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太陽の声  作者: 仲村戒斗
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第一章

 風が吹き、草木がざわめく。瞼を通して見える日差しは強いけれど、体をくすぐる空気は冷風でも熱風でもなく暑いとは感じない。鼻に通る澄んだ草木の香りは体の中を洗うよう。体を寝かせていると空に飛んでいってしまいそうだ。しかし、こんなに気分がよくなるここは一体どこだろう。瞑っていた瞼を開けると俺は森の中にいるのだということを認識した。草が生える地面に腰かけ、木に背中を預けて眠り込んでいたのだ。心地良い空間のおかげで危機感を失っていたが、どうして森の中で眠りに落ちていたのだろう。理由が全く分からない。ただ、上から差し込む光は良く知る太陽光よりも眩しく見えた。


 起きたばかりでうまく回らない頭で考えるのは、目に見える森の様子。俺がもたれ掛っている木や視界に入る木々は直径五メートルはあるとても太い巨木。背も上が見えない程高い。木の葉で空は覆われて殆ど見えないけれど、日光が必要以上に強いため、僅かな隙間から明るく照らして暗さを感じさせない。端的に述べるのなら、とても美しい森。葉が擦れる音は優雅で、草は日差しによって美しく光りを放ち、地面を覆う植物は乱れなく整った形をしている。ワイヤーのようなものが木々から垂れ下がってはいるがそれは些細なことだ。五感全てがこの森を気に入っているように思う。


 けれども、ぼやけた頭が徐々に覚醒するにつれて言い知れぬ恐怖のようなものが湧き出てくる。第六感が警鐘を鳴らしている、と表現するべきだろうか。素晴らしい場所だと体と思考が判断しているのに、理解の及ばぬ部分で気持ち悪さを感じている。

 自らが持つ知識と光景の乖離。俺が生まれ育った国にあれほどの巨木で構成された森は存在しない。海外にはあるのかもしれないが……ともかく、俺とこの森の繋がりが理解できず、違和感が重なっていく。現実のはずだけれども、現実味がない。自分の過ごした世界との流れが見えないのだ。だからここに至る経緯を思い出さなければいけない。そうして記憶を呼び戻そうと、過去をまさぐる。確か、部屋にいた。部屋? 本当に? そう疑問を抱いてから工場や、荒れ果てた街、空、海、様々な場所が次々と入れ替わり脳内に映し出される。まるで思い出すことを邪魔するように。記憶障害が起こっているのか、主観的な、俺がこの森に来るまで何をしていたのかまるで思い出せない。直前ならまだしも、全ての主観的記憶が出てこない。思い出そうとすれば靄のようなものが想起を邪魔した。


 しかし、主観的記憶以外の、言語や物の扱い方、文化などはどういうわけか頭の中には豊富に納められていて、様々な情報が行き交っている。まるで脳内にとても充実した本棚があるかのような感覚だった。

 自らの姿に目を向けると、今身に付けているのは上が体に密着した黒い長袖のアンダーウェア、下も同様に揃いの密着したアンダーウェアの上に黒いスラックス、そしてブーツを履いている。ポケットをまさぐるが何もなかった。この森は草がすねの中頃、三十センチくらいまでと、見渡す限り移動が困難な程の高い草は見えない。巨木以外は常識的。


それも太い幹が邪魔だが、感覚はあまり狭くないので視界は悪くなかった。十メートル離れているかどうかくらいか。方角を定め、そこから外れないように黙々と直進していく。直線状に木が生えていれば回り込んで方向が変わらないように努めた。闇雲にただぐちゃぐちゃと歩いていては迷って外に出られない。どの方向が外に近いかは分からないが、いずれにしてもまっすぐ歩けばいずれ外と繋がる。色々と考えるのは出てからでいい。ただひたすらに歩いて行く。しかし、そう長くは進めなかった。どうして、と訊かれれば“何か”に気付いたからだ。“何か”というのは生き物、に見える。この森は巨木が多く生え、狭くはないものの間隔は十メートル程度。けれど、今目の前に広がっているのは木と木の間隔が二十メートル以上と、とても広い。


 林冠ギャップと言うのだろうか、日光も太い線で差し込む広い場所だった。

そこに、まるで日光浴でもしているかのように体を丸め、寝息を立て寝入っている獣のような何かがいた。白い毛で覆われたその体躯は細身だが、丸まっている今でさえ高さが二メートル以上ある。横も四メートル程。そしてその体で最も目につくのは背中から生えた二対の刃物だろう。長く鋭い、加工物のように整った形のいい厚く鋭い刃。しかし、白く大きな体にはさほど違和感なく生えている。


……いや、そんなこと今の俺にはどうでも良かった。

一番優先すべきはここからいかにしてあの白い刃物獣に気付かれず先へ進めるか。

俺から二十メートル以上離れているが、もし気が付かれたならば肉食であろうあの獣に捕食される。獣の体は気持ち良さげに上下に揺れて眠っている。大丈夫、起こさなければいい。あんな謎の生物に襲われさえしなければいいんだ。


そう自身を励ますも、見てしまったからには気付かれた時を想像して体を強張らせる。落ち着け、方向を見失わず、起こさないよう静かに迂回すれば大丈夫。

白い刃物獣は深く眠っている。多少物音がしたって分からないはずだ。大丈夫、大丈夫。


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