第五章 6)恋愛哲学
アリューシアとシュショテが向かい合わせに座り、熱心に会話を交わしている。
二人のその姿を遠目から、私とカルファルは壁にもたれて見ている。
仲の良い姉弟だ。そんなふうには少しも見えないが、ケンカしているようにも見えない。
最初は尖っていたアリューシアの表情が少しずつ柔らかくなり始め、一方、おどおどしていたシュショテの表情も、輝きを帯び始めたようではある。
シュショテが何かずるいことをして、魔族との契約を成功させたとアリューシアは信じていたようであるが、その誤解も何とか解けたみたいで、とにかく魔法言語を生真面目に勉強することが一番だという見解に至ったようだ。
しかも、優しいシュショテはアリューシアの教師も引き受けてくれた。
今のところ、シュショテはアリューシアの欲しがっていたアドバイスを与えることが出来ていて、アリューシアはそれに満足している様子。
二人のそんな表情を見ていたら、もしかしたら彼女の望みは叶えられるのではないだろうか、あの困難な課題をも乗り切れるのではないだろうか、そう思いたくなってくる。
しかしカルファルの意見は違うようだ。
彼は私の前向きな意見を摘み取るように、いつもの気だるそうな口調で言ってきた。
「まあ、この四日間、気が済むまで頑張ればいい。自分の才能と向き合い、完全燃焼するのさ。そして絶望して、魔法のことをすっかり忘れる。それが最も望ましい展開だろう。アリューシアにとってだけじゃない。彼女の家族、彼女の友人、彼女に関わる全ての人にとって」
「魔法を諦めるべきだと?」
「いや、魔法を諦める必要はないかもしれない。せっかくここまで学んできたんだ。自分の身丈に見合った魔法使いになればいいだけさ。プラーヌスの要求に応えることはないってことだよ」
「しかしアリューシアの求めているものは、魔法じゃない。プラーヌスだと思う」
「ああ、それが問題だ。恋や憧れは強烈な感情だ。俺だってよく知っているよ。むしろ、お前なんかよりもずっとな」
俺がこれまでどれだけの女を愛し、どれだけの女を抱いてきたことか。お前には想像も出来ないだろうね。
カルファルは恥じることなく、そんなことを堂々と言い放ってくる。
「しかし恋なんてものはあっさり冷めるものだ。いずれ花が枯れるのと同じで、恋のトキメキにも限りがある。ある期間が過ぎると、あれだけ求めていた対象にすっかり厭きるのさ。アリューシアもいずれプラーヌスに厭きるだろう」
「はあ、そうかもしれないね」
カルファルの言葉なんて素直に認めたくはないが、彼の言うとおりなのかもしれない。
これはきっと、アリューシアの最初の恋だったに違いない。彼女は人生で最初のトキメキに浮かれ過ぎるほど浮かれているのだ。
「それなのに、プラーヌスに認められるために、あいつは無茶なことをやるかもしれない。そんなことをすれば恋が冷めたとき、とてつもない後悔をすることだろう」
魔法は、人生を捧げて、追い続けるに足る対象だ。しかし人を追いかけてはいけない。
人間に、そのような価値はないさ。
カルファルは言った。
「そ、そうかな。そこまで言い切るのは極端過ぎると思うけど。誰か愛する人を見つけて、同じ時間を過ごすのは素晴らしいことじゃないか」
「ああ、素晴らしいことだ。それは否定しない。しかし愛はいずれ冷めるんだ。人は変わるんだよ。アリューシアのプラーヌスへの想いも変わる」
「ああ、そこは同意出来るんだけど」
しかしカルファルの言葉に違和感を覚えないわけにはいかなかった。
私はその原因にすぐに思い至った。「そういえば君は魔法を諦めて、人と共に生きることを選んだじゃなかったのか?」
カルファルは魔法に全ての情熱を捧げるのを辞めたらしい。その代わり、たくさんの女性と生きることを選んだのだ。
実際、彼には七人の愛人がいる。先程のカルファルの言葉は、そんな生活を選んだ男が言うセリフだろうか。説得力が少しもないではないか。
「お前も馬鹿だな」
私はカルファルの矛盾を突いたつもりであったが、彼は少しも慌てることなく言い返してきた。
「俺が魔法を捨てて選んだのは、一人の女じゃない。七人だ、七人。七人の女は、もはや人ではない」
「はあ?」
「俺は特別な誰かを選んだじゃない。『女』を選んだんだよ。『女』という観念だ。それは一生を捧げるに値する」
カルファルは少しも悪びれるふうもなくそう言い放ってきた。
「すなわち、実際は誰も愛してないってことかい?」
「違う、ものわかりが悪い奴だな。七人全員、同じくらい愛しているってことだ。まあ、確かに好きの度合いは違うかもしれない。順位付けだって可能だ。しかし俺は誰も捨てやしない。向こうが俺を捨てない限り」
「そ、そうなんだ」
よくわからない理屈だ。しかしカルファルは少しの迷いもなく言い切ってくる。
「おい、俺のことはどうでもいい。アリューシアのことだ」
私が腑に落ちない表情をし続けていると、カルファルが話しの本筋を自分で戻し出した。
「ああ、うん、そうだよ。君の恋愛哲学なんてどうでもいい」




