第三章 21)部屋に呼び出されるような人間
「叩かれても仕方ない。それは坊やが悪いぜ。女性からの誘いを断るなんて最悪だよ」
カルファルは、アリューシアからの鮮やかなビンタを受け、尻餅をついていたシュショテの手を取り、身体を起こしてやろうとする。
「こいうときは後先考えず、とりあえず誘いに乗ればいいのさ」
「誘ったとかじゃないわ。うぶそうだから、騙してやろうと思っただけ!」
「だけどアリューシア。ガルディアン契約の移譲なんて簡単にいかないぜ。それにもし、この少年のその魔族を譲り受けられたとしても、君は持て余す」
この部屋に勝手に入ってきた闖入者でしかなかったカルファルが、恐るべき勢いで私たちに馴染んでいる。
しかも彼が今、何の違和感もなく、話題の中心にいる。
「なあ、坊や? 契約のときに、とてつもない犠牲を払ったんだろ?」
カルファルは少し真剣な表情になって、シュショテにそう尋ねた。
確かに魔法使いたちは巨大な魔族と契約を結ぶとき、何らかの代償を払わなければいけない。そのようなケースが多いらしい。
あのプラーヌスですら、魔族との契約の際、きっちりと代償を払った。彼が今もとてつもない頭痛に悩まされているのはそれが原因だ。
しかしその苦しみと引き換えに、とてつもなく強力な魔族とガルディアンの契約を結んだのだ。今の彼があるのはそれのお陰。
「いえ、実は何も・・・」
しかしシュショテは答える。
まだシュショテはアリューシアにビンタされた衝撃から立ち直っていないのか、ぼんやりとした表情をしていたが、その口調は明確だった。
「何だって?」とカルファルが驚く。
「本当です、魔族に対しては、何も払っていないのです」
「そんなことはありえないはずだ。あれだけ上位の魔族との契約に、何の代償も必要ないなんて」
「何かずるをしたんじゃないの? ケチでずるい。あんたは本当に最悪な男ね」
「そ、そんな」
ずっと言われぱなしだったシュショテが初めて、ムッとするような表情を浮かべた。
しかしアリューシアに、「何よ、何か文句あるの」とすごまれて、シュショテはまた逃げるように目を伏せる。
「だ、だけど実は、僕もちょっとだけ、悩みみたいなのがあることはあるんです・・・」
しかしシュショテは遠慮がちではあるが、そんなことを言い始めた。「何だか、よくわからないんですけど、それを機会に僕は、他の魔法使いに逆恨みを買ったみたいで」
「逆恨み?」
「君はアリューシア以外にも、誰かの逆恨みを買っているのかい?」
今日初めて会ったばかりであるが、どう考えても、シュショテ本人は悪い奴じゃない。
気が小さくて、何やらオドオドし過ぎる傾向はあるが、優しい性格であることは見て取れる。本当に純粋な目と、朴訥な頬をしているのだ。
「は、はい、その魔族との契約を狙っていた魔法使いさんが他にもいらしたらしくて、僕は全然知らなかったんですけど、どうやら横取りみたいな感じになってしまって・・・」
「ほう、それで」
「それでその魔法使いさんに命を狙われてまして・・・」
「はい、嘘。嘘つき、決定。私に譲りたくないから、そんなこと言ってるんでしょ? そんな見え透いた嘘で私を騙せると思ってるの? あんた馬鹿じゃないの?」
「ち、違います。本当です。でも信じてもらえないのなら、もうそれでいいです」
シュショテがついに拗ねたようだ。
その態度はそれまでのオドオドした感じではなくて、断固とした意志が籠もっていた。
「何よ、あんた」
しかしアリューシアはイラつく。「何がもういいです、よ。偉そうにしちゃって」
「プラーヌス様に呼ばれているので、もうそろそろ行きます。失礼します」
「はあ? 何よ、あんた!」
本当に生意気だわ。絶対に許さないから!
アリューシアがシュショテに向かってグッと近づき、右手を振り上げる。またもや彼の頬を殴る気だ。
しかしそのとき、シュショテの姿が消えた。アリューシアの手は空を切る。
「え? どういうこと」
アリューシアはシュショテの姿を探すように辺りを見回す。
しかしシュショテは完全に消えた。この部屋からいなくなっていた。
「そんな魔法も使えるの、あの子・・・」
アリューシアが呆然と呟いた。
「いや、ありえない、プラーヌスの仕業だろう」
カルファルが言った。「あのガキは自分が消えようとした瞬間、びっくりした表情をしていた」
「プラーヌス様?」
「ああ、奴が引っこ抜いたんだ」
「や、やっぱり凄いわ、プラーヌス様は!」
アリューシアはプラーヌスの予感を感じるだけで、不機嫌もどこかに吹き飛んでいくようだ。
生きるのが楽しくて仕方ない。そんな表情になる。
「今度は私がプラーヌス様に強引に引っ張られて、部屋に呼び出されるような人間になるわ!」
そのために、プラーヌス様が与えて下さったこの試練、何が何でも乗り越えてみせる!
アリューシアは本当に驚くような大声で、そんな独り言を発した。
私とカルファルは呆れたように顔を見合わせる。




