第一章 5)総勢九人
「ああ、プラーヌス様! ようやく再会出来たと思ったのに。どこに行ってしまわれたの!」
アリューシアという少女は、応接の間をぐるぐる歩き回りながら、声の限りに叫んでいる。「プラーヌス様! プラーヌス様! ご返事して下さい!」
プラーヌスはきっと今頃、彼は自分の部屋にいるはずだ。同時にテーブルの上のワイングラスも消えていた。彼はそれも一緒に持って帰ったようだ。
「大変よ、早く探さないと。・・・ちょっと、何を呑気に突っ立ってんのよ? あなたたちも一緒に探しなさいよ」
テーブルクラスをめくり、テーブルの下を覗き込んでいたアリューシアが、私とアビュにそう言ってくる。
「えーと、まずプラーヌスはそんなところに隠れていないと思うけど」
私は言った。
「えっ? ここには、おられない?」
「いや、もうこの部屋にいない。探しても無駄さ」
「どこか心当たりの場所があるんなら、そこに連れてってよ」
アリューシアは乱れたテーブルクロスを丁寧に直しつつも、驚くほどに居丈高な口調で言ってきた。
どうしてこのような子供に、こんな言われ方をしなければいけないのだ。私は思わずカッとなる。
しかも、プラーヌスに向かって話しかけていたときの口調と明らかに違う。
まるで私など同じ人間と思っていないかのよう。例えるとするならば、プラーヌスが召使たちを相手にしているときのようなぞんざいさだ。
「ちょっと待ってくれ。君たちは何者なんだ? 他人の住居にずかずかと入り込んでくるなんて」
私がそう言うと、先程の青年がアリューシアと私の間に立ちはだかるようにやってきて、大きな声で叱責してきた。
「無礼者。相手に何者か尋ねる前に、まず自分が何者か名乗るのが礼儀ではないのか。いや、そもそも下賤の者が、お嬢様に直接口をきくなど、非礼にもほどがある」
「何だって?」
そのお嬢様のお目付け役の執事というところか。この青年もずいぶん酷い態度だ。
「やめなさい、サンチーヌ。姿恰好は見るからに卑しいけれど、相手を見た目だけで判断するのは駄目よ。でもまあ、あんたたち、プラーヌス様の部下でしょ?」
アリューシアという少女が言ってきた。
「い、いや、確かにこの塔で働いてはいるけれど、僕は部下じゃない。プラーヌスの友人でシャグランという。で、こっちは助手のアビュ」
「どうも」
アビュが腕組しながら、不承不承、頭を下げる。
どうやらアビュは、その少女の態度に、私以上に頭に来ているようだ。さっきから何度か、「はあ? 何ですって?」と小さな声でつぶやいている。
「お友達? それはサンチーヌが失礼したわね」
友人だと聞いてアリューシアの態度が、幾分か柔らかになったようだ。さっきまでは本当に、その辺の馬や牛を見るような眼差しだったのだ。
「申し訳ございません、ご友人でしたか」
サンチーヌという青年も素直に頭を下げてくる。
「では僕の質問に答えてもらおう。君たちはいったい何者で、どうしてこの塔に来たのか? どうやらプラーヌスと知り合いみたいだけど」
「この御方はボーアホーブ家の三女、アリューシア様です。申し遅れましたが、私はボーアホーブ家に代々仕える執事のサンチーヌ」
「おお、お嬢様、ここにおられたのですか? この薄気味悪い塔中を、散々探し回りましたよ」
そのとき、サンチーヌの言葉に割り込むようにして、廊下のほうからそんな声が聞こえてきた。
かと思うと、若い男性が部屋に入ってきた。いや、その男だけじゃない。更に続々と、応接の間に見知らぬ人たちが入ってくる。「お嬢様、無事発見です! 皆さん、こっちですよ」と廊下のほうに向かって大声で言っている女性もいる。
若い男性、若い女性もいる。サンチーヌと同じくらいの年齢の女性もいる。
数えてみると、七人もの人が部屋に入ってきたようだ。アリューシアとサンチーヌという執事を加えれば、総勢九人。
「我々は全員、ボーアホーブ家、並びにアリューシア様に仕える執事、侍女、そして料理人たちです」
困惑している私に向かって、サンチーヌが説明してきた。
「何と大勢で。どこかに向かう旅の途中でしょうか?」
私は嫌みたっぷりに言ってやった。
「いいえ、私たちの目的地はこの塔よ。私はプラーヌス様から直々魔法の手解きをしてもらうため、この塔にやってきたの」
アリューシアが得意げに言い放った。
「魔法の手解き?」