第五章 27)巨人の戯れに
縄で足をきつく縛られ、身長が数メートルある巨人にその縄をグルグルと回され、そのまま力いっぱい放り投げ出されたような体験。
瞬間移動の魔法で移動するということは、譬えるならそのような感じ。
もちろん、本当にそのようなことをされたら、大地に叩きつけられ、大怪我をしてしまうはずなので、そのレトリックは正しくはないと思う。着陸したときの衝撃だって大きくはなかった。
しかしとにかく、巨人に振る回されたかのように、私の目はグルグルと回っている。
何かを掴んでいないと吹き飛ばされてしまいそうだ。
立っているのか寝転んでいるのか、どっちが上でどっちが下なのかもわからない。極端なことを言えば、自分が生きているのか死んでいるのかも判断がつかない。
いや、生きているのだろう。胃のこの激しいむかつき、これは生きていることの証しである。
少し前までは真っ暗な世界にいたが、今、視界の中に光が溢れている。それも生きているがゆえの体験。
この光源は太陽のはずなのだから、その光の方向が空だ。私はそちらの方向に向かって立ち上がればいいはずである。
あるいはそれを背にして、もう少し落ち着くまで寝転んでいようか。
「大丈夫ですか? 大丈夫みたいですね」
シュショテの声がする。「成功です! 皆様、ご無事です!」
私の肩を揺する小さな手の感触。シュショテの手だろう。その感触は本当に優しくて、思いやりに溢れている。
「よくやったな、シュショテ」と彼の頭を一刻も早く撫でてやりたいところであるが、まだまだ視界が回転していて、立ち上がることが出来ない。いや、無理して立ち上がるべきではない。
「よかった、生きてたわ!」
その声と共に、私の身体に何者かが抱き着いてくる感触がした。
くすぐったいくらいの柔らかさ、その感触は女性の身体だろう。アリューシアが喜びのあまり、私に抱き着いてきたようだ。
彼女は本当に死を覚悟していたのかもしれない。無事に移動することが出来て、自分が何をしているか判断もつかないくらい喜びの極致にいるようだ。
しかしアリューシアよ、この魔法で移動した後は、すぐに動かないほうがいい。
案の定、「うっ」という声がした。
アリューシアが私から離れ、そして嘔吐を始める。
その匂いに誘発されたのか、シュショテも吐き始めた。
生まれて初めてこの魔法で移動したときは、私も吐いた。あまりにも異常な体験で、身体がこの驚きに対処することが出来なかったのだ。
しかし二回目以降はこの魔法の習性を理解して、吐くことはなくなった。それにもしかしたら、プラーヌスの魔法は巧みで、揺れが穏やかなのかもしれない。
しかしシュショテの魔法はまだまだ未熟なようだ。プラーヌスのときよりもはるかに揺れも大きく、その後遺症も長い。
細心の注意を払っていたのであるが、私もついに我慢が出来ずに吐く。
吐きながら目を開けて、大地の位置を把握し、太陽のありかを把握し、今、自分たちがどこにいるのか把握した。
視線を横に動かすと、エリュエールの街の城壁も遠くに確認出来る。
私たちが瞬間移動してきた先は、城壁から少し離れた街道の脇の草原。以前、プラーヌスが使っていた魔法陣がそこにあった。
街に辿り着くまで、それなりの距離を歩かなければいけないが、街の真ん中に瞬間移動するわけにもいかないのだから仕方がないことである。
私たちは今、その魔法陣の中で三人とも嘔吐をしている。
「朝、食べたものが全部出ちゃったわ、どうしてくれるのよ」とアリューシアはシュショテをチクチクと詰ったりしているが、その声にいつもの辛辣さはない。
とにかく無傷で移動出来たことで、彼女は上機嫌なのである。




