第一章 3)記念すべき日の夕食
王の遣いの遣いから詳しい話しを聞き、プラーヌスは更に上機嫌になっていた。彼がこの塔の正式な主として認められるのは間違いのないことのようだ。
これで晴れてプラーヌスは、この地を支配している世俗の権力からも、正式な塔の主として認められるわけだ。
「このような記念すべき日を、友人である君に祝って貰えるなんて本当に有り難いことだ」
夕食の時間、プラーヌスは満面の笑みを浮かべてそう言ってくる。
「君の喜びは僕の喜びでもある、おめでとう、プラーヌス」
本来ならこの時間、ルーテティアの居酒屋かどこかで食事をしていたはずだ。しかし我々はいつもの応接の間で、いつものように食事をしている。
突然、長い旅に行こうと告げられたのでかなり困惑していたが、旅先での料理にだけは大いに期待していた。
しかもルーテティアは料理が美味しいことでも有名だ。どんなに素晴らしい夕食が食べられるのかと楽しみだった。
しかし結局、今夜の夕食も食べ飽きた味になってしまった。それだけは本当に残念である。
「塔の主になるというのはそれだけ凄いことだってわけだよ。僕はとんでもない偉業を成し遂げたのさ」
一方、プラーヌスは人生の成功を味わうかのように、今夜のメインディッシュの魚料理をゆっくりと噛み締めながら言った。「魔法使いとしての頂点を極めたと言っていいかもしれない。多くの魔法使いがそこで満足するからね」
「へえ」
「しかし正式な主になったからと言って喜んでばかりもいられない。王から遣いが来るということは、もうそろそろ僕の恐れていた侵略者も本格的にやってくるだろうからね」
「侵略者?」
私は不吉な言葉に手を止めた。
「ああ、この塔を奪うため、数々の魔法使いが挑戦を挑んでくる。奴らとの戦いが厄介なのさ。まあ、とは言っても、この塔を魔界から支配している魔族と契約を取り付けたから、この塔で戦う限り、僕に大きなアドバンテージがある。負けることはありえないけど」
「蛮族だけでなく、魔法使いを相手にも戦わなければいけないのか」
蛮族との戦いはまだ終わりそうな気配がない。それなのに新たな敵にも備えなければいけないなんて。なかなか平和という者は得難いもののようだ。
「まあ、あのように連日襲来することはないが、蛮族たちよりもはるかに油断ならない相手だ。シャグラン、君も気をつけてくれ」
「ああ」
蛮族はバルザ殿が完璧に撃退してくれるであろうが、先日の戦いで我が部隊は大きな被害を出してしまった。その後、医務室では怪我人の応対に追われていた。
確か気を失ってしまう前、私はその医務室を覗いてきたのであるが、本当にそこは大変な惨状だった。
じっとしていられず、のたうち回りながら痛みを訴える者、生き延びることが出来そうだが、どう考えても後遺症が残りそうな者、そして苦しみながら息絶えてしまった者。
六十人の部隊のうちの半分ほど、もはや戦闘に復帰出来そうにない様子。
それを考えると、そもそも旅に出られるような状況ではなかったと思う。
しかしプラーヌスはそんなことを気に掛ける必要などないとばかりに、さっさと旅に出ようとしていたのだ。
やはり無慈悲な主だと思われても仕方ないであろう。実際、バルザ殿の部隊の兵たちには、彼に対する不満を述べる者が多い。
その辺りの不満を上手く収めなければいけないのも私の役目かもしれない。
バルザ殿ともじっくりと話し合わなければいけない気がするし、兵士たちとも頻繁にコンタクトしておかなければいけない。やらなければいけないことは山ほどあるようだ。
しかし、こんなふうに只でさえ忙しい私に、プラーヌスは更に仕事を課すようなことを言ってくるのである。
「これから多くの客もやってくる。しばらく君は、その客の対応に追われるかもしれないぞ」
「はあ・・・。その客たちへの応対も、僕が担わなければいけないわけか」
「今は君に任せる以外ないだろう。一人じゃ無理だったら、君も積極的に有用な人材を見つけて、仕事を任せていく必要があるかもしれないね」
プラーヌスの言う通り、もはやこれだけの仕事の量を私一人でこなすのは不可能だ。
今のところ、助手兼通訳のアビュ、気心が知れつつある幾人かの召使いが、私の下で働いてくれている。
しかし彼らに重要な仕事を任せるのはまだ難しい。私もプラーヌスがバルザ殿をスカウトしたように、優秀な人材を塔の外に求める必要があるかもしれない。
とはいえ、そんな人材が簡単に見つかるだろうか。しばらくは何もかも全て、私がやらなければいけないだろう。
余りにたくさんの仕事が待ち受けているようだ。私はその大変さを思って、大きなため息を吐いてしまった。
「どうしたんだよ、シャグラン? こんなに楽しい夜にため息なんて」
「いや、これからますます忙しくなるのかと思ってね」
プラーヌスは私のその言葉に何も答えず、肩をすくめただけであった。
そのとき扉をノックする音がした。プラーヌスが怪訝な表情で扉のほうを見る。私も音のほうに視線を送る。