メリーさん
昼間だというのに、灰色に染まる空はどんよりとした雰囲気を漂わせる。
――どれだけ探しても見つからないのに……本当に探し出すことが出来るのかなぁ。
その一雨来そうな空模様に当てられたのか、緑と共に妖を探して外を探索する私は、虚ろな目で天を仰いでいた。
例え妖の協力を得たとしても、警察ですら見つけられなかったお父さんにもう一度会うことが出来るのか、私は正直言って信じがたかったのだ。
すると、緑がふと足を止めた。私もつられるように足を止め、首を傾げて緑の横顔を見つめる。
「何か聞こえた」
そう静かに口にする緑。
周囲を見回してみたが私達以外にはだれもいない。私は目を閉じて耳を澄ませると、緑の意図する言葉が微かに私の耳にも届いて来た。
――私メリーさん。今、公園の近くにいるの。
その謎の声を捉えると、目を開いては緑と顔を合わせる。
先ほど同様に緑も聞こえたらしく、私達は無言で頷き合った。
そう、この摩訶不思議な現象の正体は――妖であると、瞬時に悟ったのだ。
先ほどの声に導かれるままに、私達が辿り着いたのはとある公園。ただ漠然と公園というだけでも多く存在するのだが、とりあえず声が聞こえた場所から一番近い公園へと足を運んだ。
私と緑は手分けして公園内を探しているのだが、肝心の主の姿が見えない。もしや他の公園だったかと、そこから立ち去ろうとした瞬間に、再びあの声が聞こえて来た。
――私メリーさん。今、電柱の横にいるの。
さっきよりもハッキリと聞こえる声。
その声を聞いた私と緑は顔を合わせ、再び合流しては近くの電柱へと足を運んだ。
目の前に映すはゴミ捨て場。電柱の横と言っていたのだが、このゴミ捨て場以外にはこれと言って何も無く、妖の姿も無い。
きちんと袋に入ったゴミや、周辺に無造作に捨てられたゴミ。あまり整頓されていないそのゴミ捨て場には、見るだけで嫌悪感を抱く。
だが、その嫌悪感の中には、私のよく知る感覚があった。
妖が近くにいる時に感じる、嫌悪感にも似た不思議な感覚だ。
すると緑は何かを発見したのか、おもむろにしゃがみ込んではゴミ捨て場の中から一体の人形を手に取った。
ウェーブのかかった金髪の長い髪に、大きな目、すこし汚れてはいるが綺麗な赤いドレスを着たそれは、フランス人形のようだった。
「……メリーさん?」
人形を両手で持ち、顔の前に掲げる緑は問いかけるように口を開いた。
「私の声……聞こえたんですか?」
答えるように、人形から先ほどと同じ声が聞こえる。
「うん、聞こえた。だから探しに来た」
表情を変えず、単調に、冷静に答える緑。今でこそ少しは見慣れはしたが、しかし一つ現状のそんな緑の姿に違和感を覚えた。
聞こえた声といい、妖を察知し言葉を交わしていることといい、緑は私が触れずともそれを成しているのだ。
一つ可能性があるとすれば、以前に狛犬の妖を視覚する際、緑へと触れてその力を誘発したのだろう。
私の『読取る力』は特別だ。いや、私が特別と言った方が正しいかもしれない。この年になっても尚、力が消えないのだから。その影響かは分からないが、いつからか記憶の欠片まで視ることが出来るようになっていたのだ。
この『読取る力』は誰しもが持っている。しかし、力の顕現には個人差がある。それは子供の頃が特に謙虚で、真っ直ぐで純粋な心ゆえか、幼ければ幼いほど力の発現が強まる。したがって、大人になるにつれて力は弱まる。
私が緑に触れたことにより力を与えたのではなく、本人が持つ『読取る力』を活性化させたのだ。
だが一度しか触れていないのにここまで持続しているとなると、緑は元より力が強い方だったのかもしれない。
そんなことを考えていると、人形に変化が訪れた。両手で顔を覆い、ボロボロと涙を流し始めたのだ。
それはきっと妖の姿だろう。私と緑以外の人にはただの人形にしか見えないはずだ。
「――良かった。……やっと聞こえる人が見つかった。ずっと、ずっと待ち続けてたんです」
その言葉に、緑は少し首を傾げる。
「もしかして、誰かに見つけてもらえるように今までずっと呼んでたの?」
「――ひっぐ……う、うん」
「なんで?」
緑の率直な疑問は、私も右に同じであった。この妖は、何の為に自分を見付けてもらおうとしていたのか気になった。
メリーさんと名乗る人形は両手をゆっくりと下げて顔を出し、静かに口を開き始める。
「遥か昔、私は元々人間だったんです。生前に行き別れたままの人がいて、その人に日々会いたいと思いながら過ごしていました。そしてついに寿命を迎えた時、気が付くと私は人形に宿っていたのです。それからは多くの人の手を渡り歩きました。そうしていれば……”いつかきっとまた会える”と、私はその想いを胸に信じ続けました。ですが……ついに私は捨てられ、あの人に会える唯一の希望すらも途絶えてしまったのです。それからは夢中で叫びましたが、誰にも気付いてもらえませんでした。雨が降ろうと風が吹こうと、必死に声を上げて叫んでも、目の前の人ですら私の声が届かないのです。それは……とてもとても辛く苦しい思いでした。しかし、やっと私の声がこうして届きました。また誰かに拾ってもらえれば渡り歩ける、あの人に会える道が出来る、そう信じ続けていた想いは無駄じゃ無かったのですね」
メリーさんの話が終わると、緑は静かに私を見上げて来た。
「付喪神……でしょうね。生前の強い想いが現世に留まり、物に依代として宿った妖怪の姿ね」
「聞いたことあるかも……」
メリーさんを考察したことにより、付喪神だと分かった私はそう説明すると、さすがは有名どころの話が多いからか緑も理解したようだ。
「私はメリーさん。あなた方のお名前を教えていただけますか?」
「僕は緑」
「私は琴美」
軽い自己紹介を交わすと、メリーさんはパーッと明るい表情を浮かばせた。お互いに名を知ったのもあるのだろうが、よっぽど自分の存在に気付いてくれたことが嬉しいみたいだ。
「見付けてくれて本当にありがとうございます! これでまた、人の手を渡り歩けます!」
「いや」
メリーさんが喜びの声を上げると、緑は静かに否定の言葉を口にしては立ち上がった。その目は力強く、何か強い想いを抱くかのよう。
「僕達も、その人を見付けるのに協力する」
「えっ――!」
驚くメリーさんを尻目に、緑は私へと目配せをしてきた。
私はその意図を察し、集中するように静かに瞳を閉じる。
そう――、メリーさんの、記憶の欠片を見る為に。