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太陽の声  作者: 仲村戒斗
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第一章‐3

 そしてスラッグと呼ばれた男は動物に乗った。後ろ向きに担がれているためよく見えないが馬程の大きさに見える。この動物が彼らの移動手段らしい。走り出してどこかへと向かう。途中、獣が発する咆哮が聞こえたが男は大きく道を変えて走り抜く。

この森には俺を襲ったような危険な生物が多く生息しているようだ。運よく彼が通りかかってくれて助かった。そうでなければ俺は食い殺されていた。暫くして動物の背中から降りると森の外へと抜ける。すると日光が直接当たるためか森の中とは比べ物にならない熱が体に纏わりつく。大柄な男は、ここなら安全だと言って俺の体を下した。まだ足に力が入らないために転ぶような形となる。無様だ。


「落ち着いたか」


襲われてから数分経ったことで、少しばかり余裕が出てきた。言葉を組み立てることはできそうだ。ただ、直射日光になった森の外は本当に暑かった。


「うん、なんとか。気分は良くなってきたよ」


膝を鼓舞するように叩いて立ち上がる。心もとないが膝が折れることはなさそうだ。


「助けてくれてありがとう。あなたがいなければ俺は死んでいた」


ようやく、感謝の念を述べる。わけもわからないまま死ぬのはごめんだ。知らない人間だけれど、助けてくれた彼からは敵意を感じず、俺の身を案じるような視線を向けるばかりだ。


「当然。見捨てる命なんてあってはならないさ。……だが、なぜあの場所にいた。何も武器を持たずに。死にたくないのなら尚更だ。全く理解できないぞ」


敵意は感じない。感じないけれども俺の存在に疑問を感じているかのように不可解な目つきだ。巨大な獣をあっさりと殺した彼にとっても、今の今まで居た森の中は危険な場所だということに変わりはなく、そこに無防備でうろついていれば頭がおかしいと思うだろう。俺がどういった者なのか見極めようとしている。しかし。


「わからない」


俺にだって不可解なのだ。何故森の中にいたのかは自分でさえ理解できない。答えたいのは山々だが訊かれても答えられる返答は持ち合わせていない。


「わからないだって」


「そう、わからない。気が付いたらあの森の中にいて、分からないなりに調べようとしたら刃物の生えた白い獣に襲われたんだ。どうしてあの森にいたのか、そしてどこから来たのかさっぱりで」


何度思い出そうとしてもこの森に至る道程が蘇ってこず、不安や苛立ちが募っていく。本来であれば当然のように存在するべき記憶がないということはとても気持ちの悪い。眠っている間に連れて来られたことから直前の記憶がないのは仕方ないとしても、どれだけ遡ろうとも、具体的なものがまるでなにもない。遡ろうにも全く記憶がないのだからお手上げだ。


「本当に何も思い出せないのか。アレスの人間かと思ったのだが、違うと」


彼の中で可能性の高い予想を口にするが、それは恐らく違うだろう。アレスという言葉の知識はあるのだが、俺が来た場所からは無縁に思える。


「申し訳ないけれど、アレスの人間ではないよ。多分、かなり遠くの場所から来たと思う。あんな怪物、見たことが無いからね」


「困ったもんだ。気が付いたら森の中にいて、エッジスコナーに襲われた。自分がどこから来たのか分からないときた。頭が痛いな」


その通りだ。訳が分からなくて、頭痛が酷い。無理に記憶を引きずり出そうと脳が異常稼動でもしているのだろうか。出てくる気配はないので意味はないが。


「うーむ」


俺の顔をまじまじと彼は見つめる。それに対抗するように俺も見つめ返す。今の今まで自然に会話できていたため疑問に思わなかったのだが、彼の顔は日本人のそれじゃない。目は深く、鼻は高い。そのかっちりとした造形の顔は西洋人特有のもの。対して俺は日本人だ。記憶はないが、断言できる。どうして同じ言葉が通じるのか不思議に感じる。彼の話す日本語はとても流暢で、だから顔をはっきり意識するまで気付かなかった。ハーフ、日本に住んでいる、日本が大好き、いくつか可能性を考えるが、どうもしっくりこない。それも全てこの世界観に起因する。映画のセット、などと考えることもできるが状況的に無理がある。これらは現実、本物だとすると巨大な怪物やそれを瞬殺する男。俺が持つ常識の枠組みとはかけ離れているため、日本語を話すことにも普通ではない、なんらかの特殊な理由があるように思えた。


俺の頭の中には疑問が渦巻く。現在の環境は知識にないことばかりだ。記憶が消えて知識だけがあるのも十分現実離れした不自然さなのに、その知識が通用しない現実に直面して混乱に次ぐ混乱で思考が乱れそうだ。実際乱れている気がする。


「よし、このままここにいても埒が明かないだろう。行くあてがないのならひとまず俺の家に来い。飯でも食べながら落ちつこう」


 互いに見つめあったままずっと黙り込んだことに業を煮やしたのか目線を外してそう提案してきた。行くあてなど微塵も心当たりがない俺にとって願ったり叶ったりな提案だ。このままここにいれば不安と暑さで死んでしまう。既に汗だくで全身が気持ち悪い。しかし、疑問が湧く。


「お誘いはとても喜ばしいのだけれど……いいのかな、見知らぬ人間を家に招いて」


 死にそうになっている無防備な人間ではあるものの、怪しくないわけではない。

むしろ、どう贔屓目に見たって怪しい。


「さっきも言っただろ、見捨てる命などないと。知らない人間でも命は平等だ。それに、ここでのたれ死なれても困る。皆が使う道だからな」


 なるほど確かに公共の道に死体があれば困るか。いや、それはまぁともかくとして。


「ありがとう、すごく助かる。喜んでお邪魔させてもらうよ」


「それでいい。よし、じゃあ名前を名乗ろう。俺はスラッグ」右手を差し出し、握手を求める。


「俺の名前は斉野晃」


 同様に右手を差し出す。ここで、自分の名前が自然に出てくることに驚いた。

過去は思い出せなくとも誰なのかは分かっているのかと。


「サイノコウ、変な名前だな」


 え、と困惑する。そうか、スラッグは斉野晃を一括りの名前として認識したのか。

だからアクセントに違和感を持って変な名前のように感じた訳だ。ということは姓名の概念が無いのかもしれない。あっても日本人名だからわからないのか。どっちにしても分かりやすくスラッグと同じく名だけ名乗ろう。


「すまない、訂正する。コウ、と呼んでほしい」


 名前を言い直すことに怪訝な表情を浮かべるが、すぐに納得して右手を握り合う。


「コウ、コウか。こうして出会ったのも運命だ」


 強面だが、顔のパーツ配置が整っていて美形なため、微笑むと絵になる。つられて頬が緩む。


「よろしく、スラッグ」


コウは、巨大な剣を背負った大男、スラッグと共に彼の家がある街へと向かった。

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