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第七話 母と弟

「アレンさん」


 涼やかな女性の声が、アレンを呼びとめた。玉砂利の庭園にそびえる巨大な一本松のもと、白壁の(いおり)がこじんまりと(たたず)んでいる。質素だが気品(あふ)れる柿葺(こけらぶき)屋根の茶室は生前、アレンの母が書物を読み聞かせた想い出の場所だ。その入口に女性が立っているのを見ると、アレンの胸には郷愁と罪悪感がこみ上げた。


「懐かしいお顔が見えたので、つい声をかけさせていただきました」

「はっ」


 たおやかに微笑む女性に、アレンがかしこまって頭を下げる。


「ん?」


 アルフが不思議そうにふり返った。純和風建築というのがアルフには物珍しく、さきほどから池や植木の枝ぶりを観察していたのだ。だが、アレンがまるで上官や貴賓をもてなすように直立不動の対応をしたことで、アルフの観察対象が庭から若い女性に移った。

 女性は明るい栗色(くりいろ)の髪をシニヨンに結いあげ、痩身(そうしん)藤柄(ふじがら)の白い着物と金色の帯で締めている。ほっそりした首筋と小ぶりな顔立ち。まっすぐに背を伸ばして、着物の(すそ)を乱さぬようカラコロと下駄を鳴らしてくる。身長はさほど高くなく、アルフの胸もとにその頭頂が届くか届かぬか、という高さだった。


「だれだ、アンタ?」


 アルフが率直に問うのと、轟音(ごうおん)が響いたのはほぼ同時だった。

 玉砂利に突っ伏したアルフが、二メートル先にいるアレンを見上げる。頬をさすっているが、予想していたのでさほど痛くはない。

 一方のアレンも、驚いていた。ふり切った自分の拳と、アルフを交互見る。完全に無意識に出た、右ストレートだったのだ。ちょうどアルフの倒れた位置が、女性からは死角になる庭石の影だったのが幸いか。

 アレンの目によぎった一瞬の動揺は、すぐに()き消えた。


「シャンディアさま。お変わりなく、なによりです」

「アレンさんも、お元気そうでなによりです」


 シャンディアという女性は不思議そうに首を傾げて辺りを見渡した。いま、アレンの隣にだれかが居た気がするが、肝心のもう一人は庭石の影に突っ伏しているため、彼女からは見つけられない。

 数秒してシャンディアが気のせいと結論付けたらしく、アレンを見上げてほがらかに微笑んだ。

 アルフは砂利に座り込んだまま


(その女はいったい……?)


 と視線で問いかける。

 アレンが心中で相棒にうなずきながら、シャンディアを見下ろした。


「お気遣い、感謝いたします」

「本当にお元気そう。またいつでもいらしてくださいね。……もう、お帰りになられるのでしょう、アレンさん」

「これにて失礼を」


 アレンが会釈すると、シャンディアは表情を曇らせて、控えめで、寂しげな影をつくった。振りきるようにきびすを返すアレンは、足早に庭園を去っていく。

 アルフはいつもと違う相棒の行動に、首を傾げた。アレンが庭園の門をくぐり、石階段を下り始めたころに、カラコロと下駄の音が近づいてくる。

 ふり返ると、シャンディアが「やはり人がいたのか」という顔になって、庭石の傍に、膝をそろえて屈んできた。内緒話でもするように、細い指先を口許に添える。


「本当に、いつでも気兼ねなく来てくださいね。……ご友人の方、ですよね」

「アルフ・アトロシャスです」


 座ったまま名乗ったアルフを、もしもアレンが見ていれば胸倉つかんで引き立たせたところだ。しかしシャンディアは、無垢(むく)な笑みを見せるだけだった。


「アレンさんがあんなに楽しそうにしているの、初めて見ました。これからもアレンさんをよろしくお願いします。私はシャンディア・ガードと申します」

「………………もしや、継母上殿で?」

「はい」

「なるほど。これは失礼しました」


 アルフは白髪を()きながら謝った。

 一目、このシャンディア・ガードを見たときに『セイルの母』とはなんとなく直感した。息子と同じ茶髪灰瞳、端正な顔立ちがよく似ている。造形だけならば、血の繋がりのないアレンとも、シャンディアは親子と言われて遜色(そんしょく)ないほどだ。

