第四章 11)アリューシアの章
(ああ、魔法の何という美しさ)
魔法使いが宝石を取り出し、それを指先で弾くと、鉄のように硬いはずの宝石が粉々に砕けて、その破片がキラキラと光の中に散乱した。
そしてどこからか、青白い光が炸裂する。魔法使いに腕を掴まれながら、アリューシアはその光景をうっとり眺めている。
窓の外から、大蛇のように太い風が吹き込んできた。見慣れた模様のカーテンが裏返る。
魔法使いの銀色の髪と、アリューシアの麻色の髪が同じ方向になびいた。
その強い風とは何の関係もなく、アリューシアの身体がふわりと浮かび上がる。
自分の身体から、魂か精神かがフワッと抜き出たような感触を感じるが、そんなことは錯覚だということも同時に認識する。
部屋の天井が近づいてくる。それに直撃するかと思われた寸前、天井は消え、魔法使いとアリューシアの身体は宙の上。
見下ろすと部屋も屋敷も庭も消えうせていて、黒い夜の闇しか見えない。
キャーと言いながら、アリューシアは魔法使いの身体にしがみついた。
いや、それと同じくらいの力で、魔法使いがアリューシアの身体を抱き寄せてくれている。
(いったい何が起きているのだろう。こんな奇跡が起きるなんて)
さっきから何度も同じ感想を抱いているが、アリューシアはまた改めてそんなことを思う。
自分のすぐ傍で、あの人が呼吸しているのだ。彼の息遣い、その暖かさを感じる。
もう諦めかけていたとき、魔法使いのほうからアリューシアを求めてきた。
(求めてきただって・・・)
アリューシアは自分で選んだ言葉にうっとりとしてしまう。
でも事実、私は求められたのだと彼女は思う。きっと、これまでずっとアリューシアが、彼に熱い視線を送り続けていたことが功を奏したのだ。
その決断を下されたのはいつなのか知らないが、魔法使いはアリューシアを自分のものにしようと決めたのである。その結果、アリューシアは奪われてしまった。
確かにこれはあまりに乱暴な手段で、他の男がこのような行為に出ようものならば、決して許しはしないけれど。しかし私たちは相思相愛なのだから問題なし。
(このまま、どこまでも着いていこう。さよなら、パパとママ)
ふわりふわりと浮かんでいた身体が、今度は急降下していく。
濃淡の異なる暗闇が次々と迫ってきて、やがて闇自体がパッと立ち消え、短い雑草と乾いた土で出来た平らな地面が視界に広がる。
「うわ」と声を上げると共に、アリューシアは地面に手を突く。
「到着だよ」
魔法使いの声が聞こえる。返事をしようと思うけど、船酔いをしたかのように気持ち悪い。
視界が凄まじい勢いで回転していて、それがなかなか止まらないのだ。
そのせいで立ち上がることも出来ない。それどころか気持ちが悪すぎて、胃の中を全て戻してしまいそうだ。
しかしそれだけは絶対に我慢しなければいけない。だってあの人が見ているのだから。
「我慢しないほうが良い。吐いたほうが楽になるはずだ」
その言葉に甘えたわけではなかった。限界まで我慢をしたのだけど耐え切れず、アリューシアは吐いてしまっただけだ。
アリューシアは吐きながら涙を流した。せっかく愛されかけていたのに、これでまた嫌われてしまうかもしれない。
しかし何という大量の汚物が口から溢れてくるのだろう。
砂は乾いていて堅そうで、掘れそうにない。そんなことを試みたら、爪も割れて血が流れてきそうだ。それならば上着服を脱いで、それで汚物を隠したほうがまだまし。上着は汚れてしまうが、それ以外に方法はない。
「瞬間移動の魔法だ。馴れない者には辛い。仕方ないさ」
魔法使いの優しい声が降り落ちてきた。「すぐそこに小川がある。そこで口をそそげばいい」
「は、はい、ありがとうございます、でもどうして、そんなに優しいのですか?」
「何だって? 僕が優しいだって?」
君は人質になったんだぜ。もしかしたら生きて帰ることは出来ないかもしれない。
魔法使いは少し驚いた表情で言った。
いや、実際のところ、彼は驚いたのではなくて、アリューシアのそのような反応をある程度予想しながら、彼女の想いなど知らないという演技をしただけなのかもしれないが。
「はい。もうあの屋敷に帰りたくありません」
しかしアリューシアは彼の言葉を聞いていない。
いくつかのフレーズだけに反応し、そう返した。
「私、プラーヌス様にどこまでついていきます!」




