表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

幼き頃の約束 前編

 窓際の椅子に腰かけ、眺める先にあるのはいつもと変わらない庭の風景。

 地には綺麗に整えられた芝生が生い茂り、城壁に沿うように植えられた木々がなだらかに揺れている。透き通る水のカーテンを放つ中央の噴水は、太陽の光を浴びて小さな虹のアーチを描く。


 見上げる先に広がる青々と晴れ渡る空には、雲の一つも無く小鳥たちが舞うように飛び交っている。



 ――だけど私は……。



 窓にコツンと小さく頭を添えると、反射する自分の姿が目に映った。

 白を基調に水色の帯が入ったフリルのドレス、ウェーブのかかった金色の髪、そして青い瞳。見慣れた自分の姿だけれど、窓に映るその目には輝きがなかった。


 小鳥たちは自由に空を飛んでいるというのに、むしろ私の方が城という鳥かごに囚われた小鳥のように感じたのだ――。



 すると、自室のドアをノックする音が部屋の中に響き渡った。


「メリー様、お食事の用意が整いました」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、侍女の一人であろう女性の声。どうやら朝食の時間を告げに来たようだ。


「今行くわ」


 私はそう一言返し、ドアを見つめながら侍女の足音が消えていくのを静かに待った。

 そして気配が無くなったのを感じると、体の中に溜めていたストレスを吐き出すかのように、重いため息を一つ吐くのだった――。






 家族で囲むにはあまりにも長すぎるテーブル。上座にはお父様が一人で座り、私とお母様はテーブルを挟んで向かい合わせに座る。


「おはようございます。お父様、お母様」

「あぁ、おはよう」

「おはよう、メリー」


 朝の挨拶を交わし、テーブルの上に置いてあるナプキンを二つ折りにして膝の上に乗せる。

 

 会話の無い静かな朝食。これだけ長いテーブルなのだから、侍女や他の使用人たちも一緒に食事をすれば楽しいのに、身分にこだわるお父様がそれを良しとはしなかった。


 

 私はスプーンの腹をお皿の上に当てて動きを止め、視線をスープから外さないままに小さく口を開く。


「私……外の世界が見てみたいです」


 その言葉を発した直後、敏感に反応するようにお父様は手の動きを止めた。


「またそれか。お前は由緒正しきティファニエル家の王女、そして大事な一人娘だ。その綺麗な瞳には、汚い物で蔓延はびこる外の世界を映して欲しくないんだ」


 少し不機嫌そうに、私の言葉を強く否定するお父様。私がこの手の話をすると、いつも決まってこう返してくるのだ。

 私の事を大切に想ってくれる優しさは痛いほど伝わっているけれど、いつまでも自分で価値観を決めれないほどもう子供じゃない。


 もうすぐ十六になるのに、いつまでも城の中で過保護に育てられる私は、いつになったら外の世界を見ることが出来るのか分からずにいた。



 だから――、私の心には雨が降るのだ。



「ごちそうさま」


 呟くように一言告げ、膝の上に乗せていたナプキンの端を持って口元を拭う。


「メリー? もうおしまい?」


 食事もそこそこに席を立とうとしたからか、心配そうな面持ちを浮かべながらお母様が声をかけてきた。


「うん、今朝はあまり食欲がないみたい」


 それだけ返して席を立ち、お父様とお母様に軽くお辞儀をしてからその場を後にする。


 本当は、胸の息苦しさで食事が喉を通らないから。当たり所の無い気持ちで心が埋められてしまっているから、料理の入り込む隙間など――、どこにも無かったのだ。






 フリルの付いた日よけ用のパラソルに、真っ白なテーブルとそれに付随するチェアー。テラスの一角にあるその場所は、いつも私がお茶にするお気に入りの空間だ。


 朝食を終えるとそこで本を読みながら、侍女が淹れてくれたハーブティーを口にするのが日課になっている。


 金の細いラインが施された白いカップを手に取ると、暖かい湯気からは甘さの中に混じった爽やかな香りが漂う。一口含めば渋みの強くないマイルドな味の後に、透き通るような爽快さがやってくる。

