第一章 13)野菜の皮の剥き方
召使いたちが昼食を摂る時間は過ぎていたので、食堂は閑散としていた。厨房にも誰もいないだろう。
私は自分でパンを用意して、冷えたスープを温めるために火を起こさなければいけない。料理は苦手だが、まあ、スープを温めることくらいは出来る。
厨房の奥の、食器が置かれている部屋の更に奥に食糧庫がある。ここに、今日の分の食料が保管されているはずだ。
塔の住人はゆうに千人を越すのだから、食糧庫だけでも大変な大きさである。
その広大な食糧庫の中に、食糧庫には様々な食料が余裕を持って保管されている。私が気軽にそれを持っていけるのも、そのおかげである。
地下にはもっと大きな食糧庫があり、街で調達した食糧品や、この塔の食料調達係が集めた木の実、野菜、獲物の肉などが運び込まれている。
プラーヌスの魔法の力で、この塔の敷地内にある花は決して枯れることがなくなった。
その魔法は食料品にも効果があるようで、花と同様、野菜や生肉も腐ったり傷んだりすることはなくなったそうだ。
そのお陰で、せっかく確保した食糧品を腐らせてしまうこともなくなり、この塔の食糧事情は劇的に良くなっているらしい。
とはいえ、それでもこれだけの数の住人を食べさせていくのは簡単ではない。
塔の歴史は長く、その中には優秀な食料調達係も存在したのであろう、食料品は干したり、塩漬けにしたり、燻製にしたり、様々な工夫で保管されていた。その努力は見上げたものである。
私はそうやって確保された食料品の一つを食するために、厨房に入った。
今日はベーコンでもパンに載せようかな。あの塩味はけっこう癖になる。そんなことを思いながら。
しかし誰もいないと思った厨房に人の気配がした。
しかもかなりの騒々しさである。
「不器用ね、あんた。本当に右利き? 足を使ったほうがマシなんじゃない」
「うるさいわね! それが客に向かって言うこと?」
アビュの声が聞こえてくる。それともう一人、同じ年頃の少女の声だ。
アビュ・・・、ついこの間まで人形で遊んでいたような年齢の少女であるが、私の最も信頼出来る助手である。
私のことをボスと呼んで、素直に命令に従ってくれる唯一の部下。他の召使たちと私との間を仲介しくれる伝達人でもある。
彼女がいなければ、この塔での仕事は何一つ進まず、私はとっくのこの仕事を投げ出していたであろう。
「おい、アビュ、何を騒いでいるんだよ?」
私は厨房の入り口をくぐりながら声をかけた。アビュは料理台の前で野菜の皮剥きでもしているようだ。その右手に小さな包丁を持っているのが見える。
彼女の隣にいるのは、アリューシアだった。
アリューシアもアビュと同様、野菜の皮を剥いていたようであるが、今は手に持った包丁を、アビュの喉元に突きつけんばかりに怒っている。「謝りなさい、この庶民!」
「あっ、ボス、聞いて。この子、野菜の皮剥きも出来ないのよ」
ちょっと、この物騒なものを降ろしなさいよ! アビュは包丁を突き付けてくるアリューシアをにらみながら言う。
「初めてやったんだから出来るわけないでしょ!」
アリューシアは開き直ったように言う。
しかし彼女もその事実が悔しそうではある。
まあ、実際、貴族の娘が野菜の皮など剥く必要はないであろう。全ては召使たちがやってくれるのだ。極端な話し、彼女くらいの貴族になれば自分で自分の服を着る必要もないのである。
「じゃあ、あなたは馬に乗れるの?」
逆にアリューシアがアビュに言い返した。
「乗れるけど。鞍なしでも大丈夫」
「はあ? 何ですって! 何て野蛮なの。なら、ダンスは?」
「余裕よ」
「三拍子のリズムに乗れるのね?」
「三拍子?」
「そうよ! 私の言っているダンスは、あんたのような身分の低い、庶民がやる下品なダンスとは違うのよ。王様や王子様の前で、こうやってクルと回って」
アリューシアは軽やかな身振りで、スカートの裾を翻しながら、フワリと身体を一回転する。「妖精か、翼人のように華麗に舞うの。あんたみたいな田舎者に、それが出来るのかしら?」
「・・・知らない」
その言葉を聞いた途端、アリューシアに対する全ての興味を無くしたといった感じで、アビュは彼女に背を向け、私に言ってくる。「ねえ、ボス、もうあっちは片付いたの? もうそろそろ手伝いに行かないとって思っていたんだけど」
「ああ、何とかなったよ」
「ちょっとあんた、私の話し、聞いてるの?」
アリューシアが言う。
「え? 聞いてないけど。全然興味ないから」
「本当に失礼な庶民だわ!」
「うるさいわね、庶民、庶民って!」
「おいおい、二人とも仲良くするんだ。同じ年頃の女の子同士だろ?」
私のその言葉に、アビュとアリューシアは「嫌!」と同時に叫んだ。
「じゃあ、ボスは同じ年頃の男性となら、どんなに性格が悪くても仲良くするの?」
「そうよ、友達選びは年齢じゃなくて性格が重要でしょ? ってちょっと、誰の性格が悪いって?」
「あんたよ!」
やれやれである。私の言葉が火に油を注いでしまったようで、二人はまた唾を飛ばしながら、再び言い合いを始める。




