第五章 1)西の塔の扉の鍵
プラーヌスは朝と夜にしか食事をしないようだ。
一日に二食。それが彼の習慣。
夕食は中央の塔にある応接の間で一緒に摂る。
彼と一緒に食事をしているお陰で、私も大変に豪勢な食事にありつけている。
これまでの生活ではありえなかったレベルである。美味しい夕食を食べているとき、彼の友人で本当に良かったと心の底から思える。
朝食は自分の部屋で食べているようだ。
朝食といっても、プラーヌスが起きてくる時間は夕暮れ前、塔の住人たちの昼食よりも遅い時間。
彼の朝食は係りの者が、プラーヌスの部屋の近くまで持って行かなければいけない。
ただ単に、朝食を部屋の近くまで持って行くなのに、何かと面倒な手続きが必要らしい。
朝食を運んで行く係り、まあ、その係りの者というのはアビュなのだけど、いつもの決まった時間、厨房で出来上がった食事をトレイに載せて、西の塔へ向かう。
西の回廊への扉には鍵がかかっている。門番などはいないが、特別に頑丈な魔法によって施錠されている。
まずアビュはそこで、その魔法の鍵を開けるため、暗号を書き込む必要があるのだ。
扉の横に腰くらいまでの高さの台座があり、そこに手鏡サイズの黒い石盤が載せられていて、その石盤に性格な数字を書かなければ鍵は開かないという仕組み。
まあ、暗号といっても簡単な数式である。五桁くらいの積算や減算の式を解き、正解ならば扉が開く。
簡単な数式とはいえ、この塔で働く多くの召使たちに解くことは無理だろう。この扉は、そのような召使たちを立ち入らせないためだけの扉。
もちろん、毎日違う問題が出てくるからアビュも大変のよう。しかし落ち着いて解けば、彼女ならば出来ない問題ではない。
数式を解き、更にプラーヌスから預かっている鍵を使い、扉を開く。
そしてホールの扉を通り、西の回廊を渡る。薄暗い石畳の長い回廊を渡れば西の塔に到着だ。
西の回廊と西の塔の間にも扉がある。そこにも当然鍵がかかっていて、さっきの扉の前と同じような台座があり、手鏡サイズの黒い石盤が設置されている。
「その扉を開けるのは、更に面倒なの。毎朝、この水晶玉にね、主からキーワードが送られてきて、それを扉の前の石盤に書き込まないといけないわけ」
アビュはプラーヌスから水晶玉を預かっている。それは彼女が所有するたった一つの魔法のガジェットなので、けっこう気に入っているようだけど、その仕事自体は本当に手間がかかるようだ。
「キーワードは意味のない数字とアルファベットの羅列。いつも決まった時間に送られてくるんだけど、流れ星みたいにすぐに消えちゃうから、一瞬でパッと覚えないといけないし、そのキーワードが送られてくるまで、ずっと水晶玉の前から離れられないし、本当に大変なんだから」
そのキーワードを見落として、扉の奥にまで朝食を持っていけなくて、こっぴどく怒られてしまったことがあるらしい。
それ以来、アビュはプラーヌスのことが苦手になってしまったようだ。
「あのときは本当に恐かった。もうこの塔を出ていこうと思ったくらい・・・」
プラーヌスは魔法使いなのだから、厨房でもどこでも一瞬で移動出来るはずだ。
だから、朝食くらい自分で取りに来ればいいのだけど、しかしこの程度のことで魔法を使うのは嫌らしい。
とはいえ、自分のテリトリーに無暗に人を入れたくない。戸締りは頑丈にしておきたい。
だからこれほど面倒な手続きを施してまでアビュに持って来させているわけなのだけど、その要求に応えなければいけない彼女は本当に大変である。
さて、そのキーワードを石盤に書き込んで、扉を開けることが出来れば、その向こうが西の塔だ。
プラーヌスの部屋はその扉のある回廊の一つ上。
階段を上がって、更にまた長い廊下があり、その奥に彼の寝室兼書斎がある。
その廊下の中ほどにも扉が設置されている。牢獄にあるような鉄柵の扉だ。
その鉄柵の扉が通路に立ちはだかっていて、もちろん、そこにも頑丈な魔法の鍵がかかっている。
そして、その扉の前にも台座がある。
しかしその台座は運んできた朝食を置くための台である。
というわけで、これでようやくアビュの仕事は完了。この扉の鍵を開ける必要はないわけである。
「でさ、さっきね、その食事を持って行ったんだけど・・・」
とアビュは声をひそめる。「さっき本当にびっくりするようなことがあったの・・・」