 一方で、アレンの他人行儀が解せない。


(ジェフ・ガードが再婚したのは、十八年前。義弟セイルが生まれる一年前で、アレンが一、二歳のころ、と資料にあった。あいつの性格的に、無害な近親者の歓迎を無下にするのは妙だ……。ガード家と絶縁しても、アレンが確執を持つのは父親だけだと思ったが)


 相棒の義理堅さと情の厚さは、ラグズ4でも群を抜いている。

 アレンが話したがらないガード家の内情が絡んでいることは、想像に難くない。




「お前の継母さん、若いね」


 (ふもと)まで続く、長い石階段を二人で降りながら、アルフは相棒に話しかけた。


「まだ見ている……」

「ん?」


 ふり返らず、歩調も変えず。アレンが前を向いたまま、眉間にしわを寄せる。


「もう立ち去ったかと思ったが、いったいいつまで俺たちを見ているつもりだ……」

「なに言ってんだ、お前?」


 アルフが首を傾げた。周囲五メートル圏内に、人の気配はない。感覚を研ぎ澄ませ、二十メートル圏内を探ってみるもやはり敵意や殺意、押し殺した気配を感じない。一瞬、冗談かと思った。来た道――はるか頭上になった庭園の入口が、ふと目に入る。

 門前に、人影があった。もう豆粒ほどにしか見えない距離だ。


「…………お前ね」

「なんだ!」

「普通だろ。母親は」


 アルフがあきれて溜息を零す。

 するとアレンが首を横にふり、口惜しげに拳を握りしめた。


「いい人過ぎる……っ。なぜあの腐った男に!」

「そこか」

不憫(ふびん)でならん」

「お前な……。それは好きでなったんだろ」

「いや、親父がきっとなにかしでかしたに違いない。腐った親父だからな」


 一点の迷いない、力強い断言だった。

 アルフもつい、さきほどのアレンの父、ジェフ・ガードを思い浮かべる。

 妻と二十近く歳の離れた偉容の軍人は、五十路前だが抜身の刃物のような雰囲気のあった。金髪を短く刈りこみ、強面をさらに印象付けるアイスブルーの瞳に、常人には決して宿らない、獣の光がある。


 ――たしかに。


 アルフの心の声を映す口角の上がり具合を見て、アレンが深くうなずいた。

 アルフが眼球だけ動かして、アレンを見る。


「お前、もしジェフ・ガードがなにかしでかしてたら、なんとかしてやるのか?」

「斬るっ!」


 アレンが「任せろ」と答えてきた。その目には、やはり一点も迷いもない。


(……こいつ、やっぱりアホだな。知ってたけど)


 アルフはあきれ気味に苦笑した。無害な継母に堅苦しい態度しか取れぬさまも、アレンが父親を憎む気持ちも、アルフには馴染(なじ)みがない。だがこの「任せろ」と答えた目だけは、見覚えがありすぎる。

 これはラグズ4で、ブレアやアルフに向ける問題児の顔だ。

 アレンの肩を、ぽんぽん、と叩く。不思議そうに見返してくるアレンには、おそらく七面相している自覚がない。



 石階段を下りきると、森林に囲まれた広場に着く。その中央に、少年が立ちはだかっていた。


「待て! このままなにも告げずに立ち去るつもりかっ!」


 アレンによく似た、十七歳の少年だ。癖のない栗色(くりいろ)の髪が、彼の剣気に呼応してさらさらと揺れる。彼の母は和装を好んでいたが、セイルは父と同じく、黒いシャツの上から防弾防刃の軍用ジャケットを羽織っていた。

 こちらを(にら)む灰瞳に完全な敵意が込められている。細身だが脆弱さは感じさせない、鋭気溢れるガード家次期当主は腰の得物に手をかけ、抜刀姿勢で兄と対峙(たいじ)した。


「セイル。なんのつもりだ」

「お前が本当に特務と呼ばれるにふさわしい男か、俺が確かめてやる。――抜けっ!」


 アレンの気配は、揺るがない。

 アルフが眼球だけ動かして傍らの相棒を見やる。まくしたてる弟に反し、兄は黒塗りの打刀にも、背中に斜め掛けした剛刀にも触れない。ラグズ一の戦闘狂でもあるこの男はいま戸惑っているのではなく、無言で立ち合いを拒否しているのだ。