 あまり渋みが強いのは得意じゃ無い為、そんな私に気付かって淹れてくれる侍女特製のお茶だ。


 

 優しく舞うそよ風に髪を揺られながら、一枚、また一枚とページをめくる。

 程なくしてしおりを挟みこむと、本を閉じてはテーブルの上に置いた。そして片肘に手を添え、体をほぐすように背伸びをする。


「少しお散歩してくるわね」


 横に待機する侍女に一言告げる。一つ頭を下げて返してくる侍女に見送られながら、私は席を立って庭の中へと足を踏み入れる。


 散歩と言っても庭の中限定のもの。この敷地内から出ることを許されていない私は、城と庭の中という狭い世界でしか自由に歩けないのだ。


 

 色とりどりに咲き誇る小さな花たちの成長を見たり、飛び回る小鳥たちのワルツを楽しんだり、踏めばサクサクと音を鳴らす芝生の柔らかな感触を確かめたりしていた。



 すると、気のせいだろうか、城壁の向こう側から何やら声が聞こえた気がした。

 立ち止まっては首を傾げ、耳を澄ませていると、突然一際大きな風が舞い込んできた。


 なびく髪を咄嗟に押さえて、少し俯き加減で顔を背ける。

 少し風が治まった所で耳の上に髪をかき上げながら、先ほど声のした方へと視線を向ける。



 目にしたのは――、木の枝に足をかけている一人の少年の姿。


 私は驚き、声も出ないままに固まってしまう。それは相手も同じなのか、お互いに視線を合わせたまま身動き一つ取らなかった。



「おいカイン! なんかあったかぁ!?」


 城壁の向こう側から聞こえて来たのは他の少年の声。おそらく友達なのだろう、枝の上にいる少年へと声をかけているようだ。


「いや、特になにもないなぁー!」


 カインと呼ばれた少年は振り返り、城壁の向こう側へとそう答えた。そして再び私の方へと視線を向けると、無邪気にニコッと微笑みかけて小さく手を上げて来た。


 それはおそらく庶民の挨拶なのだろうが、驚き固まる私は思考も追いつかず、ただ目をパチクリさせることしか出来なかった。



 少年はそれだけ向け終わると背後の城壁へと立ち、そのまま飛び降りるように視界から消えていった。


 残された私は胸を押さえ、消えて行った少年の姿を追うように、ただ何も無い城壁を見つめ続けたのだった――。






 次の日になると、朝食を終えた私は庭へと足を運び、あの少年と出会った木の下で右往左往していた。

 昨日はまともに挨拶を返すことが出来なかったし、もし今日も来てくれたならお話ししてみたいと思っていたからだ。


 芝生を視界に映しながらウロウロしていると、上の方で葉の揺れる音を私の耳が捉えた。


「――よっと」


 その声につられるように、ふと見上げると枝の上に足をかける少年の姿が目に映った。そう――、昨日この場所で出会った、カインという少年だ。


「ん? また会ったな! よっ!」


 少年は私に気が付くなり、またあの無邪気な笑顔を放って手を上げて来た。

 同じように返せばいいのか分からない私はあたふたしながらも、咄嗟に頭を深く下げて昨日の謝罪を口にする。


「昨日はご挨拶もせずにごめんなさい!」

「あーいいよいいよ! 気にすんなって!」


 私は顔を上げ、頭の後ろで手を組みながら明るく笑う少年を目にすると、そのおおらかな性格と無邪気な微笑みに、自然と顔が綻んだ。



「俺、カインっていうんだ。お前は?」

「私はメリーです! カイン様……でよろしかったですか?」


 何かおかしかっただろうか。私が名前を確認すると、噴き出すように大きな笑いを向けて来た。


「ぶっ――! あははははは! いや、カインでいいよ! 様とか柄じゃないし!」

