第四章 12)アリューシアの章
魔法使いはしなやかな足取りで森のほうへと歩いてゆく。
何という美しい歩き方だろうかと感動していたアリューシアであったが、このままでは置いていかれるのではないかと思い、まだふらつく足取りでそのあとを追う。
「アランだっけ? いずれ君の兄が迎えに来るだろう。それまでその小屋で君を監禁する」
魔法使いが少しだけ振り返り、そう声を掛けてきた。
「は、はい、ありがとうございます!」
アリューシアは感動の声を上げる。監禁という言葉がアリューシアをワクワクさせたのだ。
魔法使いはその反応に肩をすくめる。
「その小屋はあの屋敷のように広くもない。ふかふかのベッドもない。君の世話をする侍女もいない。水が飲みたければ、自分で小川まで汲みに行かなければ行けない」
「喜んで、プラーヌス様の分のお水も運びます」
アリューシアの心は今、喜びに張り裂けんばかりであった。あの憧れの魔法使いとこうして会話を交わしている。それどころか、どうやらこれから彼と一緒に狭い小屋の中で暮らすらしい。
最高ではないか。全ての夢が叶おうとしている。
「うむ、やはり君を人質に選んで正解だったね。これ程、従順な人質は、なかなかいないだろう。小屋でも大人しくしているんだよ」
「はい!」
「僕は街に戻って、君の兄さんたちと話し合いをしてくる」
「え?」
アリューシアは立ち止まって、彼の言葉の意味を噛み砕いて理解しようとする。そこは丁度、野原と森の境界線の辺り。木立ちが影となってアリューシアの表情を曇らせる。
「狼が出る。賊も出没するかもしれない。水を汲む以外、あまり外に出歩かないほうがいい」
「え?」
「見えるかな? あの小屋だよ。まっすぐ進めばすぐに着く。食料も多少蓄えている。二、三日で話しはまとまるはずだ。じゃあね」
すると魔法使いはまたあの美しいきらめきを発して、アリューシアの前から消えた。アリューシアは呆然として、膝から崩れ落ちる。
これから二人きりで楽しい時間を送ることが出来ると思っていたのに。アリューシアはどうやら、何か大きな勘違いをしていたようだ。
彼女は魔法使いが言った言葉を記憶の中から引っ張り出し、今、自分がどういう状況にいるのか、必死に頭を巡らす。
監禁、人質、小屋、交渉、狼。どれ一つとして聞こえの良い響きはない。そして実際、自分は独りきり。
(騙された!)
アリューシアは頭を抱える。しかしそれ以上に、まだあの魔法使いを信じたい気持ちのほうが強くて、その不安を打ち消そうとする感情の波もまた激しい。
きっとすぐにあの魔法使いは自分のところに戻ってくれるはず。
呆然自失のまま、どれくらいの時間が経っただろうか。気がつくとアリューシアの周りを、涎を垂らした狼の群れが集まってきていた。
アリューシアは危険な獣たちが好む香ばしい匂いでも発しているのか、それともこの森にはそれほどに多くの危険な狼たちがウヨウヨしているのか、あるいはとてつもない不運な星が巡っていたのか、いずれにしろ、突然降って沸いた命の危機に、アリューシアは声も出ない。




