第二章 5)アリューシアの章
ボーアホーブ家の領地のその中心、アリューシアや彼女の家族たちの暮らす居城は、交通の便の良い平地にあった。
近くには港に出るための大きな街道があり、ボーアホーブ家の巨大な財産を支える交易の拠点とも繋がっている。
南の街道を進めば王都にも連絡がつく。港で仕入れられた品物は、この街道を通り、王都で売り捌かれる。
普段であれば、港の街から王都に向かうため、大勢の荷馬車が往来していた。ある時間帯などは、馬車がつかえ、前に進めないときもあるほどだ。
しかし今は戦時である。王都に通じる街道は、ギャラック家の軍勢によって行く手を阻まれている。
そうでなくても、ギャラック家との戦いが始まってから、港に入る船は半減し、運ばれてくる品物も少なくなった。
街道から普段の賑わいは消え、その代わり不吉な風が吹き渡っていた。
無人の街道のぽっかりと開いたその空間が、何かの襲来を予感させる。そこを大勢の兵隊が占める予感、あるいは兵たちの死体で埋められる予感。
四方に大きな街道が通っているボーアホーブ家の居城は要害とは言いがたかった。
どこからでも城に辿り着くことが出来て、取り囲むのは容易な城である。
それを補うために、城壁は高く聳え立ち、堀は深く穿たれている。
ボーアホーブ家はその財力によって、難攻不落の堅城を築き上げることに成功していたはずだ。
海から吹いてくるわずかに潮の混じった風が、城壁に立ち並ぶボーアホーブ家の軍旗を揺らしている。
しかし萎れたレタスのように、力なくポールに絡み付いているだけの旗も多かった。この城の兵たちの士気の低さを、その旗が現しているかのようだ。
(それもそうね、だって城主が逃げようとしてるんだから)
アリューシアは城壁の内側からその旗を見上げ、そんなことを思った。
「グズグズしないでよ、早く行くわよ!」
空を見上げているようにしか思われなかったのか、姉のマリアがアリューシアを厳しい声で叱責してくる。
ボーアホーブ家の一族は、八頭仕立ての馬車に乗り込み、今まさに城の裏門から出ようとしていた。
荷物は最小限。馬車も二台だけ。連れて行くお供もわずか。
召使いは数人で、残りは騎乗している騎士である。アリューシアが馴染みとしている召使いや料理人は城に残していくらしい。
(サンチーヌやミリュー、そしてリーズと会うのもこれで最後かもしれないのね)
アリューシアは再び名残惜しげに、城壁の旗を見上げた。
表の楼門に、ギャラック家の軍勢が迫りつつあるという報せが届いたので、南にある裏門からこっそりと逃げようとしている。
心なしか、門番たちの表情が苦々しく歪んでいるように見えた。
この城の城主である父を、このような視線で見るなんて!
アリューシアの思い過ごしかと思ったが、城を捨てて逃げようとする城主を温かく見送る兵などいるわけがないのだ。
(あの人たちも、私と同様、父を情けない人間だと思っているのだろう)
しかしアリューシアの父は、部下たちの表情を気に掛けることもなく、さっさと城門を開けるように促している。
門番たちは不満を隠そうともしなかったが、結局、その命令には従い、重い城門を開け始めた。




