第一章 15)料理人二人
そのとき、また厨房に誰かが入ってきた。
大きな荷物を腕一杯に抱えている。果物や野菜の入った籠や、生肉、ワインの瓶など。
しかしその荷物が小さく見えるくらいの大男だ。
「おい、ミリュー、貯蔵庫にもたいした食材がなかった。どれもこれも安物ばかりだ。まあ、七面鳥がいるらしいから、それを夕食のメインにすれば、今日はどうにか形になるかもしれないが。調味料だけでも持ってきて良かったな」
その大男はそんなことを言いながら、こっちにやってくる。
「アバンドン! ちょっと聞いて!」
その男に向かってアリューシアが言う。「その七面鳥、私はいらない。プラーヌス様のディナーにして頂戴」
「はあ? どういうことです?」
「あなたとミリューが、今夜のプラーヌス様の料理を作るのよ。それでプラーヌス様を感動させてよ! もしかしたらその料理で、私たちの印象も良くなるかもしれない。責任重大よ、ミリュー、アバンドン」
厨房の奥にいたミリューも、その言葉を聞いてこっちにやってくる。
「お嬢様、どういうことですか?」
「だから、あんたたちがこの塔の主、プラーヌス様の料理を作るの! 絶対に美味しい料理を作ってね。それであの人を感動させて!」
「お嬢様、それは無茶な依頼です。こっちはプラーヌス殿の味の好みもわからないのに、感動させるのは不可能ですよ」
ミリューが困ったような表情で言った。
ミリュー、長身で痩せ型、まるで学者か牧師のような、知的で物静かな雰囲気が漂っている。
私やプラーヌスよりも年上。執事のサンチーヌよりも更に年長かもしれない。
真ん中で別けた茶色の髪の毛には少しだけ白い毛髪も混ざっている。しかしその涼し気な瞳は若々しくて、好奇心に富んでいるといった様子。
「何言ってるんだ、ミリュー、とにかく美味しいものを作れば、気に入るに決まっているだろ!」
一方のアバンドンがやたらと大きな声で、ミリューに反論する。
身長はミリューよりも低いが、横幅は彼の倍はありそうだ。
太ってもいるが全体的に筋肉質で、胸板が厚く、二の腕も丸太のように逞しい。その髭面は料理人というよりも猟師か、あるいは山賊か海賊のよう。
「相変わらず馬鹿だな、アバンドン。人によって美味しさの基準は違うものだ。まず味の好みを知らなければ、人を感動させる料理なんて作れない。自惚れるのもいい加減にするんだ」
「な、何だと、ミリュー。何が味の好みだ! お前は自分の腕に自信がないからだろ? だから味の好みがどうとかいって、言い訳をしているんだ!」
「違う。全くの間違いだ。我々がボーアホーブ家に召し抱えられているのはただ、主人の好みに合致したからに過ぎない。自分たちの腕前が特別秀でていたからではない」
「どこまで謙虚なんだ、いや、違う、お前は憶病なだけだ。だったら今夜のディナーは俺が作ってやる。お任せ下さい、お嬢様」
アバンドンはすぐ傍にいるアリューシアにも大声で言う。
「どっちでもいいわ、好きにして。とにかくプラーヌス様に気に入って頂ければ、それでいいから」
さすがのアリューシアも、二人の言い争いに困ったような表情を浮かべる。さしずめこれは、さっきのアビュとアリューシアのケンカを見ていた私のような面持ち。
「いや、アバンドンに任せたら、大変なことになるかもしれません。今夜のメインディッシュは私にお任せ下さい、お嬢様」
ミリューがぐっと身体を沈め、そう言った。
「ちょっと待て! 相手の味の好みがわからないから、料理を作るのは無理だと言ってなかったか、え?」
アバンドンが叫ぶ。
「知らない相手を料理だけで感動させてみせるなど、安請負は出来ないと言っただけだ。しかし絶対に不可能だとは言っていない。むしろ俺の料理のほうに、その可能性はある」
「何だって!」
「お前の味付けの濃い料理こそ、好みを分けると言ってるのさ。下手をするとまるで受け付けられない可能性だってある」
ミリューも怯むどころか、自分の体格の倍以上あるアバンドンに対して真っ向から組み合わんという勢いだ。
「馬鹿なことを言うな! お前のインパクトの弱い料理のほうがその可能性が高いぞ! あんなもの、病人が食べる料理だ!」
「お前の料理を美味しがるのは、味の深みもわからない子供くらいだ」
「ああ、マジで頭に来た! 表に出ろ! その細い腕をへし折ってやる!」
「いいだろう、牛のように捌いてやる」
ミリューのほうは包丁を手に持った。
「二人とも好い加減にしなさい! 大人がケンカなんて!」
大声で叫びながら、ついに我慢がならないといった表情でアリューシアが二人の間に割って入る。
さすがに二人は引き下がっていったが、しかし気が収まったという雰囲気ではない。
「で、お嬢様、どちらがメインディッシュを?」
ミリューが冷静に尋ねた。
「知らない、一緒に協力して作れば?」
アリューシアは呆れたように横を向く。
「無理ですよ、こんな奴と協力なんて」
「俺もです、お嬢様」
「よし、だったらコインの裏表で決めようではないか」
「いいだろう」
アバンドンがポケットから銅色のコインを取り出して、ミリューに表か裏か聞く。
しかしミリューはお前のコインでは不公平だと言って、自分のコインを取り出す。
今度はどっちのコインで決めるのかで、二人は揉め出した。
「おい、アリューシア、どうするんだ?」
私もさすがに二人の態度に呆れてきた。本当にこんな二人が一人前の料理人なのか。
「放っておきましょう。昔からケンカが多い二人なの。でも、もしかしたら説得力はないかもしれないけれど、料理の腕前だけは一人前なんだから。そんなことより、厨房に何か用があったの? なければ、あなたに頼みたいことがあるんだけど」
アリューシアが私に言ってきた。
「ただ遅い昼食を摂ろうと思ってね。でも今日は昼食抜きだ。今夜の夕食のために我慢するよ。で、頼みって?」
「しばらくお世話になるかもしれないから、この塔を案内して欲しくてね」
「案内? まあ、いいよ」
料理人二人はまだ何かで言い争っているようである。その二人のケンカを、アビュが困ったような表情で眺めている。どうにか仲裁に入ろうとタイミングを伺っているようであるが、彼女もまだそれを掴めないようだ。
私とアリューシアは、その三人を残して厨房を出る。




