第五章 17)適任者
「適任者がいましたか?」
興奮気味の私に少しも影響されることなく、サンチーヌは冷静な声で返してくる。
「は、はい、バルザ殿です。この塔の門番、というよりも塔の守護部隊の隊長のような職にあられる御方」
「バルザ。名前を聞くだけでも優秀そうな人物ですね。あの伝説の騎士と同じ名前」
いえいえ、名前が同じだけじゃない。実はあのバルザ殿です!
そう口にしそうになったが、バルザ殿がこの塔におられる事実は公言すべきことではないだろう。別にプラーヌスに口止めされているわけではないが、私はそのように考えていた。
だって、彼のような優秀な騎士がこんなところにいることは本当にありえないことなのだ。それが世間に知れ渡ったりしたら、プラーヌスにとって都合は悪いはず。
都合が悪いどころか、その事実が知れ渡ったりしたら、どこかの何者かが過剰に反応するはずで、どこかの何者かが過剰に反応すれば、プラーヌスはそれを真正面から受け、跳ね返すということ。
すなわち、そのとき戦いが起こり、血が流れるかもしれないのだ。それならば嘘でもついていたほうがまし。
「あのバルザ殿と同じくらいに優秀な騎士です。だからバルザという仇名がついたみたいですね・・・」
私は続けた。何とも酷い嘘だ。それは自覚している。しかしこうなれば、このくらいの嘘をつかなければいけないだろう。
サンチーヌだって本物のバルザ殿に会ったことなどないはず。彼が知っているのは伝説だけ。何とか誤魔化すことは出来ると思う。
「現場の指揮はそのバルザ殿に任せましょう。彼ならばきっと、この無茶な仕事でも、成し遂げてくれるはずです」
私は言う。いや、そもそも塔の周りを開墾するとなると、バルザ殿と相談しながら、彼の部隊と連携して話しを進めなければいけない仕事だ。
だって作業の途中に蛮族が襲来してくる可能性だってあるのだから。そのときに守ってくれるのはバルザ殿と彼の部隊。
「早速、バルザ殿に会いに行きましょう」
さっきまで感じていた気の重さは一瞬にして吹き飛んだようである。バルザ殿に任せれば何とかなる。それは間違いのない事実。
バルザ殿と彼の部隊が駐屯しているのは中庭の厩舎。あるいは塔の外、正門の前で訓練しているときもある。
彼の部隊はまだあの戦闘の手傷から癒えていない。生き残った者たちの中にも無傷な者はいない。しかしバルザ殿はその責任感ゆえか、いつ蛮族が襲来してきても大丈夫なように戦う準備をしている。
あの戦闘が終わってすぐ、医務室で会って以来、彼とは直接顔を合わせていない。いずれにしろ、バルザ殿とは今後の予定についても話しておかなければいけなかった。
もう太陽は沈みかけている。この時間なら、バルザ殿は中庭の厩舎の辺りにおられるだろうか。
私はサンチーヌと共に、塔の暗い廊下を渡り、長い螺旋の階段を下へ下へと下ってゆく。
階段を下りる途中、窓から森が見えた。
暗い森だ。
いや、「暗い」などと一言で片付けられるような暗さではない。こっちとは異質で、別の世界のようなところ。
この塔に襲来してくる蛮族たちの村なんかが、その森の奥のどこかにあるのだろう。彼らとはまた別の蛮族だって棲んでいるのかもしれない。
それどころか、我々とは形が違う生き物だって生きているのかもしれない。その果てに何が存在しているのか知る者は誰もいない巨大な謎。
この塔も不気味なところだ。初めてここに足を踏み入れたときは、本当に恐くて仕方なかったものである。
しかし今ではもう随分と馴れたというか、もはやここは私の第二の住処。夜中の塔を独りで歩き回ることだって出来る。
しかし夜の森は絶対に無理。
夜中の森に足を踏み入れたくないのは、何となく不気味だとか、恐そうだからとか、そのようなことが理由ではない。
もしかしたら生きて帰れなくなるかもしれないから、足を踏み入れないのだ。
森は悪の住処。あらゆる悪がここから現れて、帰ってゆく場所。
などという共通理解があるわけではないが、この森の近くの塔で生活するようになって、私はそんなことを考えるようになっていた。
そのような悪の森の、ほんの一部でしかないが、そこを切り開いて、我々が生息出来る安全な地帯に変えることは、何も悪いことではないだろう。
それは闇を成敗するのと同じようなもの。多分、きっと。




