第一章‐2
しかしそんな淡い期待も数秒と経たずに砕け散った。突然甲高い鳴き声を響かせて二匹の小さい動物が駆けてきたのだ。それがまたも見たことのない動物であることはもはやどうでもいい。今重要なのはその小さい動物のせいで近くの白い刃物獣が起きたということだ。小さい動物は周りでうろちょろするだけならいいのだが、あろうことか白い刃物獣にぶつかったのだ。野生動物の癖に危機感のない、同じ森に棲んでいるのなら何が脅威なのかわかるだろうが。そう憤るがもう遅い。
白い刃物獣は眠りを邪魔された腹いせに動物二匹を前脚で薙ぎ払い、殺した。茶色い体毛の小さい動物は見た目通り軽く、薙ぎ払われると一瞬で飛ばされて巨木に叩きつけられ血をまき散らして潰れた。早く逃げよう。いや隠れるべきか。この森の木は太く十分隠れられる。この距離なら見られさえしなければ襲われるということは起こらない。ゆっくりと確実に、体を動かした。それなのにあっさりと目があった。眠りを邪魔され気が立っている獣と。もう方向なんてどうでもよかった。あいつから逃げられればいい。逃げ切った後で方向を定めればいいだ。大きく一歩を踏み出し、更にもう一歩を踏み出す。これを速く確実に続ければ良かった。だが体は思う通りに動いてくれない。二歩目を動かした時点で足の感覚は狂い前の足にぶつけてもつれ、転んだ。無様に。
意識は恐怖で埋め尽くされて思考が乱れる。死にたくない。見知らぬ土地に放り出されて死ぬなんて納得できなかった。立ち上がって再び駆けようとした。けれども、白い刃物獣は間近に迫っていた。食われるんだと目を閉じた瞬間、左肩を中心に衝撃が広がって、衝突音、続けて切り裂く音が聞こえた。自身が受けた衝撃によって受け身も取れずに地面を転がる。
何が起きたのか横たわったまま目を開けると、眼前には白い刃物獣ではなく大剣を持つ大柄な人間の男、赤い血に染まった白い刃物獣の頭部。すぐ先にはその体も転がっていた。周囲には血が散乱し俺の服にも付着していた。顔にもついているようで生暖かい感触がある。大柄な男も同様に血に塗れていて、背中に背負った鞄から出した布で顔や衣服、大剣に付着した血を拭い、そして拭けと言わんばかりに俺へと差し出す。出されるがまま受け取って顔と衣服を拭う。終わると男は布を受け取り再び背中の鞄に仕舞い、ようやく口を開いた。
「大丈夫か」
「え、と」
一瞬前の出来事に驚いている頭では状況を把握できても、シンプルな質問でさえとっさに言葉を作れなかった。
「体は無事なようだが……」
まだ驚愕の余韻が残ったままで返事が出来ない。頭の回転がとても鈍っている。口を無意味に動かす様を見かねたのか、
「まぁいい、ひとまず外に出よう」
そう言って、男は俺を担ぎ上げ歩き出した。腰が抜けて好きに動けない俺はされるが
ままだ。
「おいスラッグ、彼は誰なんだ」
「コイツに追われてたんだ。混乱しているようだからひとまず外に連れて行く。戻るか分からないから、後は任せる」
「分かった。後始末は任せろ」
駆け寄ってきた誰かは俺を担ぐ人間と会話を交わす。共に森の中で何かをしていたらしい。