 アルフがため息を吐いた。


「坊主、考えが浅いな。『抜け』ってことは、お前も命を懸けるってことだぜ。半端な真似はよしな。弟だかなんだか知らねえが俺の相棒にくだらん因縁をつけるなら、斬るぜ」

「連邦の狂人か。お前に用はない」

「……」


 アルフが目を細めると、アレンが制すように一歩前に出た。

 セイルが怒鳴る。


「どうした、なぜ抜かないっ!」

「この刀は、護るために斬ると決めている」

「ぬかせっ!」


 セイルが抜き打った。さすがガード家あって踏み込みが鋭い。だが華麗な剣線は空を()いた。さらに負けん気で放たれた打ち込みも虚しく空振る。アレンが、わずかに半身逸らすだけで避けている。


「くっ! 破ァッ!」


 裂帛(れっぱく)の気合いとともに、セイルが半歩深く踏み込み、斬り立てた。一閃一閃の合間にできる(すき)を極限まで削った、ガード流の実戦思考。それが如実に出た見事な剣舞だ。しかしいずれも、その刃先が兄をかすめることがない。

 セイルの表情が徐々に強張り、その瞳が怒りから焦りに揺らいだ瞬間。アレンの(からだ)がツバメのごとくひるがえった。セイルと交差した刹那、少年の(からだ)がぐらりと揺れた。


「ぐっ!?」


 突き飛ばされ、セイルが地面に転がったのだ。見上げたセイルの鼻先に、拳が迫っている。

 轟音(ごうおん)が響き渡った。

 石畳に、セイルの痩身(そうしん)が無造作に叩きつけられる。


「くっ!」

「終わりか」


 弟を見下ろす兄の顔は、なんの感情もこもっていない。淡々としたアレンの様子に、アルフが肩をすくめた。


「役者が違う。お前とこいつじゃ」


 セイルは頬を強かに殴られ、切れた口許を手の甲でぬぐいながら、恨めし気に兄とその相棒を(にら)んだ。石畳に倒れた(からだ)を支える左手が、()らった拳の重みを語るように(しび)れている。


「この俺が、命を懸けたことがないとでも言いたげだなっ! ガード家当主となるために俺がどれだけ血を吐くような想いをしてきたか、あんたに分かるかっ!? 時には殺されるような目にも遭った! それでも……、それでも母上を護るためには、俺は強くなるしかなかったんだ!」


 ゆらり、とアルフの傍らの気配が揺らいだ。目を転じると案の定、連邦で『鉄の軍人』と称される金髪軍人が、人を射殺さんばかりに、いま、ガード家本堂の方角に(にら)んでいる。

 無言のまま、アルフがアレンの肩を叩いた。

 セイルは小鹿のように(からだ)を震わせながらも立ち上がり、(うめ)いた。


「血を吐くような特訓など、いくらでもしてきた。そのたびに『お前はアレンの足許にも及ばない』と言われ続けてきた! 父上はついに、俺を見て、落胆していた……っ。お前が、いるからっ」

「セイル」

「安全な(おり)に囲われて仲間内でやり合うだけの闘犬と、野に解き放たれた俺たちを一緒にされちゃ困る」

(おり)のなかが安全だと? (おり)のなかには逃げ場すらないっ」

「逃げるなんて考えてる時点で、お前は俺たちと立ってる土俵が違うのさ」


 途端、セイルの顔がはっきりと(ゆが)み、鼻から唇にかけて震えが走った。

 アレンは肩にかかったアルフの手を払い、ラグズ基地から乗ってきた小型艇の方角を視線で示す。


「アルフ、もういい。行くぞ」

「そうだな。これから忙しくなる」


 そう断りかけたアルフが瞬くのと、アレンの顔が強張ったのは同時だ。


「セイルっ!」


 わけもわからず、セイルの(からだ)がアレンに突き飛ばされた。

 ふたたび石畳に転がり、セイルは(うめ)く間も兄から視線を外さない。そのとき、まばゆい閃光がセイルの網膜を焼いた。

 耳骨に響く重い剣戟(けんげき)音。黒く大きな影が兄に迫ったと見るや、刺客の刃を兄が黒刀で止めている。

 腰に()いている刀ではなかった。連邦で支給されている携帯刀(マテリアル)。軍服の胸ポケットに収容でき、折れればレーザーソードとしても使用できる連邦軍人の標準装備だ。


「あ、兄上……」


 セイルは目を見開きながら、どうにか思考を巡らせた。――兄よりも大柄の男。刺客。森の茂みに隠れていた、あの巨体が。その気配を、セイルは読めなかった。


「ぼうっとするな、セイル!」

「貴様、アレン・ガードか。やはりジェフはお前をガード家に戻したかっ!」


 二メートルを超える巨躯(きょく)の男は、レスラーのような分厚い(からだ)つきだった。服の上からでもはっきりと分かる体格の良さに反し、動きは鋭く軽やかで、巨体の不利を感じさせない。

 アルフが目を細めた。


(へえ……。あのタイミングで、アレンが抜かざるをえないほど鋭い一撃だった。この銀河時代に、刀を使う輩がまだいるとはね。物好きな奴ら……いや、この動き。もしかして特務か?)


