第三章 5)姫に仕える騎士
とにかくこれで厄介な事件は片付いた。しかも死体かと思ったが、気を失っていただけだったのよう。
この塔に殺人者が潜んでいるわけでもなさそうである。それも私を安心させる。
いや、これで安心している場合ではない。まだ朝は始まったばかりだ。既にぐったりと疲れ切っていたのだけど、これからようやく本来の仕事の開始だ。
しかもサンチーヌたちと仕事を始める最初の日である。私は改めて、緊張の面持ちで彼ら一同の姿を見回した。
サンチーヌ以下、アリューシアが連れて来た五人の侍女と付き人たちが私の前に集まってくれている。おいおい、俺たちはここでどんな仕事をすればいいんだ? そのような表情で私を見つめている。
これまでの仕事振りからして、サンチーヌが優秀であることは、嫌になるくらいに理解している。そして私にもそれなりに協力的であることも。
態度は素っ気なく、表情は冷ややかだけど、塔の仕事を手伝う意思に疑いはない。
しかし彼らが私の仕事を手伝うことになったのは、プラーヌスの出した交換条件のためである。アリューシアの弟子入りを認めてやる。その代わり、君たちはこの塔の仕事を手伝え。
そういうわけであるのだから、彼らだって内心面白いはずがない。
「プラーヌスはあんなことも言っていましたが、僕の仕事を手伝うも手伝わないも、あなたたちの意志に任せたいと思っています。無理にやってくれとは思っていません」
私は言った。もちろん、彼らにそのような選択肢はあり得ないかもしれないが、とりあえずこれくらいのことを申し出ておかなければ、こっちも気が済まない。
「いえ、我々もこの塔の滞在中、時間を持て余すかもしれません。それに部屋も貸してもらっている立場。喜んでお手伝いさせて頂きますよ」
サンチーヌはそう返してきた。喜んで手伝うと言っているわりには、そのような感情を微塵も感じさせないが。
「それに我々がこの仕事を引き受けるのは、プラーヌス様からの命令に従ってではありません。我々一同があなたに従うのは、それがアリューシア様の意思だからです」
「そ、そうですよね」
私はサンチーヌの言葉に頷く。それは忘れてはいけないことかもしれない。彼らが仕えているのはプラーヌスではなく、アリューシアという少女のほう。
それにしてもアリューシア。サンチーヌはアリューシアという少女に、心からの忠誠を誓っているようだ。
彼の態度、言葉の端々に、それが感じられる。サンチーヌの態度は、まるで姫に仕える騎士のようなのだ。
しかし後ろの侍女や付き人たちは、サンチーヌが「アリューシア様からの命令だからです」と言ったとき、その発言に肩をすくめたり、おどけたりするような仕草を見せた。
彼らはサンチーヌのような堅苦しい忠誠心は抱いていないのかもしれない。
いや、彼らもアリューシアには従順である。アリューシアという主人が大好きな様子である。
しかし主従関係というよりも、それは友達のような雰囲気。
「アリューシア様がやれと言えばやる。辞めろと言えば辞める。それだけです」
サンチーヌは更に続ける。すると後ろで、また召使いたちがおどける。
「わ、わかりました。いずれにしろ僕はたくさんの仕事を抱えています。それを手伝って頂くのは本当に有難いのです。お言葉に甘えます」
とにかくこれで決定した。何もかもすっきりしたってわけではないが、お互いの立ち位置などが確かめられたような気がする。
「でも、まず何からすればいいのかな・・・」
私は思わずそんな独り言を漏らしてしまう。
「ここにあなたの執務室は?」
私が迷っていると、サンチーヌが尋ねてきた。
「執務室? そのような贅沢なものはありませんよ」
「しかしこれからは必要でしょう。この塔は広大です。あなたがどこに居るのかわからなくては仕事になりません。情報は一つに集約しておいたほうがいい」
「はあ、そんなものですか?」
「では、今朝はその仕事から始めますか」
そういうわけで、私の執務室が誕生する。
執務室など、私のようなものにとって過分な代物が。




