第一章 7)貴族
この巨大な塔に、部屋は余るほどにあって、特に東の塔には空き室が並んでいる。私はそこにアリューシアたち一行を案内する。
とはいえ、部屋はたくさんあるのだけど、ベッドやテーブルまできちんと用意してある部屋はまだ少なかった。
またアリューシアに文句を言われるのだろうと覚悟しながらそのことを告げると、むしろ彼女は私を不思議そうに見つめながら言ってくる。
「ベッドも枕もタンスも、全てお屋敷から運んできたわ。必要なのは快適な部屋だけよ。だからこの塔で最も日当たりが良くて、風通しの良い部屋にしてね。出来れば、プラーヌス様のお部屋の近くで」
「そうなんだ、それは安心したよ」
ベッドもタンスも持ってくるなんて、ほとんど移住してきたようなものではないかと思わなくもなかったが、しかしネチネチと嫌みを言われるよりもマシだ。
「でも、プラーヌスの部屋の近くは無理だよ」
私は言う。
「どうしてよ?」
「どうしてだって? プラーヌスの性格を知っているのなら、そんなこと説明するまでもないって思うけど」
少し嫌みな口調でそう言ってやると、アリューシアは言い訳するように早口になった。
「そ、そうよね、プラーヌス様は魔法の研究で忙しいもんね。近くに人がいれば気が散るわ。いくら私でも」
「そうだよ、本気でプラーヌスから魔法の教えを請いたいのならば、彼を怒らせないことが第一だ」
この少女の弟子入り志願を応援するつもりはないのだけど、私は多少、アドバイスめいたことを言ってやる。
むしろ、もっと無礼を働くがままにして、プラーヌスを本気で怒らせて、さっさと追い出したほうが面倒は少なくて済むかもしれないとも思う。
しかしこのような珍しい客を、冷たくあしらうのも気が引ける。
「はっきり言うけど、このままでは君は、恐らくプラーヌスに話しも聞いてもらえないで、追い出される可能性が高い」
「あなたはプラーヌス様の友人なんでしょ? 口添えをして欲しいのだけど」
私の腰ほどの身長しかないアリューシアは、私を見上げているくせに、それはもう横柄な口調で言ってくる。
「いや、僕の意見など、彼が聞くわけがないよ」
「もし上手く口添えしてくれたら、ご褒美に金貨をあげるけど」
「いらないよ、そんなもの!」
馬鹿にするのも好い加減にするのだ。だから貴族というのは!
彼らは金や権力で、人の心をどうにでも操られると思っているに違いない。
私がアリューシアに向かって少し声を荒げると、それを見咎めてだろう、召使いたちが威圧するかのように私を取り囲んできた。
お嬢様の有難い言葉をどうして喜んで受け止めないんだ! そんな表情で私を睨んでくるのだ。
私は彼らの迫力にたじろぎながら咳払いする。
「と、とにかく、もう一度、プラーヌスと会えるようには取り計らう。だから、あまり勝手に塔の中を歩き回らないで欲しい。今度、どっかの部屋に勝手に入りでもしたら、そのときは君たちが、魔法でどこかに飛ばされる番だろう」
召使いたちの迫力にたじろぎながらも、しかし毅然とした態度で言い渡す。
「いいわ、その程度の約束はお安い御用よ」
アリューシアが頷くのを見て、召使いたちも素直にその動作に倣った。
「私が探しているのはプラーヌス様のお姿だけだから。それ以外の物を漁るため、この塔をうろうろしたりしないわ、当然よ」
よし、約束だぞ。
私はアリューシア一行を客室に案内した。アリューシアだけでなく、侍女や召使いまでもが個室を要求してきたから、それにも応えてやった。
外の馬車に積まれている家具や荷物も、それぞれの部屋に運び込んだ。
さすがに名門貴族のボーアホーブ家の持ち物である。荷物は本当に多く、かつ高価そうなもので溢れていた。余りにも荷物が多くて、私たちの塔の召使いたちにも手伝わせなければいけないほどだった。
それを全て運び込むのは夜遅くまでかかったが、とにかく全ての作業は無事終了した。
この夜は、もうこれ以上の面倒事は起きなかった。長旅の疲れからか、アリューシアたちは静かに部屋で過ごしたようだ。
しかし本当の地獄が始まったのは、次の日からだった。
アリューシア一行の我儘がエスカレートするからではない。
プラーヌスの言った通り、本当に驚くべき数の客が、この塔に殺到してきたからだ。