第一章 9)押し寄せる客たち
「客だって? この人たち全てが?」
中央のホールにいる溢れんばかり人たちを私が改めて眺める。「も、目的は?」
「塔の主に会いたいそうだけど」
「そ、そうか・・・」
私はこのときになって、プラーヌスの言葉を思い出した。「いずれ、この塔に驚くべき数の客がやってくるかもしれない」プラーヌスは確かにそう言っていたのである。
それを聞いたときは、こんな僻地にまで客が来るわけないんじゃないかって、私はその言葉を軽く聞き流していたのであるが、しかしまさに彼の言った通りの事態が実際に起きているようなのである。
「どうしようか、ボス?」
アビュも不安そうにしていた。
「うむ、プラーヌスの客だから、勝手に追い返すわけにはいかないだろう・・・」
だからといってこれだけの数の客たちに、塔の中を勝手にうろうろされても困る。このままプラーヌスが起きてくるまで、放っておくわけにもいかない。
しかも朝早くに到着した客も大勢いるようだ。誰もが待ち疲れた様子で、その疲れが不満となって、どことなく殺気立った空気が醸成されつつあった。
何とかしてこの混乱状態を収める必要があるだろう。
しかしこれだけの大勢の客を捌く自信が私にはなかった。むしろ下手なことをして、混乱に拍車をかけてしまいそうな気がする。
「アビュ、君ならどうする?」
私はすがるような思いでアビュに尋ねた。
「え? 私に聞かれても困るよ。この塔に、知らない人たちがこんなに訪ねてきたのは初めてだし」
「う、うん、そうだよな・・・」
「ちょっと、シャグランだっけ?」
そのとき耳の傍でそんな大声が響き渡ってきた。
振り向くと、あの少女が立っていた。アリューシアだ。昨日と同様、その背後に執事や侍女を引き連れている。
彼女は胸を傲然と張り、腕組みをしていて、顔つきも口調も険しい。明らかに、何かに腹を立てているようであった。
こんな異常事態が起きているときに、彼女の相手をしなくてはいけないのか。
私は思わず舌打ちをしそうになるが、さすがにぐっと我慢して、平静を装い朝の挨拶を返す。
「お、おはよう、アリューシア」
「もうお腹ぺこぺこなんだけど。この塔は客に食事も出さないのかしら?」
アリューシアは腕組したまま言ってきた。
「食事?」
ああ、すっかり忘れていた。彼ら貴族だって、何も食べなければ腹が空くのだ。しかしこんなに忙しいときに、彼の空腹など知ったことではない。
「これは申し訳ない。すぐに料理人に用意させるよ。しばらく部屋で待っていてくれ。召使たちに部屋まで持って行かせるから」
とはいえ、客に食事すら出さないようなホストは最悪だ。私はアビュに合図を送る。
アビュは私の合図に軽く頷き、小さく華奢な身体をさっと浮かせ、すぐに厨房に向かって走り出そうとする。
「その必要はないわ」
しかしアリューシアがアビュを遮った。「料理人なら、街で一番の者を連れてきているから。自分たちで食べる料理は自分たちで作る。それがうちの主義なの」
「は、はあ・・・」
「だから食材と厨房を貸してくれれば、それでいいわけよ」
別にね、この塔の料理が美味しいわけがない。そう決めつけて、自分たちの料理人を連れてきたわけじゃないのよ。長い滞在になりそうだから、出来るだけプラーヌス様の負担にならないようにと思っただけ。
アリューシアは別に聞いてもいないのに、言い訳するようにそう言ってくる。
「っていうか、どうしてわざわざ、そんなことまで頼まなければいけないのよ! 私たちは客なんだから、あんたたちのほうから、この塔での食事はどうするのか聞くのが常識じゃないかしら?」
「わ、わかったわかった、それはすまなかったと思う。じゃあアビュ、厨房まで案内してくれ」
私は彼女たちをさっさと追い払うため、アビュにそれだけ言ってそっぽを向く。
しかし料理人まで帯同させているとは驚きである。この一行は、本気でこの塔に住み込むつもりでやってきたようだ。
この様子では簡単に諦めて帰るなんてことはないに違いない。逆に言えば、アリューシアの覚悟のようなものすら感じる。
とはいえ、あのアリューシアの要望がこの程度で済んで良かった。厨房や食材を提供するくらいはお安い御用だ。
思ったよりもアリューシアを簡単に厄介払い出来て、私は一安心する。
「それはそれとして、この塔はいつもこのように賑やかなの?」
しかし私の前から去ろうとしていたアリューシアであったが、ふと足を止めて、そんなことを尋ねてきた。
「え? いいや、色々と面倒なことが起きているんだよ」
私はアリューシアの言葉で、改めてこの光景にうんざりしてしまった。
本当に信じられないくらいの人数の客が、この塔に押し寄せてきているのだ。