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共に過ごした記憶

途中で妖目線に切り替わります。

 周囲の音をかき消すほどに、アスファルトへと轟々と打ち付ける大粒の大雨。

 突然の天気の変化なのか、赤い小さな長靴が急ぎ足で水たまりへと踏み込んでは、周囲にその水を弾き飛ばしていた。


 黄色い傘に、背中には赤のランドセル。駆け足で帰路へと着く長靴の少女は、ふとその足を止めた。視界の左端には一本の電柱。そしてその電柱の側に放置してあるダンボールが気になったようだ。


 少女は静かにダンボールへと近寄り、しゃがみ込んでは傘をやや前方に出し、ダンボールにも雨が入らない様に配慮した。中には子犬が一頭いるようで、体を丸めては寒さで小刻みに震えていた。


「どうしよう……」


 困った顔を浮かべる少女は、そう一言零して震える子犬を見つめ続ける。


気温の下がった大雨の中、遮る物も毛布など何も入っていないダンボールの中で、食べ物も食べていないであろう子犬が小さく震えているのだ。それは、まだ幼い少女の目からしてみても、弱っているのが明らかだった。


 少女はおもむろにダンボールへと手を伸ばすと、傘を持ったまま両手でダンボールを抱えだした。そして、そのまま駆け足で帰路へと着いたのだった。






 少し埃っぽい匂い、そして雨の音は聞こえるのに、なぜか冷たくないし段々温かくすら感じてきた。さっきまで外にいて、箱の中で寝ていたのに、気が付くと見たことのない場所にいた。


 ――ここはどこだろう? 薄暗くてよく見えないけど、どこかの建物の中かな? 


 周りをキョロキョロ見渡してみると、薄っすらとスコップや一輪車があるのが見える。どこかの家の物置みたいだ。そういえば女の子の声が聞こえた気がしたから、ひょっとするとその子がぼくを運んでくれたのもしれない。


 すると、ガラガラと扉が開く音が響いて、光が縦から横に広がるようにして入って来た。現れたのは小さな女の子。僕の姿を見ると、パーッと明るい表情を向けて来た。


「良かったぁ! 起きたんだね!」


 女の子はそう言うと、駆け足で近寄って来てぼくを覗き込むようにしゃがみ込んだ。そして大きめのタオルを膝に広げると、僕を両手で抱きかかえた。


 女の子の膝に乗せられた僕は、タオルで包まれるようにして優しく撫でられた。どうやら雨で濡れた毛を拭いてくれているみたいだ。

 雨に打たれてびしょ濡れになっていた時は、凄く冷たくて、凄く寒くて、それでも誰も助けてくれなくて寂しかった。


 でも今は凄く温かいし、いい匂いがする。ふわふわのタオルが気持ちいいけど、なんだかちょっとくすぐったいかな。



 ゴシゴシタイムが終わったのか、ぼくは箱の中へと戻された。冷たかった毛も乾いて、体が綺麗になったようにさっぱりする。

 

 すると、箱の中に小さなお皿が置かれた。そしてそのお皿に、たっぷりのミルクが注がれ始めた。

 目も覚めて体も暖かくなったぼくは、正直おなかが空いていた。あの場所にいた時は、たまに通りかかる人が食べ物をくれたけど、お腹がいっぱいになったことはなかった。


 匂いでミルクだと敏感に感じ取ったぼくは、お皿へと口を近づけてミルクを舐め始めた。久しぶりのミルクは、凄くおいしかった。


 ペロペロとミルクを舐めるぼくを、女の子は両手の上に顎を乗せて微笑みながら見つめていた。


「いっぱい飲んでね!」


 優しい笑顔と一緒に、そう言ってくれた女の子にぼくは顔を向けると、一言だけお礼を告げる。


 ――助けてくれて、ありがとう。


 伝わりはしないだろう。人間と言葉が通じないのは知っている。きっと、クゥンと一鳴きしたように聞こえたと思うけど、僕がミルクを舐める姿を見て女の子が喜ぶなら、それでいいと思った。


 

 初めてお腹がいっぱいになった僕は、なんだか眠くなってきたので丸くなることにした。すると女の子が、小さめの分厚いタオルを、ぼくの体の上に乗せてくれた。それが凄く温かくて、余計に眠くなった僕は意識が薄くなっていった。