 再度、両者の太刀がぶつかった。(つば)()り合いになる寸前、アレンが刃を寝かすと同時に肩で刺客を突き飛ばす。

 あり得ない轟音(ごうおん)とともに()ねられた巨躯(きょく)の男が、驚きに目を見開いた。見た目に反する挙動は刺客だけではない。

 相手が態勢を崩した(すき)に、アレンの手許が(ひらめ)く。


「連撃か」

「っ速い……!」


 抜き打ちから始まる強烈な剣舞が、刺客を斬り立てる。

 絶句するセイルのまえで、一撃を受け損ねた刺客の巨体が大きくよろめく。


「くぁっ!」


 転瞬、むきになって返した突きが、アレンに首をひねって(かわ)されている。だがセイルは、さらに度肝を抜かれた。刃のむしろとしか思えぬ兄の剣舞のから突きを返すタイミングを、見つけられなかったのだ。


「なんてやつだ……!」


 アレンに押されているが、相手もかなりの手練れである。

 傍らで、アルフが興味深そうに口端をつり上げていた。


「ぬぅう……、つぇぁああ!」


 上段で打ち合った刹那、刺客の目が鋭く光った。アレンの手許が浮く。刃を滑らせ、刺客が籠手(こて)を狙い打ってきたのだ。だが、アレンの黒刀が刺客の剣と触れた瞬間、籠手(こて)はコントロールを失ったように鋭く蛇行し、虚しく空を切るに終わった。

 ふたたび、(つば)()り合いの膠着(こうちゃく)状態に持ち込まれる。


(なんだ、この男は……! なぜこんな細身でありながら、この俺の崩しが利かぬ!)


 吹けば飛びそうな、比類なき体格差。それを前に、(から)め手でもアレンを突き崩せない。ガード家の人間は気功術を剣術に混ぜ合わせることで身体機能を爆発的に押し上げるという原理は知っている。

 だがアレンのそれは、連邦軍人が日常で教えられる技術のはるか高みにあった。


「おのれぇええ!」


 気勢を上げ、刺客が巨体に似合わぬ軽やかさでバックステップした。太刀の距離。両者に開いた間合いに、刺客が裂帛(れっぱく)の気合いとともに飛び込む。


「つぇああああ!」


 そのとき、アレンも鋭く踏み込んでいた。負けてなるものか、と刺客も打ち込む。両者が交差した。刺客が上段、アレンが胴抜きに振り切ったまま、互いに背を向けて立っていた。

 やがて「ぬぅん……」と低く(うめ)きが場に響いた。

 刺客が刀を握ったまま胴を深く斬られ、石畳に(たお)れたのだ。

 アレンは抜き打った態勢のままじっとしていたが、ふり返りもせず血を払うと刃を納めた。白い石畳に点々と血痕(けっこん)が散る。刺客のもとには早くも血だまりが出来始め、彼は白目を()いて絶命していた。

 セイルが思わずつぶやいた。


「なんて、強さだ……っ!」


 アルフが血だまりを踏まぬよう遺体の頭側から近づき、しゃがみこむ。死体の顎をつかんで横を向かせる。ぽっかりと開いた口。その奥歯が一瞬きらりと光った。アルフが口角を上げ、アレンを見る。


「意外に腕のいい刺客だったな」

「ガード家の次期当主を討とうというだけのことはある。本来ならば生かしておくのが筋だが、そうさせてもらえるだけの余裕がこちらになかった。父に言って、処理してもらうとしよう」

「そいつはいい。ガード家のお手並み拝見と行こうか」


 アルフの言葉に、アレンが無言でうなずいた。




「あれがアレン・ガードか。大したものだ……」


 円卓の中央に据えられた大型立体ディスプレイを見据え、男が重々しくつぶやいたのに、ほかの者たちも渋い顔で同意した。

 大型艦の会議室には、息を詰めるような緊張感が漂っている。

 室の半分を占める円卓のまわりに、ずらりと背もたれの高い椅子が並んでいる。その席を埋めるだれしもの視線が、同胞が最期に寄越してきた立ち合い映像に向いていた。時間にすると、五分にも満たない真剣勝負だ。

