第四章 9)アリューシアの章
「アリューシアだっけ?」
「え? ああ、はい」
ゆっくりとしたペースでしか開かれなかった扉が、一気に開け放たれた。
そして天上に黒い太陽が出現したかのように、あの魔法使いがアリューシアの世界に出現した。
アリューシアは魔法使いの姿を仰ぎ見る。いつも遠くから見ていた男性である。それが今、手を伸ばせば届く距離に立っている。
間近で見ても、その美は損なわれることはなく、アリューシアの憧れのままであった。
あれだけ憧れていた美しさが、距離感の作り出した幻ではなかったことが嬉しく思えたりする。
しかし彼は黒い太陽だ。あまりに眩し過ぎるせいか、あまりにも深い暗さのせいか、彼女は彼の姿をまともに見ることは出来ない。
とはいえ彼を見ないでいることは本当に勿体無いことなので、アリューシアは適当に視線をさまよわせながら、その美を盗み見る。
一方、侍女のラダは恐怖で凍りついていた。
男性の客がお嬢様の部屋に闖入してきたのだから、「何の御用でしょうか?」と叱責するのが彼女の仕事のはずだ。
しかしラダは死の予感に苛まれているかのように震えていた。
「悪いけど、君をさらう」
ベッドの上のアリューシアを見て、魔法使いが言った。
その視線を前に、アリューシアはシーツを手繰り寄せ、それを盾のように使って、自分の身体を隠そうとする。
シーツは充分な長さなので、彼女の足先から顎まで、皺のよった白で覆われる。
別に裸でもなく、薄着でもなく、彼の視線に嫌悪を抱いたわけでもないのだけど、彼女は知らないうちにそのような行動に出ている。
それはきっと自然の演技。いわゆる媚態。
「どういうことですか? さらうって・・・」
憧れの魔法使いを前にして、緊張で口元は震えていたが、基本的にお喋りなアリューシアは、自分でも驚くくらい自然と言葉がつらつら出てきた。
「もしかして、私をどこかに連れて行くというのですか? や、やめて下さい。わ、私、まだ子供で、いきなりそのようなことを言われても、本当に困ります・・・」
魔法使いは、アリューシアの思惑や感情の動きになど一切興味がないのか、あるいはむしろ完全に彼女の気持ちを把握して、それを嘘だと見抜いたのか、躊躇なくアリューシアの身体に手を伸ばした。
白いシーツをはぎ、アリューシアの細い腕を掴み、自分の胸元に抱き寄せる。
アリューシアの胸が激しく震える。しかし魔法使いの胸板にぶつかり、その震えが止まる。
え? 何が起きようとしているの?
(自分はこの人に、いったい何をされてしまうのだろうか?)
アリューシアは自分の小さな乳房が、彼の身体に触れている感触を感じながらそんなことを思う。
もちろん、恐怖を感じないわけではなかった。しかしそれ以上の興奮と、快楽の予感が身体の中心を貫く。
端的に言えば、彼になら殺されてもいいと思っているのだ。




