。右の肩の上を通り過ぎていった。


「・・・SEX、しないんですか?」

「貴方はSEXしたいの?杏奈、って言いましたっけ、さんに会うよりも?」

「いえ、こういう流れでならSEXを求められるとばかり・・・」

「そんな御盛んな年頃ではありませんのよ、わたくし」じっと見詰めて、

「何歳に見えます?」

「・・・40・・・いや、30代半ばかと・・・」40と言いかけて言い澱んだ。女性に本当の事を言ってはいけない。

「お上手ね。でも、やっぱり女性から聞かれても年齢の話をするのはタブーよ。軽く話題を変えるのが紳士」

「・・・紳士じゃありません。しがない肉体労働のアルバイトをしている、野暮な輩です」

「あら、わたくしにしてみれば、今まで会ったどんな殿方よりもよっぽど紳士。だって、殿方はホテルに同衾すると必ずSEXをすると思っていらっしゃるのに、貴方は違う」

「いえ、先程言いました通り、自分もそう思っていました」

「思うのと実際にSEXのとでは大違いだわ」


言われた通り30分。チェックアウトした。最後に名刺を貰った。「リラクゼーションサロン 英国屋 あさがお」とあった。


冷めた551の蓬莱の豚まんを買い直して、サンダーバードに1時間遅れで乗り込んだ。JR西日本の職員は、指定券の買換えを無料でサーヴィスしてくれた。


北陸新幹線の開通により、サンダーバードは金沢止まりとなっている。遅れを取り戻す為、普段は乗らない北陸新幹線に乗った。白銀の立山が輝いていた。


「あっ・・・」久し振りに会った雅美は、玄関を開けた瞬間扉を閉じた。

代わりに杏奈が扉を開けて

「あれ?おとうさん、今日はこないんじゃなかった?」と、きょとんとしていた。

551の豚まんを手渡すと、冷めた方を冷蔵庫に持って行った。明後日、健次君を会う時にレンジでちんするらしい。


まだ暖かい方の豚まんの袋を持って、何時もの動物園に向かう事とする。

バスの中で、杏奈が豚まんの箱を開けようとするのをとめた。


杏奈は動物園が好きだ。遊園地よりも。静かなのが好きらしい。

ライオンやキリンよりも、女の子なのに爬虫類が好きだ。じっとしているのを飽かずに一心に見詰めている。

自分は、向かい側のベンチに座っている。


「ねえ!おとうさん!イグアナがこっち見た!はなから水を吹き出したよ!」そして隣の陸ガメの檻に齧り付き、

「ねえ!おとうさん!カメが首をのばして、こっちにむかってきたよ!ぶたまん、たべるかな?」

「杏奈、それより自分が豚まんを食べなさい。京都で買ってから3時間経っている」


杏奈に対しては、極力『あんな』と呼ぶようにしている。娘ではなくなった、いや、元々娘でもなかったのかも知れないあんなとは、「杏奈」と自分が付けた名前だけが絆だと思えて。

「あ・ん・な」口ずさむ様に、スタッカートを奏でる様にゆっくりと杏奈を呼んだ。

「え~っ、もうすこしだけ」と言いながらとてとてと歩いて来て、ベンチの隣に座り、551の豚まんをほおばった。3口食べたらお腹が一杯になったらしく、自分に渡してきた。


・・・それって、間接キスっていうんだよ、とても大事な事なんだ・・・


反対側から食べ始めた。具が少し零れた。食べ終えると杏奈と間接キスした気がした。杏奈を食べた気がした。涙が溢れてきた。


「おとうさん、どうしたの?なみだがみづになってるよ?」

「あ、あぁ」鼻をかんだ。

「・・・あのね、人はね・・・嬉しい時にも、涙を流すものなんだよ・・・」声が詰まる。

「なにがうれしかったの?」

「・・・あんなにきょう会えたこと?」

「・・・杏奈が生まれて来て、くれた、事に、だよ・・・こんなに辛い、世界中が戦争を始めようとしている時代に、『あんな』として、私の娘として、こんな世の中で出会えた事にだよ」

「おとうさん!痛いっ!」

どうやら力一杯抱き締めていたらしい。でも杏奈は嬉しそうだった。


高岡駅でお別れ。でもこれは儀式。本当は一人で杏奈を帰らせる訳にはいかず、玄関で再度お別れをする。夕方6時過ぎ。動物園は閉演時間ギリギリ迄いた。杏奈が帰りたがらなかった。亀と挨拶を繰り返し、「バイバイ」をしていた。


バスで10分程だ。バスの待ち時間を考えると歩いても大して変わらない。

街灯がともり始めた道を、車に追い越されながら歩いていく。


杏奈はクリスマスイブに産まれた。だから「杏奈」にした。自分が好きな甲斐バンドの曲、『杏奈』に因んで。


♪杏奈 お前の愛の灯は未だ

 燃えているか

 杏奈 クリスマスキャンドルの灯は未だ

 燃えて いるか♫


口ずさみながら。


杏奈、愛していい。健次君でもいい。でも、きっとその愛の灯は灯し続ける様に・・・


明日は仕事は休みだ。何をして過ごそう。


杏奈のお疲れ様メールを観ながら、朝酒としけこもうか。


完)

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