 円卓の長たる男が、鈍色の瞳を冷たく光らせた。


「ガード家にして百年に一度と言わしめるほどの天才……。奴がいなければ、ジェフ・ガードはいまの地位にはいまい。そして、その隣にいるのが連邦の狂人」

「厄介な相手が出てきましたな」


 隣から言われ、男は小さく首を振った。


「これぐらいのことはせねばなるまい。連邦に反旗を翻し、ガード家によって退けられた我らが御大将の無実を、なんとしても晴らすのだ。そのためにも――方々。力を貸してください」

「相手がガード家とあれば、我らとて申し分ない。この刃、存分に振るいましょうぞ」

「かたじけない」


 深々と頭を下げる男に、一同が唇を引き結んでうなずいていた。




 ガード家の膝下(ひざもと)で起きた事件の顛末(てんまつ)は、すぐに執務室のジェフ・ガードの耳にも届いていた。

 側近が追加報告をしにやってきたのを見るや、ジェフは連邦議長より寄せられた懸案書から視線を上げる。


「ジェフさま。遺体の検分が終わりました」

「そうか」

「恐らくは今回の謀反の首謀者であるエドガー・ランティスの弟、グラン・ランティスかと思われます」

「ほう……。エドガーの影武者として常に動いていた男か。剣の腕も相当のものであった。恐ろしい奴がいたものよ」


 抑揚なくつぶやきながら、懸案書に目を落とす。

 疑いに過ぎなかった敵の姿が、ようやく見え始めているのだ。(あぶ)りだす手立てに抜かりはない。


「それと、セイルさまが」


 次なる側近の戸惑い混じりの報告に、ジェフは執務机を強かに殴りつけていた。


「なにっ、セイルが家から居なくなったというのかっ! 馬鹿めが!」

「いかがいたしましょうか」


 問われ、湧き上がる感情を押し殺さんと一瞬顔面を震わせる。そのとき脳裡(のうり)に浮かんだのは、今日呼び寄せた長男の姿だ。

 ――少なくとも、アレンならば命を()してでも弟を護る。

 皮肉なことに、それは弟だけでなく、赤の他人であろうとも同じだ。どれだけ削ぎ落とそうと試練を課してもその本質だけはいまだ変わらない。


 だが、兄よりはるかに現状を、ガード家を受け入れている次男セイルならばどうか。もしいま、あれがガードの実態と実際に(まみ)えたならば、果たしてどのような結論を得るのか。

 当主に据えるまえに、見定めておくのも悪くはない。


「……かまわん。アレンとともに行くことで、奴もなにか見えるものがあるかもしれん」


 頭を下げた側近が、速やかに室を去っていく。

 シャンディアが夕餉(ゆうげ)をともに、と申し入れてきたのは、それから少ししてのことだ。切り札は、すべて掌中にある。




 アレンたちがラグズ4に戻る道すがら、アルフは小型艇の起動シミュレーション操作を進めながら、あきれ気味にアレンに話しかけた。


「本気で連れていくのか、あの坊主」


 操舵席に座ったアレンが、ヘッドアップコンソールのグリップを動かしながら、ふり返りもせずに応えてくる。そのメインディスプレイは、すでにスタート画面から転送された座標読み込みの画面へと切り換わっていた。


「俺から言って聞くように見えるか?」


 言われて、アルフが思わず肩をすくめた。


「ラグズが誇る理不尽大王も、弟のまえじゃ形無しだな」

「おい、ちょっと待て、だれが理不尽だ。……アルフ! ちょっと待て、待て!」


 早々に航路計画書を練り上げたアルフが仮眠室に引っ込もうとするのを、アレンが慌てて呼び止める。

 二人の様子を室の隅でうかがっていたセイル・ガードは、船尾に向かうアルフとすれ違う際、横目で(にら)んで言い放った。 


「俺はアンタたちに付いていくわけじゃない。アンタたちのすることを見届けるだけだ。足手まといにはならん」


 アルフはなにも言わずにため息をこぼすと、肩越しにアレンをふり返った。


「世話はお前に任せたぜ、アレン」

「わかっている」

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