第五章 13)プラーヌスの野望
「頭が痛い。今にもザクロのように割れそうだ」
プラーヌスが謁見の間にやって来た。ひどく不機嫌だった。近づいたら殺されてしまいそうなくらい。
私はプラーヌスの表情を伺って、今朝、アビュが報告してきたことが本当に起こっていたか見い出そうと思っていたのであるが、そんなこと不可能なようである。彼の表情には苦痛しか見い出せない。
「今日はもう」
「いや、そろそろ薬が効いてくるはずだ。正確に言うと、ザクロのように割れそうなくらいに痛かったが、今はずいぶん収まった」
「ああ」
「こういう日には本当に思い知らされる。魔族たちが信じられないくらいに公平だってことをね。秤が一方の側に傾こうとすれば、反対側の秤にも重りが載せられ、結局釣り合いが取れてしまう」
私が首を傾げると、相変わらず鈍い奴だと言わんばかりに、プラーヌスは少し苛立ちながら早口で付け足す。
「山が高ければ谷も深い。魔法の力が強ければ、それだけ犠牲も大きいということさ。魔族たちが押し付けてくる絶対の摂理から逃れられた魔法使いは、きっとどこにも存在していない」
「それがその頭痛ってこと?」
「そう。この苦しみと引き換えに、この素晴らしい塔を手に入れた。それは充分な報酬だと言いたいところだけど、この凄まじい頭痛に見合うのか疑問に思う。特に発作の最中は。いや、到底満足出来ないさ。そもそも、塔の主になることが野望の終点じゃないからね。その塔の恩恵を使ってこの人生で何が出来るか、そっちのほうが重要だ。僕の野望はこの世界を支配することだ」
プラーヌスは頭の痛みに顔をしかめながら、吐き捨てるように言った。
「はあ、何だって?」
世界を支配するだって?
プラーヌスからそのようなセリフ、初めて聞いた。
自分の軍隊を創設したい。あらゆる優れた人材をこの塔に呼び寄せたい、そんなうわ言は聞いたことがあるけれど、世界を支配なんて言葉は初耳だ。
そしてそれはあまりに幼稚で恥ずかしいセリフ。それより何より、プラーヌスに似つかわしくない考え。
「ど、どういうことだよ、それ。何かの冗談かい」
もしかしたら、あまりに酷い頭痛のせいで、彼はどうにかなってしまったのかもしれない。
「今、僕たちは王の遣いを待っている。その先触れとして、王の遣いの遣いが来たのが三日前だ。王の遣いが数日中に到着するので心して待つように。彼はそう言ってきた」
そうだった。三日前、私たちは今まさに長い旅に出ようとしていた。その足止めをしたのが、王の遣いが到着するかもしれないという報せ。
王の遣いの遣いの到着がほんの少しでも遅ければ、我々は今頃ルーティアにいたはず。アリューシアにもカルファルにも、まだ会っていなかったわけだ。
「王の遣いはすぐにもやってくるであろう。もしかしたら今夜か明日にでも。しかし到着したからといって、もはや旅に出られる状況ではなさそうだ。ルーティア行きはしばらく延期だね」
「ああ」
「しかし思うのさ。どうしてこの僕が、そんな奴を待たなければいけなかったのかってね。相手はたかが王だ。しかもその使者」
たかだ王とは。何という大それた言葉。
しかし実のところ、私も意外に思ったことは事実なのである。王の遣いが来たという報せで、あのプラーヌスが旅を取り止めたこと。彼も王には気遣いを見せるということに。
プラーヌスならば、王の遣いなど知ったことかと言い放つものだと思っていたのに。
「まあ、たかが王とはいえ、この塔も王国の領土内にあることは事実。王の遣いは承認状のようなものを持ってくるだろう、僕をこの塔の主として認めると書かれたね。その代わり月々の上納金を要求してくる。税のようなものさ。僕も黙ってそれを支払う。無駄に王の軍隊と事をかまえたくないからね。食料だって街から仕入れているんだ。その気になれば、王は僕たちに食料を売るなという触れを、全ての商人に徹底することも可能だ。そんなことになれば食料の調達は更に困難になる。国境を越えて、違う王の統治下にまで行かなければ、食料調達が不可能になるかもしれない。王はそれだけの力を持っている。僕が気遣いを見せるのも当然なわけだけど」
しかしね、そんなことをするのが何だか嫌になってきてね。誰かに気を遣う。それが本当に不愉快なんだ。
プラーヌスは言った。
「誰に対しても、少しの配慮もすることなく、好き勝手に振舞うために魔法使いになったのに。その気になれば王を殺すことも簡単だよ、この僕ならね」
王の首を、ザクロの実をもぎ取るように簡単に、スパッと切り取ることが出来る。プラーヌスは椅子から身を乗り出し、大袈裟な手振りを見せた。
「何なら、この頭痛が収まったらすぐ、王を殺しに行こうかと思っているんだけど」
「プ、プラーヌス?」
「しかしやらない。王が死ねば王国は混乱し、街に盗賊団が跋扈し始める。そうなれば食料の調達だって難しくなる。王の代わりを勤めようと思えば、魔法だけじゃ無理なんだ。大勢の役人たちと、軍隊が必要だよ。今の僕にはそんな力はない」
「ってことは結局、王の使者を丁重に迎えて、王に税を納めるというわけだね」
「ああ、一先ずはね。王を虚仮にするためには、王を凌ぐ力を持たなければいけない。国の秩序を維持するための統治力だ。魔法だけでは国を統治することは出来ない。しかし魔法は権力への近道でもある。その力を手にしたのち、王を殺し、国を乗っ取って、そして世界征服へ」
プラーヌスは本気で言っているのだろうか。それとも激しい頭痛で苛々しているせいで、これほどに乱暴なことを言い放っているのだろうか。
プラーヌスの本心は掴みにくい。しかし「世界征服」と口にしているとき、彼の表情が何やらニヤニヤと楽しそうに輝いていることは事実。




