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第四話 腕試し

「とりあえず、兼定が相手ならこれでいくぞ!」


 気勢よく剣で対抗すると宣言したブレアが、さきほど視線を送ったセントラルフロアの壁に向かった。ここにはバンクと呼ばれる武器貯蔵庫が隠れている。基地登録された軍人のDNAと音声入力さえあれば、三百種類以上の武器のなかから好みの得物を瞬時に選び取れる代物である。


「大剣か」


 アレンの言うとおり、ブレアが取り出したのは身の丈ほどもある幅広の剣だった。握りが太く、(つば)が翼の意匠になっている。

 特務軍人たちから歓声が湧いた。


「おぉっ、ブレア。かっけぇー!」

「似合うだろう! 細身の俺が持つと見事なまでに隠れるぞ。ほれほれ」

「銃弾の盾に使えそうだな!」

「そして切れる! フッ、男は腕力! さあ行くぞ、アレンンンンン!」


 ブレアが上段に構えた。打ち込みとともにすさまじい太刀風がアレンを襲う。身をひねったアレンへ、追い打ちの横()ぎがせまる。紙一重、アレンの鼻先を銀弧がかすめた。

 

「おぉっ、さすがブレア。初めて持つ大剣でも見事に使いこなしてやがる! 武器のセンスは最高だな」

「ブレア大尉の強さはどんな武器でも握りこんだその瞬間に、使い方がある程度わかる、ということですからね」


 ロシュの言うとおり、ブレアの重い剣線が空間を切り裂いていく。見かけによらず、敵を叩き(つぶ)すような威力と勢いのある剣である。それをアレンは紙一重で見切る。


「テメエ、避けてばかりでなぜ攻撃してこん!」

「では」

 

 打ち込んでくるブレアに向かい、アレンもぬき打った。

 飛び違った二人の頭上を、扁平(へんぺい)な物体が放物線を描いて跳ねていった。

 鈍い音を立てて床に突き刺さったそれは、刃の上半分だ。ブレアの大剣が、半ばで折れている。

 

「おいおいおいおいおいっ! 紙切れみてえに、この鉄の塊をスパッと切りやがった……!」

「アルフ、あれはまさかっ、お前が以前言っていた……!」


 ブレアの悲鳴に応じるように、レスターがはっと部下を見る。

 白髪の青年軍人が無言でうなずいた。


「あの腰刀、本物かっっ!」


 レスターの頬が引きつる。素知らぬ顔で、アレンが打刀を正面に突き出した。

 緊張の糸が、張り詰める。


「ま、まさかアレンっ! お前、素手の相手に……!」

「ブレアァアアアッ!」


 特務軍人たちから悲鳴のような叫び声が上がるのと同時、アレンが屈んだ。

 

「うぉぅ! っと」

 

