第五章 22)友人が出来る精一杯のこと
「ああ、カルファルはまだいる。帰る気配なんてない。むしろこのまま居つきそうな予感のほうが強い気がする」
彼は各地を旅して回っているらしい。その資金が尽きたので、旧友であるプラーヌスの塔に一時的に立ち寄ったようである。
カルファルは旅の資金を借りたいとも言っていた。厚かましい要望である。もちろん、プラーヌスがそのようなことを承諾するわけがない。
「困った男だ。不愉快ですらある。しかしどうせなら、奴をこの塔で働かせるのも面白いかもしれない。あいつも魔法使いの端くれだ。それくらいの魔法は使えるはずさ。彼を農地付きの魔法使いとして使うんだよ。シュショテも忙しい。ずっと僕の手元に置いておきたい。当然、僕だって土埃にまみれて農地をウロウロしたくない。新たに魔法使いを探すのも面倒。ちょうど暇そうな魔法使いが僕の塔をうろうろしている。それを利用しない手はない」
「な、なるほど」
確かに理に適った判断なのかもしれない。「でも、やってくれるかな?」
「さあね。プライドは高い男だ。しかしあのプライドの高い男が農夫のような仕事をするなんて、なかなか愉快な光景じゃないか」
プラーヌスはそう言って、にんまりと微笑んだ。それは残酷で冷たい微笑みというよりは、悪戯好きの子供のような笑みであるが、どっちにしろプラーヌスがカルファルのことを嫌っているのがよくわかる表情ではある。
「プラーヌス、彼に何か恨みでもあるのかい?」
「恨みだって? ないよ、そんなもの。ただ単に嫌いなだけさ。いるだろ? 君だって、なぜだか好きになれない奴が」
「ど、どうだろうか・・・」
「その仕事を断れば、躊躇なく追い出そう。やるというならば、しばらくこの塔に置いてやる。力づくでやらせてもいいけど、彼が進んで農夫の仕事を勤める姿が見たい」
「やっぱり恨んでいるんじゃないか!」
「そんなことないさ」
「彼とは古い友人なんだろ?」
「彼に友情を抱いたことはない。ただの知り合いに過ぎないよ」
「どういう知り合いかな?」
彼は自分の過去のことについて話したがらない。それは充分に理解しているが、質問しないわけにはいかないシチュエーションだ。そもそも、私だって好奇心が抑えられない。
「忘れたよ」
案の定、プラーヌスは言う。
「そんなこと忘れるはずがないじゃないか」
普段ならばすぐに諦めるところであるが、私は食い下がった。
しかしだからと言って、あのプラーヌスの口が滑らかになるわけもなかった。
「過去のことはどうでもいいじゃないか。シャグラン。そんなことよりも明日のことさ。明日はとても重要な日になりそうだ。我が塔が新たな一歩を踏み出す日だよ。もしかしたら、その重要な日に、ようやく王の遣いも到着するかもしれない」
「ああ、うん、だけど」
「長い一日になりそうだな。今夜はシュショテを早く寝かせてやることにするよ」
「え?」
私はその言葉を聞いて、カルファルとプラーヌスの過去のことなど、どうでもよくなった。
シュショテを早く寝かせてやるだって?
彼は間違いなくそう言った。
「朝方まで研究に付き合わせているのだけど。一日くらい彼がいなくても問題ない」
プラーヌスは続ける。
もちろん、何か深い意味を込めたわけではないだろう。しかし、アビュからあのような情報を吹き込まれていた私には、それはとても意味ありげに響くのである。
プラーヌスは私の動揺に気づいたようで、見咎めるような視線を送ってきた。
「何か問題でもあるのかな、シャグラン?」
彼はその視線のまま、私に言ってきた。
プラーヌスが私にそのような視線を向けてくるのは非常に珍しい。彼は私の反応に困惑しているようなのだ。
いつだって彼は全てを理解していて、あらゆるものを支配下に置いている。それなのにあのプラーヌスがまるで道に迷っているような表情をしている。
「べ、別に、な、何も問題はないさ・・・」
「そのようには見えないけど、ね」
「い、いや、君の言うとおり、明日は忙しくなりそうだと思ってね。それにシュショテと二人だけで、遠い街へ行くのも心細い。色々と不安なのさ・・・」
今こそ、あの話しを切り出すべきチャンスだったと思う。実は今朝、君とシュショテのことで、妙な噂話を聞いてしまったんだけど、何か心当たりはないかな?
もし本当にシュショテが困っているのならば、この問題を放置しておくべきではない。あの少年を助けなければいけない。
しかし無理だった。プラーヌスを前にすると、私は子犬のように怖気ついてしまう。
彼のプライドを傷つけるようなこと、言えるわけがない。彼を怒らせるのが恐いのではない。彼に恥をかかせるかもしれないのが恐いのだ。
「何も心配する必要はないさ。彼の魔法の才能は僕が保障する。全て上手くいくはずだ」
「わ、わかった。あの少年に運命を託すことにするよ。エリュエールの街だね」
しかし一方で私はこんなことも思う。明日はシュショテと二人きりで過ごすのである。ならばあの少年から聞き出すことは可能だろうと。
そしてもし何か問題があるとすれば、シュショテを説得することも出来る。君はプラーヌスから離れたほうがいい。そう言ってやるのだ。このままどこかに逃げろと。
そんなことがばれたらプラーヌスは激怒するに違いない。
しかし鋭敏なプラーヌスのことだから、いずれ私の意図に気づいてくれるはずだ。
だとすれば、直接進言するよりずっとソフトな方法。彼を傷つけることなく、その悪癖を咎めることが出来るに違いない。それが友人である私が出来ること精一杯のこと。
ああ、その方法でいこう。
私は自分のその考えに心の中で何度も頷く。それしかない。それしかないのだ。私は食事を続けながら、そっと上目遣いでプラーヌスの様子を伺う。
プラーヌスは私の言い訳に納得したような表情を見せてはいなかったが、もうその話題に興味を失ったようではある。
再び、食事に熱中し始めた様子。
相変わらず美しい男だ。透き通るような白い肌に、繊細に整った目鼻立ち。唇も怪しく優美。
その美は男性的というよりも女性的である。いや、むしろ性別などという境界線を飛び越えた美。
そのあまりに美しい姿は、あらゆることから超然としていて、もはや人間などに興味の欠片も持っていなさそうに見える。
しかし、そんなプラーヌスに、このような趣味があるかもしれないなんて・・・。
しかもそれはあまりにおぞましい悪癖。
いや、美味しそうに目の前のディナーを咀嚼するプラーヌスに、人間的な欲望がないなんて言えるはずもない。
彼は別に天使でもないのだ。怒りっぽくて、感情が豊かで、嫌になるくらいに神経質。彼も私と同じ人間である。
最悪な事態を覚悟しておかなければいけないであろう。




