第三章 23)美の価値観
カルファルの場合、仮面を被るというのは、表情を無くすのではなくて、偽物の表情を浮かべるということ。
それはむしろ仮面と対極にある、表情豊かな甘い笑顔。
彼は再び、人を油断させるようなニヤニヤした甘い表情を浮かべ始めた。
見ようによっては魅力的な表情だ。多くの女性たちは、もしかしたらこのような男に心を許してしまうのかもしれない。そんな感じの空気を発し始める。
「俺のことはどうだっていい。そんなことよりアリューシア、裏を読めよ。君は単純過ぎるんだな」
カルファルはその甘い表情で、唐突にそんなことを言い出す。
もしかしたら、先程の話題から逸らすためなのかもしれない。しかしさりげないその切り出し方に、不自然さはなかった。
「はい? 私が単純ですって?」
「実は君はプラーヌスに嫌がらせされているんだぜ。あいつはそういう男だ」
「いよいよ、わけのわからないことを言い始めたわね」
アリューシアは私に同意を求めてくるように、小さい顔を向けてくる。「そもそも、あなたはまだ、私の質問に答えていないんだけど?」
「いや、君はマジで傷物にされるんだよ。彼のいうことを聞いて、それなりの魔法の力を得ることが出来たとしても、君は美や健康を損なわれる。それが君の人生にとって、幸せなこととは到底思えないね」
「でもプラーヌス様は美しいじゃない」
カルファルの誘導にあっさりと引っ掛かったのか、アリューシアはそう言い返す。
「おいおい、どこがだよ? あんなに暗くて陰鬱な男はいないぜ。あいつが美しいと思えるということは、君は奴に影響されて、既に価値観は歪んでいるという証しだな」
カルファルの言っていることはデタラメばかりね。
アリューシアは同意を求めるように、そんな感じで視線を向けてきた。
私も曖昧にそれに頷き返したのだけど、しかし内心ではカルファルの言っていることがわらなくもなかった。
いや、むしろ彼の言い分に傾きかけている。
「なあ、アリューシア。少し君も考え直したほうがいいんじゃないのかな」
私は心配げな口調で彼女に声を掛けた。
「はあ? シャグランまでそんなこと言うの!」
「そこまでして、君は魔法使いにならなければいけないのか、そんな必要はないだろ? 君はけっこうな家柄の娘だ。確かにプラーヌスは面白い男だよ。彼といると退屈しない。しかし君まで、奴みたいな人生を歩むことはないさ。ここで生活していれば、とにかく彼の傍にいられるじゃないか」
「馬鹿じゃないの、二人とも。あんたたちは何もわかってないわ」
本当に、本当にうんざりしたといった表情で、アリューシアは溜息を吐いた。「何もわかってないわ」
「何がだよ?」
私とカルファルは同時に声を上げる。
「何もかも、何一つとして!」
アリューシアは声を荒げる。
「だから具体的に言ってみろよ」
カルファルが言い返す。
私もその言葉のあとに続く。
「若いときに下した決断を、君は一生後悔するかもしれないって言ってるんだ。もう少し考えるべきだよ」
「ああ、何も理解してないくせに、うるさいわね!」
そのときノックの音がして、扉が開き、小動物のようにひょこりと、その隙間からアビュが顔を出した。
「お取り込み中失礼します」
アリューシアの大きな声が扉の外にまで聞こえていたのだろう。アビュは彼女を冷やかすように見る。
「どうした?」
「あの義足のおじさんが目覚めたんだけど」
「え? 義足? 誰だよ、それ?」
「今朝、倒れていたおじさん。あの人、右足が義足だったの。ミオンおじさんが言ってたわ」
「はあ、そうだったんだ」
「義足? ということは魔法使いか?」
カルファルが尋ねてきた。
「ああ、プラーヌスを殺すために、この塔に侵入してきたらしい」
それほど重要な情報ではないが、別にカルファルに教える必要がないことである。私は言ってから少し後悔した。
「どうしようか、ボス?」
「わ、わかった、すぐに行く。その男の様子は? 暴れたり逃げたりしてないか?」
「大丈夫。基本的にベッドに大人しく寝てるから。でもときおり大声で笑い出したりして、ちょっと恐いけど」
「な、何だって? まあ、仕方ない。とにかく様子を見に行こう」