 空寒い風切り音。ブレアの脇を鋼鉄が過ぎる。肉厚の大剣を寸断した獰猛(どうもう)な刃が、ブレアから表情を失わせた。

 円を描いて反転したアレンが、声を弾ませた。


「大尉こそ、腕は落ちていないようですね」

「テメっ! 素手相手になんちゅうことを!」


 ブレアの非難は、アレンには届かない。


「ガード少尉の突きを避けたっ!?」

「すごいっ、ブレア大尉!」

「エルくん、ピアくん。一応特務なんだ、ブレア……。あんなんでも特務なんだ」


 驚く末姉妹たちに向け、レスターが眉間に手をやりながら言った。


「白刃取りなんてミスったら死ぬっ!」


 慎重な顔つきでブレアが毒づいた。刃の発する本能的な恐怖を(からだ)が思い出し始めている。寸前をかすめる絶刀の流れが読めない。アレンの刀が、実際より大きく見える。

 ひりつく剣気に動物的な勘で反応する。逃げ場を間違えば袋小路に追い込まれる。

 外野からヤジが飛んだ。


「おい、どうしたブレアっ! やられてばっかだぞ!」

「ひよっこに負けてんじゃねえぞ、ブレア!」

「素手でなににしろってんだ、お前ら! くそっ、バンクまで走らなければ!」

「だから謝れって言ったのに。言っとくけど兼定持ったそいつは、いつも以上に容赦ねえぜ。大尉」


 アルフの忠告が身に染みたが、答える暇はなかった。

 アレンの刃が、かがんだブレアの真上を刈り取った。(すき)。がら空きのわき腹に向け、拳を握り込んだが打たない。刀の奥で、こちらを観察するアレンと目が合った。

 ブレアが笑う。

 一瞬のやりとりだった。


(よぉーし。やっと奴の動きが見えてきたぜ。そろそろ反撃と行くか)


 顔の前に拳をそろえた。アレンが打ち込んでくる。まともに目で追うと反応が遅れる。パターンを読めば逆に誘い込まれる。この男は、こちらの動きをよく見ている。 

 しかしブレアも、目が慣れてきている。

 アレンが斬り立ててくる。太刀風ですらこちらの肌を切る、冗談のような切れ味だ。うち、強烈な一閃を紙一重でかいくぐり、


「そこだぁあ!」


 みぞおちに正拳を叩きこんだ。くの字にアレンが(からだ)を畳む。が、直撃していない。寸前で右掌に止められていた。とっさに柄から片手だけ離し、躰を引いて受けられた。

 刹那、ブレアが蹴りを放った。屈んだ態勢からアレンも蹴り返してくる。

 激突した直後、躰をぴたりと付けた拳打の応酬が始まった。


「この距離じゃ刀は振れねえぜ! ひよっこが! 本気にさせたこと、後悔させてやらぁ!」

「金色の獅子が目覚めたっ?」

「眠れる獅子が!」

「眠りしか知らねえと思ってた!」


 同輩たちからどよめきと歓声が湧く。

 苛烈(かれつ)なアレンの連撃をブレアは見事に受け流す。

 腕力は互角。技はブレア、切れはアレンに分がある。

 ただ、それは純粋な肉弾戦での話だ。一歩間合いを違えれば、刀の一閃がブレアを襲う。

 そしてこのアレンという男は、恐ろしく学習能力に富んでいる。ここで押し切れなければ、なにが起こるか分からない。


「俺に武器をぉー! アルフ、なんでもいいから武器武器武器っ! このガキ、マジでぶっ飛ばしてやらぁ!」


 アレンの右正拳を右に流し、ブレアは息を大きく吸って叫んだ。

 そのときである。アレンの両手両足がまばゆく光った。


「なにっ!?」


 六発の拳と蹴打が、同時に飛びこんでくる。 


(野郎っ、マジか!)


 目より先にブレアの躰が対応する。針山のような拳打のむしろをやり過ごし、反撃の機会をうかがうが、


(しまった、ラッシュ力は!)


 アレンの拳に乗せられた気は、厚さ三十センチの鉄板をも軽々と突き破る。スネイク中佐のときは加減していた。だが今回は、風切り音が加減の余地などないと答えてくる。それが六発、一挙に放たれてくるのだ。連撃の合間に隙はなく、ブレアの腕をもってしても防戦一方にならざるを得ない。

 ブレアが抗議するように叫んだ。


「テメエ、ガード流使いやがるとはマジかっ!」

「だがさすがブレア! 受け切った!」

「うぉおおっ! 手がしびれた!」


 握りづらくなった自分の両手を、ブレアが振る。

 ガード流とは、アレンの家系が編み出した武術だ。銀河連邦においてもっとも合理的な戦闘術と称され、地球人の身体機能を爆発的に押し上げる気功闘法を駆使する。

 特務軍人たちが、どよめきを上げた。


「距離が開いた!?」

「んにゃろぉお! それじゃ蹴りも届か――」


 言いかけて、ブレアの顔色も失せた。


(蹴りが届かない間合い? しまっ……!)