 扉が開く音で目が覚めると、女の子が会いに来てくれたみたいだ。どうやら次の日の朝になっていたようで、女の子が朝ごはんを持ってきてくれた。

 ミルクと、今日は小さなパンもある。僕はミルクをペロペロと舐めてから、夢中でパンにかぶりついた。柔らかくて甘くて、すっごいおいしいと感じた。


 パンに夢中になるぼくがおかしいのか、女の子は静かに笑いながら見ていた。


「あはは! パン好きなんだね。これから学校だから、帰ってきたらまたあげるね。静かにお留守番してるんだよ? はい、これ!」


 女の子はそう言うと、小さなボールを箱の中へと入れた。そして立ち上がり、扉へと振り返ると何かを思い出したのか、またぼくへと顔を向けて来た。


「私、ちか! 君は~……シロね! じゃ、行ってきまーす!」


 そして扉が閉められて、また薄暗い場所へと静まり返った。だけど僕はちっとも寂しくないし、名前をつけてもらえたことが嬉しかった。


 はしゃいで小さなボールを前足で叩き、コロコロと転がるボールが面白くて夢中で遊んでた。お腹が空いたらミルクを舐めて、眠くなってきたら丸くなって、そして目が覚めたらまたボールで遊んで、ちかの帰りを待っていた。



 どのくらい経ったのかは分からないけれど、足音が聞こえてきたから扉の方へと顔を向けた。開いた扉から顔を覗かせるのは、やっぱりちかだった。ぼくは嬉しくて尻尾を振り、目の前でしゃがみ込んだちかの膝に飛び乗った。


「シロ、ただいま! はいこれ!」


 ちかの差し出す手には、丸いパンが乗っていた。僕は喜んでかぶりつき、全部食べ終えてもまだ細かいのが残っているからと、ちかの掌をペロペロと舐めた。


「きゃっはは! くすぐったいよぉ~シロ」


 ちかの笑顔を見るのが嬉しくて、僕はくすぐったいって言われてもペロペロと舐め続けた。


 それからはちかと一緒にボールを転がして遊んだり、ちかの膝に乗って背中を撫でられたり、ひっくり返されてお腹を撫でられたりしていた。




 次の日は、ちかが朝から大きなピンク色のボールを持って来た。


「今日は日曜日だから学校ないんだぁ! 遊ぼうシロ!」


 ぼくもすっかり元気になったし、なによりちかと一緒にいるのが楽しいから、答えるように尻尾を振ってちかへと飛びついた。


「あはは! も~う、シロったらぁ!」


 無邪気な笑顔を浮かべるちか。ちかの笑顔が、ぼくは一番好きだ。

 助けてもらって凄い感謝してるし、一緒にいると幸せな気持ちになる。ぼくといることでちかが笑顔になるなら、ぼくはずっとちかの側にいたい。


 大きなボールの上に乗せられて、ぼくは必死にバランスを取ろうとするけど、上手くいかなくてすぐ落ちちゃう。その姿が面白いのか、ちかはずっと笑っていた。少し恥ずかしいけど、ちかの笑顔を見るとぼくも自然と穏やかな気持ちになってくる。


 コロコロと大きなボールを転がしたりして遊んでいたけど、倉庫の中じゃあまりボールを転がせなかった。だから開いた扉からボールを外へと転がして、それを追いかけてぼくも外へと駆け出した。


「あっ――! ダメだよシロ!」


 だけど、そんなぼくにちかは焦りながら声をかけてきた。ぼくはボールをつかまえて、ちかへと振り返り首を傾げる。何がダメなのか、よく分からなかったから。


 すると、ちかとは違う、大人の女の人の声が聞こえてきた。


「ちか~。どこにいるのちか」


 その声が聞こえた瞬間、ちかは勢いよくぼくの元へと走って来て、大慌てで目の前に立った。


「ちか、ここにいたのね」


 間にちかが立っているからその人のことが見えないぼくは、遮るちかから横へと移動して、その人のことが目に映るようにした。家の中にいるその人は、ちかのお母さんだろうか。ちかを大人にして、少し怖そうな感じにした人だった。


