第二章 8)アリューシアの章
「伺ったところに拠れば、ボーアホーブ家の軍勢は、そのたった一人の魔法使いに翻弄され、敗戦続きだとか。その魔法使いが邪魔で仕方ないでしょう。どうにかして、その魔法使いを排除したい」
「そ、その通りだ」
魔法使いの言葉に、父は苦々しい表情で頷いた。
「それで、僕がここに呼ばれた。しかし僕はその男は殺したくはない。他の魔法使いから、無用な恨みを買いたくないのでね」
「そんなことでは何の役にも立たないと、わしは言っておるのだ」
「僕は魔法使いを殺しはしない。とはいえ、その魔法使いを無力にすることは可能。結果的にあなたたちの戦いにおいて、この僕が役に立つのは必定」
「無力にするだと?」
「その魔法の力を奪うか、魔法使いをこの地から遠ざけるか。いずれにしろ、あの程度の魔法使いを相手にするのは、僕にとって容易いことですよ」
「た、容易いことだと? ならば、さっさとやってもらおうか」
父がふんぞり返るように背凭れにもたれかかり、そう言った。
「やりましょう。報酬さえ頂ければ、今すぐにでも」
「報酬か。君は私たちに、どれだけ要求するのだ?」
「少しお待ち下さい。具体的な契約の話をする前に、まだお願いしたいことがあります」
再びアランが、父と魔法使いの間に割り込むように口を挟んだ。「相手の魔法使いの力を奪っただけでは、ここまで不利に陥った我が軍を立て直すのは不可能。先程、兵たちから戦況を聞いて、自分の予想よりも酷いことを知りました・・・」
アランのその言葉を聞いて、父の表情が苦悶に歪む。
これほどまでに戦況が悪化したのは、父が戦いに敗れたことが原因。アランはその責任を責めているのも同然。
兄のアランのその口調にも、父への遠慮のせいか、言いよどむ雰囲気があった。
しかし彼は続ける。
「そこで魔法使いプラーヌス殿にお願いしたい。ギャラック家の軍勢を、この領土から追い払うための戦い。その協力にも力添えを願いたい」
「敵方の魔法使いを封じ込める。当初の契約はそこまでだったはず。それ以上の戦況は、僕が関わることではない」
「無論、我々は死に物狂いで戦います、ボーアホーブ家と、我が領民を守るために力を尽くします。しかし我が兵の多くは傷つき、四散し、残された数は僅か。相手の魔法使い力を無化するだけでは、もはや劇的な戦況の回復は不可能」
「そうですか」
少しだけ悩む振りをして、魔法使いはすぐに口を開いた。「最初の契約を破棄して、新たに契約を結び直すというなら承りましょう。最初の約束はボーアホーブ家の財産の半分を宝石に変え、僕に差し出すことだったけど」
「何だと?」
父が途中で声を上げた。
「しかしこの街を守ることにもなるのだから、ここの領民たちが所有している宝石の半分も頂きたい」
「領民の財産を、お前に差し出せだと!」
父は魔法使いの言葉を受け、再び激昂した。
「いや、我がボーアホーブ家の財産を全て宝石に変えろとも言っていたな。貴様はいったい、自分をどれだけ価値のある人間だと見積もっているんだ!」
「戦いに負ければ、あなたたちは全ての財産を失い、この街も略奪の犠牲になる。それが避けられるのなら、領民たちは宝石くらい喜んで差し出すでしょう」
「諸侯同士の内戦で、領民に手をかけることは稀だ。いくらギャラック家が卑怯でも、それはありえないこと」
「そうなのですか? しかし領民がその事実をどれだけ知っているか。ギャラック家の略奪に遭いたくなければ協力しろ、そう脅せば、半数以上は信じるでしょう」
「何と卑劣なことか。我々の窮地につけ込み、どこまで要求しようというのだ。ギャラック家よりも、数等、卑劣な魔法使いだ!」
父は立ち上がり、その魔法使いを上からギリギリにらみつける。
一方、魔法使いは父の怒りをまるで意に介さず、ただ冷ややかに見つめ返す。