 アレンが、刀を振りかぶっている。


「つぉおおおっ!?」


 くり出された斬撃の(おり)から、ブレアはとっさに(からだ)を丸め飛びのいた。

 一瞬前に立っていた足場が、まるで羽毛のように毛羽立っていく。

 ブレアが気色ばんだ。


「アァアアルフッ! 武器はどうした!? お前の無名でもいいぞ!」

「やらねぇよ。さて、なにが出るかな? ……大尉!」


 アルフが壁の空間圧縮型武器貯蔵庫(バンク)からブレアに戦斧(せんぷ)を投げうった。


「おぉっ! 巨大なまさかりよ。これなら負けんぞぉおお!」


 ブレアが裂帛(れっぱく)の気合を放ち、叩きつけるような斬撃でアレンを攻め立てた。重量武器でもブレアの敏捷(びんしょう)さは損なわれない。

 三合、立ち合った。

 わずかに距離を開けた両者が、(にら)み合う。岩をも砕く戦斧の先をブレアは横目見た。美しい半円を描いていた刃が、いまの間にはつられ(・・・・)ている。


「ふっ! もうボロボロじゃねえか、この斧! 使えねえ……。対して兼定は刃(こぼ)れひとつねえってか? どんだけぇ~~~! なんとかしてくれ、アルフ!」

「だから謝れって言ってんのに。しょうがねえな……」


 後ろにいる部下は冷めた様子で首を振った。ブレアの戦斧とアレンの打刀を何度か見やり、あきらめたように溜息を吐いた彼は、腰に差した刀『無名』に手をかけた。


「おぉおおおっ! 本当か、アルフっ!?」

「やっぱやめた」


 なにが気に入ったのか。アルフはこちらを見て意地悪く笑うと、ふたたび武器貯蔵庫(バンク)に腕を突っ込んだ。

 次に寄越してきたのは、槍だ。


「くそおお! 行くぞ、おらぁあ!」


 二メートルほどの槍をブレアはまるでバトンのように繰る。

 同輩から、驚きの声が上がった。


「つうか、次から次へとあの武器を使いこなせてるのがすげえよ……」


 槍が、鋭く突きこまれた。空圧がまるで蛇のようにアレンに襲いかかる。ブレアの上体はほとんど動かない。中腰のまま下肢のひねりだけで放つのだ。打ち込まんと頭上に構えたアレンが、虚を突かれて後ずさった。


