第三章 25)八人目の女
「どれだけの勝算があったんだい?」
カルファルはその中年の男への尋問を続ける。
「そんなものない。俺は死にたかったんだ。生きるのが嫌になったから」
さっきまでと同じように、男は投げやりな表情で答える。
「なるほど、勝算皆無で勝負に挑んだ自殺志願者か。自分の実力をわきまえられない魔法使いも多いが、そういう愚かな魔法使いだって多い。これからもこの塔に続々と、そんな魔法使いが現れるはずだぜ、シャグラン」
「は、はあ」
「イチイチそいつらの相手をしてやらなければいけないなんて、塔の主になるのも大変なことだ。まあ、プラーヌスはそれくらい承知しているだろうけどな」
カルファルはまだ何か言いたげに、その男を見つめる。
しかし男のほうは一切、こちらに関心を示さない。それは本当に生きている死人のような表情。
そんな男と会話するのが本当に嫌になったのか、さっきは私を引き止めたカルファルが、さっさと部屋を出て行く。
「腹が減った。食事にしようぜ、シャグラン」
カルファルが言ってくる。
「食事だって?」
私もこの男にこれ以上尋ねることはない。カルファルに遅れて一緒に部屋を出るが、彼の発した言葉には引っ掛かった。
「ああ、そうだ。塩や胡椒で味付けされた肉や魚などを喰う、あれさ。面倒だが、生きるためには必要な営みだ」
別に歓迎されている客でもないカルファルの食事を、どうして用意してやらなければいけないのか、私はそんな気持ちになる。
とはいえ、カルファルだって生きている。腹が減るのは当たり前だ。それに短い時間だが、この男とはけっこう会話を交わした。
何だか、今朝出会ったばかりとは思えなかった。もちろん友人とは言えないが、顔馴染みの知己のような親しさは感じている。食事くらい提供してやっても構わないだろう。
取っ付きにくい色男のような雰囲気で、最初は苦手な男だと思ったが、案外、明け透けな話し方をする。二人きりで居ても居心地の悪さがない。
はっきり言って、最初に感じた悪印象は引っくり返っていた。
彼がプラーヌスに嫌われていなければ、私はこの男を普通に歓迎しているところであったろう。
「わかった、塔に食堂があるから、そこに夕食を準備させるよ」
「食堂だって? 何だよ、そこは?」
「ここで働いているみんなが食事しているところさ。北の塔にある。誰かに案内させる」
「おいおい、もしかして召使たちと一緒に食べろと言っているんじゃないだろうな」
「い、いや、そうだけど、駄目かな?」
「呆れて言葉が出ないぜ。俺を誰だと思っているんだ? あのカルファルだぞ。それにな、俺には七人の女がいる。彼女たちの分も当然用意して欲しい。中には貴族の子女もいる。召使いの前で食事なんてさせられるわけがないだろ」
「七人ですって?」
アリューシアが驚きの声を上げた。
当然、彼女も私たちと共に医務室を出ている。そして私の後をついて歩いてきていた。
「奥さんが七人ってこと?」
「若い癖に物分りのいい奴だ。神の前で妻にすることを誓ったわけではないが、いわば、そういうことだよ、八人目の女を探して旅をしている。飛び切りの美女をね」
「け、汚らわしい。金輪際、私に近づいてこないで!」
「お前には近づくつもりはないよ。お前なんかより、俺はお前の後ろにいる、あの女性のほうが好みだしな」
カルファルはそっちに視線を向けることはなかったが、リーズのことを言ったのは間違いないだろう。
侍女のリーズはアリューシアの三歩ほど後ろをゆっくりと歩いている。別に大切な主を見守るためではなくて、仕事に疲れてきて、歩く歩調が鈍っているからだ。
自分が話題になったことを知って、リーズが居心地の悪そうな表情を浮かべている。
しかし、さっきから何度かカルファルはリーズを気に入った振りをしているので、特に驚いた様子は見せない。
むしろリーズはかなり度胸が据わっている性格のようで、アリューシアを挑発するように微笑んですらいた。
「な、何ですって?」
一方、アリューシアは感情をあらわにした。
お前なんかよりも、リーズのほうがずっと魅力的だ。そうカルファルに言われたのも同然なのだから。
「本当に最悪。こういう男、大嫌い」
「そうかい。お前に嫌われようが、どうでもいいけどな。そんなことよりもシャグラン、食事の件は?」
「え? ああ」
私はこのやり取りで改めて確信した、リーズへの感心は、アリューシアの気を惹くための作戦だということを。
女性としてどちらが魅力的とかではない。
確かにリーズは女盛りの年頃で、顔立ちだって悪くない。男性にも馴れているようだ。
一方、アリューシアは子供。しかもクソ生意気な魔法使い志望。
とはいえ、彼女はボーアホーブ家の莫大な遺産のいくらかを受け継ぐ権利を有しているのである。カルファルみたいな男が、それを見逃すはずがない。
いや、むしろ彼はアリューシアを狙っている。私にはそんなふうにしか思えなかった。
だからアリューシアに対する彼の行動や言動には、全て裏がありそうなのだ。
しかしまだまだ若過ぎるほど若いアリューシアには、そのような機微を嗅ぎ取ることは出来ないようだ。
「私もお腹が空いたわ、シャグラン!」
アリューシアは本当に不興げにしている。さっきまで私の隣を歩いていたのに、私たちを振り切るように歩く速度を速めていった。「さっさと用意してよ!」
「ああ、わかったよ」
アリューシアの食事は彼女が連れてきた料理人が作ってくれるはずで、私が関わることではないが、少しでも彼女を宥めるためにそう言ってやった。