「で、ではっ――! 私のこともメリーとお呼びください!」


 まさか呼び捨てを許されるとは思っていなかったので、私も同等に扱ってもらえるように、胸に両手を当ててすがるように一歩前に出る。


「分かった! よろしくな、メリー」

「はいっ!」



 初めて出会った同年代の異性。初めて出来た呼び合える友達。

 歓喜する私は気持ちが高鳴り、パーッと笑顔が零れ出す。



 そこで私は一つ疑問に思った。顎に人差し指を当て、軽く首を傾げて口にする。


「ところでカインは、どうしてここに?」


 わざわざ高い城壁を乗り越え、木の枝に足をかけて敷地に入り、なんの変哲もない庭に訪れて、一体どうしたのだろうかと気になったから。



「それはアレだ。壁の向こう側に何があるのかなぁ~ってね! そう、単なる好奇心ってやつだな!」


 カインはニコッと白い歯を見せて、上に立てた親指を私に真っ直ぐ突き出してきた。

 そのポーズもおそらく庶民の挨拶なのだろうが、それよりも好奇心で壁を越えて来た事に、私はおかしくておかしくてしょうがなかった。


 口元を手で覆い、クスクスと笑いを零してしまう。

 カインも私につられたのか、その場を二人の笑い声が包み込んだのだった――。






 それからの日々は、朝食後にいつもの場所でカインとおしゃべりするのが日課になった。午前中で終わることがほとんどだったけど、カインが都合をつけてくれた時は、たまに午後も会えるのは凄く嬉しかった。


 直接この目で見ることは出来ないけれど、ずっと気になっていた外の世界の話はとても面白かった。カインの話からは、想像していた事とまるで違った部分が多かった。だけどそれもまた新鮮味が溢れて私の想像をかき立てた。


 私にも解りやすいように、身振り手振りで優しく教えてくれるカイン。一緒に笑い、一緒に楽しみ、お互いに共感しながら話してくれる姿に、どんどん興味を惹かれていった。


 

 最初は外の世界の話に夢中になっていたけれど、いつの日からか私はそうじゃないと気が付いた。

 徐々にカインの事について知りたくなり、身の上話や面白おかしな体験談を聞いているうちに、カイン自身に惹かれていったのだ。


 短く整えられた猫っ毛の柔らかな茶色い髪。まだ幼さの残るあどけない無邪気な笑顔。そして透き通るような青い瞳には、”力強く生きている”と感じる程に、眩い輝きを放っていた。



 私は――、カインといる空間が、カインとおしゃべりしている時間が、カインの側にいられることが、何よりも幸せになっていた。






 ある日の事、お母様が私の部屋にやって来くると、おもむろに二体の人形を手渡された。それは女の子と男の子を模した人形だ。

 私はそれを見つめ、小さく首を傾げる。


「お母様、これは?」


 見上げる私に微笑みかけるように、お母様は優しく語り出す。


「今日はあなたの誕生日でしょ。それに合わせて細工師に作らせていたの。その人形には、『永遠の幸せ』――という意味が込められているそうよ。お誕生日おめでとう、メリー」


 そう言って、私の額に軽く唇を添えるお母様。

 すっかり誕生日のことを忘れていた私は目を丸くしていたけれど、状況を飲み込んだ時は胸が躍るほどに嬉しくなった。


「ありがとうございます! お母様!」


 お母様の胸へと飛び込み、優しく髪を撫でられる。とても嬉しいプレゼントとお母様の優しさに、自然と笑顔が溢れてしまう。



 私は手に持つ人形を眺めるてみると、女の子の方は私を模しているのだろうか、髪の色や形といい似ている部分が多かった。そして男の子の方は、気のせいかもしれないけれど、どことなくカインに似ているようにも感じたのだ。