「風切り音が普通じゃねえ!」

「さっすがああ!」


 歓声が湧き起こった。


「槍、いい感じだな、アルフっ!」


 さらに追い打ちをかけながら、ブレアが後ろの部下に話を振る。槍が(くう)を裂く獰猛(どうもう)な音。穂先が増えたように見え、アレンの動きがようやく防御に回った。

 打ち込まんとするアレンの面を、槍で突く。とっさに柄で止められた。


「……くっ」

「ふっふっふっふ。お前が剣を振るよりも早く、俺は槍を突けるぞ。すばらしい、なんてすばらしい」

姑息(こそく)な手を使いだしたぞ、ブレア!」

「やかましいっ! その場から突きだすだけで武器になる。なんてすばらしいんだ、槍。僕は大好きだ!」

「ま、最初はね」


 ふと、アルフの不吉な言葉が耳に反芻(はんすう)した。


「へ?」


 目を丸めたとき、ななめ横にすいと逃れたアレンが打ち込んでいた。ブレアの手許が軽くなる。側面から槍の柄を切り落とされていた。


「えっ?」


 蒼眼と目があった。瞬間。斬撃の(おり)がブレアを襲った。


「はがぁああああっ!」

「わざわざ間合いに入ってからの連撃。兼定での連撃。さすがアレン。容赦ねえ」


 アルフが顎を()でながら満足気に喉を鳴らす。

 穂先を切られたブレアはほぼ素手だ。なんとか刃をかいくぐるものの、すべてかわしきった彼の顔には明らかな疲労が浮かんでいた。


「ふーふーふーっ! し、死ぬかと思った……!」

「避けたぁあっ!? いま死んだと思ったぞ!」


 特務軍人たちの言葉は、この場にいるすべての者の心境を代弁した。

 アレンが満足気に口端をつり上げる。切れ長にある蒼瞳がぎらついた。


「さすがブレア・アルバート。この程度では仕留められないか」


 呼吸を整える間もない。

 アレンは片手に刀を提げた状態で息を吐くと、全身から気を発散させた。

 瞬間、竜巻のような気柱がセントラルフロアの天井に向かって走った。中央に立つアレンを中心に金色の光が噴き出し、彼の金髪が風に逆巻く。


練体覚抄(れんたいかくしょう)、ですね」


 ロシュが、無表情ながらもあきれたようにつぶやいた。


「待てっ! 待て待て待て待て、お前ちょっと待てっ! 分かった! 俺が悪かった!」


 手刀を切るブレアの後ろで、アルフが腹を抱えて笑いだした。

 ブレアのまえでは、全身に気をまとったアレンが邪悪な笑みを崩さない。

 『練体覚抄(れんたいかくしょう)』とは、普段アレンが拳や脚に集約させている心気と大気を全身にめぐらせ身体能力を爆発的に押しあげる気功術のことである。

 ブレアは口のなかが急速に乾くのを感じながら、背中の部下に言い放った。


「アルフくん、無名をくれたまえ。せめて無名を」

「……ぶった切られんじゃねえの?」


 ようやく笑いから立ち直ったアルフが、意地の悪い顔で言ってきた。

 ブレアは目を皿のように見開いたまま、右手を大きく振る。


「僕は戦わなければならないんだっ! アルフっ、このまま僕に死ねと言うのか!?」

「南無」

「ブレアァアアアアアアアアアアッ!」

「アトロシャス、どうするつもりだぁあっ!?」

「お前の上官、殺されっぞぉお!」


 特務軍人たちの動揺のなか、アルフは暢気(のんき)な眼差しをブレアとアレンに向けるだけだ。一方で、彼はだれにも聞こえない声音で一人ごちた。


(やっぱアホだな、アイツ。大尉もたいがいだけど)


 アルフの言うとおり、アレンには一切、退く気がない。

 ラグズ軍人たちが固唾(かたず)を飲みこむ。

 場にいる全員が固まるなか、ブレアが声をかぎりに同輩たちに向かって叫んだ。


「だれか私に武器をくれぇえ!」

「受け取れ、ブレアァアアッ!」


 特務の一団から、武器が飛んでくる。二振り。同じ長さの双剣だ。

 受け取るや、ブレアの眉が雄々しくつり上がった。


「ふっ、二刀流か。悪くない。さあ、来い。アレン・ガード! 私は逃げも隠れもせ――」


 胸を貫かれるような鬼気を感じた。衝撃が両腕をきしませる。大砲で撃たれたような尋常でない轟音が、鼓膜を破かんばかりに()いていった。屈んだブレアの頭上で、アレンの突きが止まっている。双剣を交差させ、反射神経だけでブレアは太刀を(はさ)み止めたのだ。

 そのブレアの背に、冷汗がにじんでいた。


(音が……! 風切り音が普通じゃねえっ!?)


