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第三話 ラグズ4

【宙域図】

挿絵(By みてみん)

 銀河の渦中心を原点に、銀河系は流れに沿って二十三の宙域に区分されている。

 アレンたちが所属するラグズ宙域は、銀河開拓史のなかでは比較的歴史の浅い南側にある。銀河最外縁を成すユル宙域を『北』、エオロー宙域を『南』と決めたことで、広範な銀河連邦領を『東側』、対立するキヴォロワ帝国領を『西側』と俗称するのに役立っているのだ。

 基本的に、北側に比べ銀河の南側は、惑星文明レベルが五年ほど遅れている。銀河連邦発祥地たるソレイユ宙域と、敵対するキヴォロワ帝都が、どちらも北側に属するためだ。

 しかしラグズ宙域は、位置としては連邦本部(ソウイル)宙域から遠く隔絶された辺境区にあるものの、北側の最先端文明レベルに合わせて基地を建造している。特に中心となる第四宇宙基地はそれが顕著だった。なぜならここは敵対国家キヴォロワと宙境をなし、いまだ開拓宙域にあるからこそキヴォロワとの衝突が頻繁に起きる激戦区であるのだ。



 アレンはそんな真新しい宇宙基地の、黒塗りの分厚い隔壁を幾重も通過し、トンネルに似たつるりとした通路を進んでいく。

 まだ数か月しか離れていないというのに、どこか懐かしいと感じた。ラグズ宙域第四宇宙基地の窓口、セントラルフロアに着くと、真っ白な円筒状の広間がそれまでの閉塞感を忘れさせるように一挙に広がり、六階まで吹き抜けになった天井から自然と見紛う蒼穹(そうきゅう)が広がるのが見えた。

 吹き抜けに面した各階の廊下は、すべてガラス張りになっている。地球では見られない黄金色のツル植物が人目を和ませんと上品に飾り立てられたさまは芸術的な評価も高く、基地に属する者が家族を招いたとき、一度は記念写真の場に選ぶ。

 (ちり)一つないフロア中央。普段は顔を合わせる機会の少ない特務軍人たちがいま一般隊員に混じって並んでいた。


「お帰り、アレン」

「ガード少尉、お帰りなさいっ」

「お待ちしていました、ガード少尉」

「ガード少尉、会いたかったっす!」

「おぉっ、アレン! やっと帰ってきやがったか!」

 

 歓声が湧くのと同時に、人垣がアレンに押し寄せた。中心のアレンはあっという間にもみくちゃにされ、四方八方から首っ玉を抱えられて(うめ)いていた。おもに首を抱え、その頬に拳を当てているのが特務軍人だ。


「テメエのせいで俺たちがどれだけ大変な目に遭ったと思ってんだ、おもにアルフが!」


 笑い声のなかでアレンも反論を試みているが、屈強な先輩軍人たちの怒声と罵声(ばせい)()き消えていた。多勢に無勢だ。おのれ、と心中を語るように拳を握りしめるアレンと、ふと間近にいた特務軍人の目が合う。先輩軍人は真面目な表情で二、三度うなずき、ニッと腕白そうに笑うやアレンの左腕を締め上げた。

 ブレアが、静かに首を振った。


「もうやめてやれよ、お前ら」

「ブレアっ! 普段働くのを絶対嫌がるお前が、フル稼働させられたっていうのに!」

「そんなお前がなぜっ?」

「うん。なぜだろうな……」


 驚きに目を丸くした特務軍人たちの視線を感じながら、ブレアは吸い込まれそうに高い天井を見つめた。本当に静かな表情だった。まるで悟りを開いたような。

 その隣で、アルフが拳を握りしめている。


「いま思い出しても腹が立つぜ……。寄ってたかって人のデスクにどんどん書類積んでいきやがって。お前ら……」

「本当にお疲れ様でした、アトロシャス少尉」


 ロシュが目を伏せる。

 ラグズ宙域第四宇宙基地。俗にラグズ(フォー)と呼ばれるここは、総司令官レスター・ドートルの仁徳から、階級の隔たりを感じさせない、軍隊として異例の職場だ。しかしアレンもアルフも最年少の特務であり、ほかの基地同様に雑務を引き受ける機会は多い。

 さらに『鋼の淑女』たるロシュは、特務任務外であろうとその高い事務処理能力を発揮してしまうため、部下であるアレンが彼女に張り合って特務任務外の仕事を担っていたのが、三ヶ月前までの日常だ。


 状況が一変したのは、それから少しして起きた『クレナモ事変』からだった。

 これを機に、基地の柱と化していたアレンは行方知れず。残ったのは、彼の任務に上乗せしてそれまで行なわれていた数々の雑務である。またたく間に遅滞していく艦内処理をまえに、もはや基地機能の六分の一は凍結させるほかないと(あきら)めかけていた。