 そう思った私はハッと顔を上げ、駆け足で部屋から飛び出した。






 庭を歩く私は二体の人形を胸の中で抱え、キョロキョロと木の上を見渡していた。


「――よっと!」

「カイン!」


 いつものように城壁を越え、木の枝へと足をかけるカイン。

 カインを探しに来ていた私は、その姿を見るなり胸が弾み、溢れる笑顔で名前を呼んだ。


「カイン、受け取って!」


 私は男の子の人形を持つ手を下へと向け、振り子の要領でカインのいる上へと飛ばした。


「おっと――。ん? 人形?」


 綺麗にキャッチしたカインは、手に取ったそれを眺め不思議そうな面持ちを浮かべている。


「誕生日プレゼントにお母様からもらったの! 『永遠の幸せ』が込められた人形よ!」

「へ~! そりゃ凄いな。くれるのか?」

「ええ! あなたに持っていてもらいたいの!」


 カインは微笑みを浮かべ、枝に腰を降ろしては幹へと背を預け、微笑みを人形にも向けながら見つめていた。


 するとカインは何かを思い出したように勢いよく立ち上がり、大きく頭を抱えだした。


「うわぁぁ……。ってか今日メリーの誕生日だったのかよ! 俺、何も用意してない!」


 いきなりの行動で私は目を丸くしたけれど、その言葉を聞いて口元を手で覆った。


「ふふふっ――。言ってなかったもの、気にしなくて大丈夫よ」

「けどなぁ……」


 それでもカインは気にしているようで、しばらくうんうんと頭を悩ませていた。

 そんなこと私は気にしないのに、悩むその姿がカインの優しさだと知る私は、可愛らしくて愛しさを感じてしまう。



「よしっ!」


 ふと何かを決断したかのように、カインは力強い声を一つ放った。


「メリーからもらったこの人形、絶対手放さない! 一生大切にする! それが俺からの誕生日プレゼントだ!」


 吹き抜ける風と共に、その言葉は私の心を大きく揺さぶった。高鳴る鼓動、きらめくく想い。私の心は、――カインの全てに染められた。


 涙が溢れ、頬を伝う。私はカインへと微笑みを向け、静かに答える。


「今までで……最高の誕生日プレゼントだわ」



 包み込むように流れる風の中、舞い散る木の葉に彩られ、交差する視線に想いが募る。向け合う微笑みが心を引き寄せ、幼い二人の成長をはぐくむ。


 ――ずっと、カインの側にいたい。



 身分の違う者同士、一緒になれないのは分かってる。隠れ、偽って、他人の目を盗んで会っているのだから。

 

 でも、そうまでして会いたいと思ってしまうから、離れていると寂しいから、愛しいから――。私は心の中で、カインの側にいたいと――そう強く思ってしまう。


 だって私は、カインのことを好きになってしまったから――。






 自室のベッドにて目を覚ました私は、外から聞こえる雨の音で朝を迎えた。

 ベッドから降り、窓に手を添えてはガラス越しに外を見つめる。


 薄暗い空に灰色の雲。打ち付ける雨は視界をぼかす。


「雨は嫌い……」


 呟くように、自然と零れ出す心の声。


 雨の日は外に出れない。それは、カインに会えないことを意味する。カインも雨の日はさすがに来れないだろう。雨の日はこうして閉じこもり、明日は晴れますようにと――私はただ祈ることしか出来なかった。

 

 だから、たまに訪れる雨の日は嫌いだった。良い事なんて、一つもないから――。



 すると、ドアの向こう側に位置する廊下の方から、急ぎ足で近づいてくる足音が聞こえて来た。それは私の部屋の前で鳴り止むと、余程急いでいるのか無造作にドアをノックする音へと変化した。


「メリー様! メリー様!」


 聞こえて来たのはいつも私をお世話してくれている侍女の声。その口調から察するに、何やら緊急の要件のようだ。


 私はドアノブへと手をかけて開け放つと、険しい面持ちを浮かべる侍女がすぐさま口を開き出した。



 その言葉は――、声を失うほど私を驚愕させるものだった。



「メリー様が秘密裏にお会いになられている少年が、旦那様に囚われましたっ――!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