 低く(うめ)き、渾身(こんしん)の力で刃を弾き返す。

 ふと疑問が、ブレアの口をついて出た。


「ていうか、音があとに続くのはなんでだ? 剣を振ったあとに音が鳴ってるぞ?」


 後ろで、アルフが頭を()いた。


「これくらいが潮時か……。大尉!」

「おぅ!」


 アルフが愛刀を投げよこしてくる。阻むようにアレンの連続斬が襲いかかってきた。

 冷汗に歯を食いしばりながら、ブレアは安い双剣でどうにか流しきる。飛んできた打刀『無名』を救いの(わら)と、遮二無二受け取った。

 加えてその無名を一気に抜きはらい、ブレアが雷のごとき鋭さで打ち込んだ。

 受けたアレンが、片腕で刃を弾き返してくる。


「の野郎……! 年寄りをちったぁ労われよ!」


 ブレアが肩で息を切らす。

 アレンは好戦的に笑むだけで答えない。

 構える。


「盾の剣、破らせてもらう。ブレア・アルバート」

「ったく」


 観念したように頭を()き、ブレアも正眼に構えたままゆっくりと息を吐きだした。その呼吸に合わせて引き締まった体躯(たいく)が大きく起伏する。

 火の(おこ)る音が、しだいに大きくなった。


「破ぁああっ!」


 アレン同様、ブレアの全身からほとばしった金色の気柱が、セントラルフロアの天井を突いていく。金褐色の髪が陽の光のように輝いた。

 互いの剣気がフロアでぶつかり、息苦しく、肌を突き刺すような緊張感がこの場にいる全員の動きをぴたりと止めた。


「なっ……?」

「ブレア……」


 特務軍人たちがぼう然とつぶやいた。

 驚きと緊張が占めるなかで、ブレアは颯爽(さっそう)と紅い軍服を脱ぎ捨てた。

 アレンの突きが飛び込んでくる。軽く、腕を掲げた。剣戟(けんげき)音。アレンが、虚を打たれたようにわずかに目を丸める。彼の突きをブレアは正面から止めた。相手のわずかな力点を突いて、止めているのだ。


「っく!」

「盾の剣を破るんじゃなかったのか? アレン。この俺の、最強の二つ名は伊達(だて)じゃねえぜ。心してくるんだな」


 普段のブレアからは想像もつかないような、落ちついた声音だった。表情こそいつも通りだが、全身に気をまとったせいで岩のように大きく、たくましく見える。

 さきほどはブレアの剣を片手で弾き返したアレンが、いま力が拮抗(きっこう)して動かせずにいる。

 アルフが口端をつり上げた。


「さすが本家」


 この練気法は、特務のなかでだれよりもブレアが長けている分野だ。

 特務軍人たちも神妙な面持ちでうなずく。


「ブレアの制空圏。決まったな」


 水を打ったような静けさが、セントラルフレアに降りた。

 その静寂を壊さないように気を付けながら、エルがロシュに問いかける。


「制空圏って?」

「あらゆる武器において自分の攻撃範囲と相手の攻撃範囲を瞬時に理解し、その間合いをすべて(とら)えるブレア大尉の技のことです。いま彼にどのような攻撃を仕掛けたところで、すべて叩き落とされるでしょう」

「どう対処する。アレン」

「ガード流は俺には効かんぞ」


 ブレアの笑みを受けて、アレンの眼光が一層鋭さを増した。得意の連続斬がブレアを襲う。その攻撃を前に、少し前はのけぞるよりほか、ブレアに対処する術はなかった。

 しかし、今度はすべての動きを、あらかじめ見知っているかのように柳のように受け流していく。立っている位置、その上体すらほとんど移動しない。

 エルが思わず、驚きの声をあげた。


「ガード少尉の連撃を、あんなに見事に……っ」

「ブレア大尉が最強と言われる(いわ)れは、あの絶対防御壁にあります。最強の盾あってこその、剣の一撃なのです」


 ロシュが激突する二人を見つめながら、ルームメイトに説明する。通信課のピアには二人の動きすら追い切れず、ほうけたように口を丸めるだけだ。

 ブレアの鋭い突きが空を断った。


「アレンの牙月(きばづき)の株を奪うような一撃だ。しかも、その場で振り出しただけなのに」

「やはり制空圏をガード流ではやぶれないか」

「斬り応えがある。――なあ、兼定」


 アレンが口端をつり上げた。


「ふん、ガード流を捨てたか。それで制空圏が破れるか?」


 両者の間合いは、二メートル。ともに得物の長さは似たようなものだ。

 互いに踏み込む機会を探り合い、円弧を()いて(にら)み合う。 

 そのときだった。

 裂帛(れっぱく)の気合いを放ちながら、アレンが打ち込んだ。一瞬、彼の打刀『兼定』の刃が、陽光を宿したように金色に輝いた。


(やばいっ!)


