第三章 16)口説きの手口
「やあ、はじめまして」
カルファルは膝を折り、その前でひざまずいた。
かと思うと、気障な仕草で白い手を取り、その甲に口づけした。
アリューシアは呆然とした表情でその様子を眺めていた。
自分が口づけされたからではない。
カルファルが「こんなにきれいな女性」と言って口づけしたのは、アリューシアの侍女リーズの方だったからだ。
リーズも戸惑っている。
しかし戸惑いながらも、彼女は喜びの表情を浮かべていた。むしろ少しばかり勝ち誇ったような視線で、アリューシアを横目で見る。
呆然としていたアリューシアは、あからさまにムッとした表情をし始めた。
「お、おい、カルファル、何しにここに来たんだよ!」
私は彼に言う。
「やあ、シャグラン。この女性を俺に紹介してくれ。お前だけに独り占めはさせないぞ」
リーズの手の甲から唇を離して、カルファルはすくりと立ち上がる。
「何を言っているんだ! すぐに出ていってくれ。勝手に塔の中を歩き回らないで欲しい」
「ケチなことを言うなよ、俺たちは友達じゃないか?」
「友達だって?」
一方、リーズですと、彼女はちゃっかりと自己紹介をする。俺はカルファルさと、彼のほうもウインクを返す。
しかしそれにしても、カルファルはいったいどういうつもりなのだ?
主人を差し置いて、使用人のほうを褒めるなんて、それはきっと、とてつもなく無礼な行為だろう。
カルファルが間違えた可能性は皆無だ。リーズは白を基調とした、飾りのない使用人らしい衣服。
さっきの我々の会話も聞いていたようなのだから勘違いをするわけがない。
アリューシアが幼すぎて、カルファルにとって讃嘆の対象ではなかったとか、そんなことが理由でもないだろう。
カルファルの好みに、リーズがぴったしと当て嵌まっていた。そういうわけでもないと思う。
カルファルはむしろこうやって、アリューシアの気を惹こうとしているのではないか。
カルファルのニヤついた横顔を見ながら私はそう思った。
これはこの伊達男の手口なのだ。
実際、カルファルはリーズを褒めながら、その横目でさりげなくアリューシアの反応を伺っていた。
ムッとするアリューシアを満足げに見ていたのだ。
このような形でプライドを傷つけられたアリューシアが、カルファルの仕打ちを忘れるはずがない。
何が何でも見返してやろう、そう思うはずだ。すなわち、カルファルのことを強く意識するということ。
きっといつか機会を見て、カルファルはアリューシアの美しさを褒めるだろう。そのとき、アリューシアの心はカルファルに傾くかもしれない。
ああ、何という男だ。
私は戦慄を覚えざるを得なかった。
アリューシアを守る義務はないけれど、さすがに黙って見ていられない。
だってカルファルという男は、アリューシアの心と身体を一度味わえば、それで満足するだろうから。
奴はアリューシアの思惑など関係なく、鮮やかに捨てるであろう。そういう種類の男なのである。
確かにそれは男と女の間でよく起きる悲劇ではある。それに関しては貴族も庶民も関係ない。
しかしアリューシアがそのような仕打ちを受けるには、彼女はまだまだ若過ぎるのではないだろうか。
カルファルという男に警戒するよう、執事のサンチーヌに注意を促しておくべきであろう。
いや、それでも不安だ。プラーヌスの望どおり、一刻もカルファルをここから追い出したほうがいいのかもしれない。悪の根は元から絶つのだ。
まあ、もちろん、アリューシアがこのような男の手口にまんまと引っ掛かることはないのかもしれない。
彼女はプラーヌスに夢中なのだ。その想いだけで、この塔にまでやってきたような少女。
アリューシアはカルファルの甘い言葉など、歯牙にもかけないかもしれない。
「やっぱり着替えるわ、リーズ」
しかし、どうやらカルファルにその自分の美しさを否定されたと思い込んだアリューシアが、打ち沈んだ口調で言った。
「さ、さようでございますか・・・」
リーズもさっきのように反論しなくなった。「わかりました。一端、お部屋に帰りましょう」
二人のそのようなやり取りを、カルファルは薄ら笑いを浮かべながら見つめている。
「プラーヌス様がいらしても、ちょっと待たせておいてね」
アリューシアは私に言った。
「ああ、わかった・・・」
アリューシアとリーズが扉のほうに向いかけた。
そのときだ。
「時間がない。さっさと始めるぞ!」
プラーヌスが蹴破るように扉を開け、現れた。




