第一章 16)花の香り
「随分、静かになったみたいね」
プラーヌスと会うまでの時間、特にやることがないから、この塔を案内して欲しいといアリューシアは言ってきた。
私はそれを受け入れ、塔の中を色々と歩き回った末、今、謁見の間を通っている。
随分、静かになったみたいね。謁見の間を見渡しながら、アリューシアが漏らした言葉である。
彼女の声が、静まり返った謁見の間に響き渡る。
「さすがうちのサンチーヌでしょ? 彼がいなければ、今頃この塔で大暴動が起きていたはずだわ。そしたらまず、標的にされるのはあなたよね? 怪我だけじゃ済まなかったかもしれない。もしかしたら今日があなたの命日だったかも」
まあ、そんなことはないだろうが。しかしサンチーヌに助けられたことは事実。私は特に反論せずに頷いておく。
「そうかもしれないね」
「じゃあ、私の味方をしてくれるわよね?」
アリューシアは一歩、私のほうに身体をグイッと近づけてきた。
急激の動作でふわりと靡いた髪の毛が、私の鼻先に触れそうになる。それと同時に、何とも甘い香りが私の嗅覚を刺激した。
麗しい花の香りだ。高貴な女性の香り。さすがに貴族の娘である。高価な香水を使用しているのだろう。薔薇の純粋なエキスを何十倍にも濃縮したような良い香り。
しかしその香りがアリューシアそのものの魅力であるかのように、私は計らずもドギマギしてしまった。
「み、味方って?」
少したじろぎながら、私は言う。
「だからプラーヌス様に口利きしてくれってことよ」
「えーと、弟子入りのかい?」
「そう。私だってそうは言いつつも、あのプラーヌス様が簡単に弟子入りを許してくれるなんて思っていないわよ。だってあの人、ああいう性格でしょ? お金じゃ動かないし、名誉も尊ばない。この塔に来る途中も、どうすれば私を受け入れてくれるかなってずっと考えていたんだけど、全然思いつかなくて」
「ああ、そうだね」
私は何度か咳払いをして、何とか平静を取り戻す。
「でもあなたはプラーヌス様のお友達なんでしょ? お友達に強く勧められれば、きっとプラーヌス様の頑な心だって動くはずだわ!」
アリューシアはそう言いながら、興奮を抑えきれないといった感じで、再び身体を寄せてくる。濃厚な薔薇の香りがまたもや私の鼻を包んだ。
「わかった、わかった、確かに君やサンチーヌさんには借りがある。僕の意見が役立つのであれば、プラーヌスに進言くらいはする」
「本当に? 約束よ」
「ああ、約束するよ」
「良かった」
アリューシアはホッと安心したように、にんまりと微笑んだ。
その微笑みの表情に、彼女の本来の幼さが顔を覗かせた気がする。
その表情を見た瞬間、さっきまでの動揺は私の中から消え去った。
アリューシアは確かに美しい。しかも大人の女性の香りを漂わせている。
しかし私の助手、アビュと変わらないような年頃なのだ。どうしてこんな小娘にドキドキしてしまったのか、むしろそんな自分が不思議なほどだ。
「じゃあまず、今日一番にプラーヌス様に目通りさせてね。たくさんお客さんが来ているようだけど」
年相応の少女に戻ったアリューシアがそう言ってくる。
「ああ、それに関しては問題ない。君たちが最初に塔に到着したのだからね」
「どの客よりも長い時間、お願いね」
「それは保障出来ないけど。努力はする」
「駄目、努力じゃなくて、ちゃんと約束して」
「わかった、それも何とかしよう」
「よしよし」
そんな感じでアリューシアは頷いている。
「じゃあ、その代わりってわけじゃないけど、こっちからも一つ聞きたいことがある」
「何?」