 本能的に、ブレアが鋭くかがむ。


「ブ、ブレアが避けた!?」

「制空圏を発動していたはずなのに、流すことも受けることもせずに避けるだとっ!?」


 驚いている間のことだった。

 金色の斬線が、ブレアが直立した空間を容赦なく断ち切った。なにもない空間の、音の壁を間違いなく切り裂いたのだ。

 セントラルフロアの床が、刃に触れてもいないのに深い溝を作って二つに割れた。

 ブレアが不敵な顔つきのまま、低く喉を鳴らす。


「アレン……。お前、相当とんでもねえ修羅場くぐってきたな。その刀を使ってなお、とんでもない修羅場だ。おもしれえ……。確かにその一撃なら、俺の制空圏を破れるな。だったらこっちも――手段を変えるまでだ」


 アレンが、刀を右斜めに退く。脇構え。

 対するブレアは動かない。


「こ、これはどうなるんだっ!? ブレアのやつ、捨て身だ!」

「おいおい。銀河連邦最強と呼ばれた男が、本気で二十そこそこのガキに押されてるってのか! 怖ろしい才能だぜ……!」


 次の瞬間。さきほどと同じ、金色の斬線がブレア目がけて振り下ろされる。

 対するブレアは黄金の光を真っ向に受け、まっすぐ突きをくり出していた。

 中央で両刃がぶつかる。

 ぴたりと、両者の動きが止まった。

 アレンの喉仏と、ブレアの(けい)動脈。

 それぞれが相手の急所を(とら)えた体勢で止まっている。


「そこまでっ!」


 レスターの声が、凛と響いた。氷のように閉ざされた場の空気が、霧散していく。

 ブレアが深い溜息を吐いて刃を退けた。アレンも続く。


「くっそぉ。久々にマジで本気になっちまったぜ……!」

「ブレア、大丈夫か!? 生きてるか!」

「なんとかなぁ。皆、俺は生還したよ……」

「おめでとう! ブレア、おめでとうっ!」


 同輩たちに囲まれながら、ブレアは満足そうに何度もうなずいた。

 白髪の部下をふり返り、彼の愛刀を返してやる。

 アレンの打刀『兼定』同様、瑶鋼(たまはがね)という特殊な金属でできたアルフの刀は、激闘を繰り広げても刃(こぼ)れひとつない。


「ほいアルフ。無名ありがとね」

「チッ。仕留めそこないやがって」


 アルフが帯刀しながら、アレンに向けてぽつりと言った。

 ぴくりと、ブレアの眉が上がる。


「――なんだって?」

「なんでもないよ。大尉」

「お前、ゆるさぁああんっ!」

「ちょっ、待っ、大――っ!」


 ブレアが叫ぶと、アルフの襟首をつかむややすりでもかけるように激しく頬ずりした。アルフの全身が、見てわかるほど寒気で震えた。

 彼の悲鳴がセントラルフロアに盛大に響いても、だれも気に留めたりはしない。

 アレンは新たに手に入れた打刀『兼定』を見つめて、自省するようにゆっくりと首を振った。


「今日こそいけると思ったが、俺もまだまだ精進が足りないようだ」


 ロシュは無言で斬痕(ざんこん)と穴だらけになったセントラルフロアの壁や床を見渡した。

 眉間に手をやり、彼女はがっくりとうつむいてしまう。

 己の愛刀を見据えるアレンは、ふり向かない。


「いつも通り、ですね……」


 ぽつりとつぶやいたロシュの言葉が、アルフの悲鳴と重なっていた。


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