 ちかのお母さんはぼくに気が付くと、ビックリしたような顔をして、急いでサンダルを履いて庭へと出て来た。なぜかは分からないけど、怒っているのがぼくにも分かった。


「ちか! なんで犬がいるの!」


 ちかは足元に顔を向け、横にずれていたぼくに気が付くと、またその体でぼくをお母さんから遮った。


「ち、ちがうの! 助けてあげたの! 雨の日に見付けて……その、かわいそうだから……」


 後半、徐々に声が小さくなるちか。だけどちかのお母さんは怒った顔を変えないまま、ちかへと厳しく叱りつけ始めた。


「動物を飼っちゃいけませんって言ってあるでしょ!? ちかもそれは分かってたのよね?」

「うん……」

「じゃあなんで約束を破るの!」


 とても強い口調で言い放つお母さんに、ちかはポロポロと涙を流して、震える唇を必死に動かした。


「だって……。あの時、シロを助けてあげられたのは……私だけだったんだもん」

「犬や猫には小さな虫が付いてるの。それでちかや、お母さんやお父さんが病気になることだってあるのよ。定期的にケアするくらいなら、元より無理して飼う必要はないの!」


 お母さんの言葉に、ちかは泣きながらも上目遣いで見つめ、静かに口を開く。


「助けてあげるのが……そんなに悪い事なの?」


 その言葉が胸に刺さるのか、お母さんは少し渋い顔をすると、ぼくたちの方へと近寄って来た。


「そういうことを言ってるんじゃないの。ちかも大人になれば分かることよ」

「そんなの分かりたくない! 大人になんかなりたくない!」

「わがまま言わないの!」


 泣きながら必死に抵抗するちかを、ぼくは心配になって見上げていると、ふと首の後ろを掴まれて宙へと引き上げられた。


 後ろへと顔を向けると、ちかのお母さんがぼくを掴んでいた。ちかのお母さんは物置の方へと視線を向けると、開け放たれていた扉で察したのか、小さく口を開いた。


「隠れて物置で飼っていたのね」


 そして吊るされたぼくは、そのまま物置の方へと向かっていった。

 下の方にはちかがいて、必死にお母さんの足元にしがみついている。


「ちゃんと面倒見るから! 私が全部やるからぁぁ!」


 だけどお母さんはそんなちかを無視して、ぼくを物置の中にある箱の中へと入れた。そしてぼくは箱ごと持ち上げられ、また外へと運び出された。


 ちかは何かを察したのか、大きな声で泣きじゃくっていた。


「お母ぁぁぁさんっ連れてかないでー! やだっ! やだぁぁぁぁぁっ――!」



 車の前まで運ばれると、ぼくは後ろの方へと乗せられた。そしてお母さんは強引にちかを引き離し、車に乗ってはそのまま進ませていった。


「うわぁぁぁぁ! 待ってぇぇぇっ! シロッ! 絶対、会いに行くから! シロッ、シローーー!」


 箱から抜け出した僕は椅子の上へとよじ登って、後ろのガラス越しから追いかけてくるちかを見つめることしか出来なかった。


 ちかは両手を前へと伸ばし、ボロボロと涙を流して、大きく叫びながら必死に追いかけてくれていた。でもその姿は段々小さくなっていって、やがてちかの姿はまったく見えなくなってしまった。


 泣いている姿を見るのは初めてだったし、ぼくの為に泣いてくれているちかに、ぼくは涙を浮かべて小さくクゥンと鳴くことしか出来なかった。




 車が止まると、辿り着いたのは大きな赤い鳥居があるところだった。

 ぼくは車から箱ごと降ろされ、そのまま鳥居をくぐって運ばれていった。


 大きな建物の側にくると、僕は箱ごと地面に降ろされた。そして、ジメジメした暗くて狭い所に入れられた。

 しゃがみ込んでぼくを見つめるちかのお母さんは、どこか悲しそうな顔で口を開いた。


「ごめんね……。これもあの子の為なの……分かってちょうだい」


 それだけ言うと、ちかのお母さんはぼくを置いて行ってしまった。

 ちかのお母さんの足音が聞こえなくなると、ぼくは勢いよく箱から飛び出した。


 運ばれていた途中に見えていた道を戻り、ちかの元へと駆け出した。だけど、端の方までくると大きな階段があった。ぼくにはとても下りれそうにない。とても高い場所にあるみたいで、そこからは小さくなっている街が見渡すことが出来た。


 ――あのどこかに、ちかがいるんだ。


 ぼくはそう思って、そこから見える小さな街をただ見つめていた。ちかを見つけることは出来ないけど、でも、いつかきっとちかがぼくを見付けてくれる。


 そう願って、ずっと――ただずっと街を見続けていた。



 どれくらいの日をそうしていたのか分からないけれど、段々座っているのも疲れてきたぼくは、自然と丸くなっていた。だけど顔だけは街の方へと向けて、横になっても街を見続けるのはやめなかった。


 でも少しずつ眠くなってきた。目に映る街が、薄っすらとしていく。



 そしてぼくは、眠るように目を閉じていった――。

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