 そんなとき、レスター総司令官とブレア特務隊長は現場の意見を大いに取り入れ――生贄(いけにえ)、もといアレンの代役としてアルフを雑務処理係に抜擢(ばってき)したのである。

 うず高く積まれた書類に埋もれながら、決死の顔で端末を叩いていたアルフを思い出したのか、ロシュが静かに眉をひそめた。


「本当に、お疲れさまでした」

「ロシュ。お帰りなさいっ」

「エルとピアにも。苦労をかけましたね」


 そう言って、二人の少女にロシュが向き直る。華やかな満面の笑みを浮かべるピンク髪の少女が、通信課のピア・メープル。静かに微笑む赤髪の少女が諜報課のエル・ケーニッヒである。

 二人ともロシュの部下であり、ルームメイトだ。諜報課のエルは冷静沈着なしっかり者の次女、通信課のピアは天真爛漫(らんまん)な優しい三女として、ロシュを長女に、ラグズ4では三姉妹との認識がなされている。


「…………あの。人の所為で苦労したというような物言いは、ちょっと」


 どうにかこうにか人垣から()い出たアレンが、互いをねぎらい合う特務軍人たちに納得のいかない顔で意見した。それまで笑顔で出迎えていた先輩隊員たちが、動きを止める。

 みなが、アレンを見た。


「お前のせいだぁああ!」

()めてんのか、こらぁあ!」

「いや、しかし」

「しかしもかかしもないわ貴様ぁあああ! 俺たちの苦労をなんだと思っている! 俺たちの苦労をぉおお!」

「所詮はお坊ちゃんってことかよ、アレン!」

「ときに諸君、私は気になることがひとつあるんだ」

「今度はどうしたんだよ、ブレアっ!」


 鋭くふり返った特務軍人たちがブレアを見る。ブレアは深刻な面持ちで顎を()でていた。


「アレン。貴様いつからその腰刀……!」

「事態が収拾するまで潜伏している間、いろいろありまして」


 対するアレンはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに深くうなずき、嬉しそうに腰の打刀に触れてみせた。黒鞘黒柄。見た目はありふれた刀だ。しかしアルバートの表情は晴れず、眼球だけを動かしてアルフを見た。


「こいつがちゃっかり持ってきた、ってことは……なんだよな? アルフ」


 彼の緊張がみなにも伝わったのか、息を()むような沈黙が場を占める。

 特務軍人たちが見守るなか、白髪の青年軍人が暗い面持ちでうなずいた。


「そうかぁ~~」

「兼定の凶悪性は、以前提出した映像レポート通り」

「お前、暇だったろっ!? なにを遊んでるんだ!」


 アレンが思わず叫んだ。

 十人ばかりの特務軍人たちが眉をつり上げて、張った胸を親指で叩く。


「お前に暴れられて困るのは我々だ! そしていつになく、アルフが真剣に言うんでな!」

「軍用艦を剣でぶった斬れるようになったらしいな!? アレン!」

「そんな化け物を相手に、俺たちは一体どうすればいいんだろうなっ!」

「騒ぎを起こさなければよいのでは?」

「だが断る! 大人しいラグズ4なんて、俺たちじゃないじゃないっ! 一般隊員たちもそう言っているぞ! なあ、諸君!」


 彼らがふり返った先は、深緑の制服を着た若者たちのほうだ。みな晴れ晴れとした表情で、特務の人垣から離れたアレンを、あっという間に取り囲んでしまう。


「ガード少尉、お帰りなさい!」

「ガード少尉、お帰りなさいっ」


 和気あいあいとしていた。


「あれ?」


 特務軍人たちが、面を喰らって目をこする。

 ブレアが眉間に手を添えた。


「たまに俺たち、置いてかれるよな……」

「外面いいからね。アレン」

「あなたたちに付き合うと日が暮れても終わりませんから。さ、仕事ですよ。みなさん」


 アルフの言葉にブレアがうなずいていると、ロシュが手を叩いて再開を促した。

 紅服の軍人たちが眉をつり上げる。互いを(にら)み、弾かれたように彼らが一斉に手を挙げた。


「今日こそは俺が現場に!」

「いや俺こそが現場にぃい!」

「事務はもう嫌だぁああ!」

「現場行っても、報告書ってのがあるからな」


 アルフが釘を刺すように横槍を入れる。うつむいた彼らは、拳を固く握りしめた。


「現場に行ったら俺たち、処理を忘れられるじゃないか……!」

「報告書ってなんすか?」

「死ね」

 

 眠そうに髪をいらっていたブレアに、アルフの暴言が飛んだ。目を見開いたブレアが、フロア端にあるデータバンクを指差して唇を(とが)らせる。


「書いてるじゃん、ちゃんと!」


 ブレアがそう言って、空間ディスプレイから報告書を呼び出した。数週間前の出撃案件についてだ。

 アルフが無言で、アレンにディスプレイを示す。一般隊員たちはロシュの指示ですでに持ち場に戻っていった。審査員に選ばれたアレンは嫌な予感を覚えながらもうなずき、ブレアの報告書を自分の手元にも表示させた。見る間に、その表情が固まっていく。報告書は出撃内容にもよるが、通常すぐ処理できる案件でも二枚にまたがるものである。

 ブレアの報告書には――真っ白に近い一枚の画面には、大きな文字でこう書かれていた。


  ○月×日、ロックウォーをやっつけた。

  以上。


「ほらね」


 得意げにブレアが胸を張る。

 アルフの目が、怒りで燃えた。


「だれが、代筆してやったと思ってんだぁあっ!」

「なんで殴るんだよぉお、アルフー」


 ゴムボールのように床を跳ねていったブレアが、壁に打ち当たる。どこも傷ついていないのか、彼はけろりとした顔だ。


「最近、アルフが暴力的です」


 それでも虫歯をこじらせたように右頬をさすりながら、ブレアがアレンを見た。

 アレンがこめかみに手をやりながら、白い報告書の画面を叩く。


「大尉、これをまさか、提督に見せていませんよね」

「それが。ちゃんとアルフに見せたらいきなり殴られて。で、アルフがなんかものすごい速度で端末打ち始めた。そんでそのときのこと、根掘り葉掘り聞かれた」

「本当によい部下ですね、アトロシャス少尉……」

「たまにものすごい面倒見のよさを発揮するよな、お前。俺でも驚くほどに」


 ロシュとアレンが、しみじみとアルフを見る。白髪軍人はうつむき、握りしめた拳を見つめていた。


「そりゃあ俺だっていつもなら提督に見せに行って冷かすくらいするぜ。けどな、頂上の見えない紙の山が……。このアホに構ってられる時間が、どこにもなかったんだ」

「……なるほど」


 ロシュとアレンが声をそろえてうなずく。

 アホ呼ばわりされても、ブレアはつるりとした顔で頬をさすっているだけだ。つぶらな瞳には一点の曇りもない。

 そのときだった。


「お前たち、いつまで俺を待たせるつもりだ! たぶん入り口あたりで入ってこないだろうと思ったが、なんで私がわざわざ迎えに来にゃならんのだ、アレン! 早く来なさい、早く!」


 セントラルフロアから作戦本部室に続く通路の手前で、将官服を着た男が手招きしていた。ラグズ宙域第四宇宙基地の総司令官、レスター・ドートルである。

 浅黒い肌の五十絡みの軍人で、鼻筋の通った四角い顔に品がある。黒い口ひげを蓄え、軍帽をかぶっているため表情が読み取りづらいが、切れ長の目にはつねに優しげな光が漂っている。ただ今回ばかりは隊員復帰を心待ちにしていたのか、せわしなく軍靴を鳴らしていた。


(めんどくせー)


 ブレアが、レスターの心境を見てとって首を振った。第四基地でもっとも付き合いが長いのがブレアとレスターなのだ。

 ふとレスターと目が合うと、黒髪の総司令官は近く寄ってきてブレアの背中を勢いよく叩いた。


「なにか言ったか、ブレア!」

「いってえ! なにしやがる、レスター!」

「ユーモアだ。大尉」

「さすが提督。ユーモアですね」


 一瞬素に戻ったことなど忘れたように、ともに真顔で、うなずき合った。

 レスターの視線があらためてアレンを向く。


「やっと帰ってきたか」


 ようやくいつも通り、威厳に満ちた微笑みを浮かべる上官に、アレンが切れのある敬礼で答えた。


「本日より第四配属になりました、アレン・ガードです。レスター提督、今後ともよろしくお願いいたします」

「うむ。アレン、さっそくで悪いがお前の腕が鈍っていないとも限らないのでね。少し試させてもらってもかまわないか」

「むろんです」

「ではだれが試すか、だな」

「俺がやる。アレン、遠慮はいらんぞ」


 ブレアが名乗り出た。

 特務隊員たちが物珍しそうにブレアの横顔を見る。アレンが一瞬だけ、嬉しそうに口端を上げた。


「了解」

「得物はなにでくる。選ばせてやろう」

「では」


 彼が腰の刀に手をかけた。

 ブレアが遠い目をして、フロアの壁を見る。


「そうか。バンクから武器を取り出さないか……」

「謝っとけよ」


 アルフの忠告を振り払うように、ブレアが叫んだ。


「ひよっこが、()んでやらぁ!」

「謝っとけって」

「いや、あの腰刀。見せかけだけかもしれんぞ?」

「そんなもん、アイツが後生大事に持ってるわけねえだろ」

「そんなこと言っちゃいや」


 首だけをめぐらせてブレアがまたたく。

 アルフが嘆息した。


「なら兼定の実力、肌身で味わえよ。大尉」

「よかろう。お前が刀で来るというのなら、俺も剣で答えてやろう!」 


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